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妖怪×妖怪 大天狗×オニ ⑪
しおりを挟む鳴る必要の無い心臓が早鐘を打ち、目の前が赤く染まる。
無意識に力がこもり爪を立てていた手から血が滴り落ちるも、さらに力を込め握り込む。
伸びた牙と角に妖力が集まりオニの形へと変化していき、周辺に散らばる石がカタカタと動きだす。
「何故、この様な惨事を引き起こすか」
目の前には崩れた番との大切な住処が在り、顔に白布を掛けられた者達が地面に寝ている。
「我に…我に、未だ我慢せよと言うのか?この惨事を前に…我にまだ、耐えよ、と?」
ポツリポツリと口から溢れる言葉は、憤怒と悲哀がこもり不安定に揺れていた。
「我に、心が無いとでも?我に、自我が無いとでも?」
噛み締めた唇からも血が滲み口に独特な味と匂いが充満する。
「我が……優しいだけの…何も出来ぬ子供だと…そう、言いたいのか?」
大量の鬼火が宙を舞いながら色を変えていく。
赤から橙黄へ、橙黄から白へ、白から青へ。
妖力が昂る度に紫電が走り空気が冷えていく。
「我が、我の居場所を奪う不埒な輩に、制裁を…」
脳裏に浮かぶ亡くなった者達の姿に、鬼火が応える。
我はオニ。
漢の字を持たぬオニ。
囚われる事を知らず、物事を裁するオニ。
「戻れ。起きよ。何を寝ておる」
鬼火が死者の体に触れると死者は次々と目を覚まし、その顔に困惑を浮かべた。
「我は汝らの主の番。汝らを守らねばならぬ身でありながら、この不甲斐なさ…誠に憎しき事」
ピシリと鬼の面にヒビが入り、さらに妖力が周囲へと撒き散らかされる。
「アオ殿。落ち着き下さいませ」
「我は…我はやらねばならぬ。ばあや、止めるでない。アゼツが居らぬ今、我が前に立たねばならぬ」
「アオ殿」
「我が力を示さねばならぬ。我が、やらねば…舐め腐った輩に鉄槌を下さなくば、我は我を抑えきれん」
実力では無くアゼツの力で進化した結果、力を制御出来ず随分無様を晒した。
だが、それも、今は……。
「力に振り回され己を見失いたくは無い。だが、この力。今使わずいつ使う?」
いつまでも甘え、何の役にも立たない己を捨てられるのなら……。
「我はオニ。我はオニぞ。天狗の汝らと違い、ただ己の力で道を切り拓くしか出来ぬ者よ」
己の種族は、元来どういった存在だった?
「他者を踏み、罪を裁く権威を持つオニ」
天狗の彼らと違うのは。
「力が全ての、短絡的思考を持つ種族」
……僕は……。
「汝らはアゼツを呼び戻せ。我は先に行く」
「それはなりません!アオ殿。どうかご再考ください。アオ殿は「ばあや」」
「ばあや。我はお願いをしたのではない。命令をしたのだ。従え」
「アゼツ様が戻られたならば、アオ殿が」
「我は我の思うままにする。止めたくばアゼツを連れて来い。番以外の言葉など…今の我には不要だ」
怒られるどころじゃ済まないのは百も承知だ。
それでも、僕が居たのに多くの属種達を見殺しにしてしまった己が許せない。
甦れせれるからと、楽観視していた己を……僕は裁かなくてはならない。
己の身を業火に晒し、彼奴らをも巻き込まなければ…僕は僕を殺さなくては……ならない。
アゼツの隣に立つと決めたのだ。
大天狗に嫁ぐと決めたのだ。
今更迷ってはいられない。
「アオは何処へ行った?何故着いて行かなかったのだ」
「アオ様の御命令に従った迄に御座います」
「命令?アオがそう言ったのか?」
「はい。全て、アオ様の御心のままに」
「そうか、そうか。ようやっと心を決めたか。お前達は此処に居ろ。雲雀を置いていく」
「はい。こちらはこの雲雀にお任せ下さい」
「ふはは、そうか。そうか。ようやっと、か。長かったな」
「朗報を、お待ちしております」
「ああ。部屋の準備もしておけ」
「はい。行ってらっしゃいませ、アゼツ様」
「「「行ってらっしゃいませ」」」
「止めよ!今の我に触れるでない!幾らアゼツとはいえ無傷ではすまんのだぞ!」
己の周りを漂い身を焼く鬼火は、オニの僕でも痛みを感じる程に強く不安定だ。
「オレの嫁だぞ」
「嫁でも……っ、暫し待て!な?今は「アオ」」
「アオ、番の手を振り払うのか?」
下唇を噛み流れ出ようとする言葉を押し留める。
「た、とえ、番であっても…出来ぬ事はある」
この鬼火は僕を軸に巻き起こっている。
僕が死ぬか、僕が僕を許す時まで燃え続ける業火を、番に当てたくは無い。
そんな僕の気を知ってか知らずか、アゼツは僕に触れようと手を伸ばす。
「アゼツ…っ、頼む、今はっ」
「俺の番だ。俺の嫁だ。誰にも渡さんし誰にも譲らん。例えアオ自身であろうと、奪う者は許さない」
ジウと音を立て伸ばされたアゼツの手を焼く業火に、半歩下がり息を詰める。
焼きたくない。
失いたくない。
僕に近づく度赤くなっていく手に、更に勢いを増す業火に、視界が滲む。
『俺はお前が好きだ』
『好きな者の為に命をかけて何が悪い』
『俺は、お前だけを娶る』
『頼むからどうか、俺の見えない所へ行かないでくれ』
頭の中を巡るアゼツに貰った言葉達に、ヒビの入った鬼の面が音を立てて割れ落ちていく。
どうか、火よ…鬼火よ、もう一度僕の声に応えてくれ。
僕は僕を許せないけれど…僕は僕を憎く思うけれど…それでも、僕は、僕には、番がいるから。
僕の大切な家族が、待っているから。
悲しませたくない。
失望させたくない。
だから、もう一度だけでいいから。
僕の声に、僕の命令に、従え。
「泣くな、アオ。良く頑張った」
辺り一面を燃やしていた鬼火が、僕を殺そうと燃えた業火が、番を傷付けるのだけは、嫌だ。
僕に出来た唯一の番を、僕が殺すなんて、有り得ない。
「よくやったな、流石俺の番だ」
頬を濡らす物を袖で拭いアゼツと目を合わせる。
「遅い」
「悪かった。少しばかりてこずった」
「ごめん」
「手か?それとも、後悔か?」
「約束」
「気にするな。時が来れば何れ破られる物だった」
「かえ、る」
力を失い倒れる体を易々と持ち上げたアゼツは笑って頬を僕に近付けた。
「ああ、帰ろう。今日は目出度い日だ」
「薬、を…つく、らないと」
「ははは、些事は気にするな。今は休め」
「……悪い」
気を失う寸前、アゼツは何か喋っていた気がする。
「当分、巣から出さんからな。ゆっくり休め」
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