魔道士は異世界人の弟子をもつ。

烏咲木りと

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1話 月の影が動く日

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「ルルシア……そろそろか」
「ええ。無事、書き換えられるといいのですが」
「最善を尽くす」
ザインの行う魔法陣の書き換え術は古代魔導語の詠唱をもって行われる。これが詠唱魔法と違う点は、詠唱魔法は本人のイメージがあれば詠唱の呪文はなんでもいい……極論、詠唱なしでも発動が可能な点である。対してザインの書き換え術は正しい語を正しい順番で正しく発音することが重要になってくる。離れた場所で他人の魔法陣を書き換える。そのためにザインが考えたのは、古代人が使用していた魔術の形に戻ることであった。ただ魔法陣を書き換えるだけならば触媒にしている血なりインクなりを弄ればいいだけのことだが、ザインが細工をしようとしていることが誰にも悟られないように書き換える必要がある以上、現地にザイン自身が向かって魔法陣を弄るなど以ての外だ。そこで登場するのが古代魔導語の詠唱というわけだ。ザインの長い研究の中で、古代人は現代よりも強大な魔法の力を用いていたことが分かっている。それは、古代魔導語自体が魔法の一部であるからだ。詠唱魔法のように、魔法の形をイメージしてマナを動かすのではなく、言葉によってマナの形をこうあれと定義する……。一種のマナに対する命令だ。それによって、魔法陣という形態の上からマナに対して動きの命令を行うことで、内容の上書きが出来る、というわけだ。第四の月が昇る頃、奴らは動く……。そのタイミングに合わせて詠唱を正しく行わなければ、魔法陣の書き換えは失敗する。先程から何度も汗を拭う仕草を見せるザインを、ルルシアは黙って見つめる。
「ザイン」
「ああ」
言わなくても分かる、と虚空を見つめながら、ザインは詠唱を始める。
「……、…………、……っ」
詠唱を始めてから、辺りのマナの動きが活発になる。それが辺りの温度を上げ、ザインの体内を巡るマナも動きを増す。
「…………、……!」
ザインが長い詠唱を終えると、眩しい光とともに風など起こり得ない締め切った室内に一段と強く風が吹く。その風が高く積み上がった魔導書の山を崩し、ページが捲られ、ついに窓を割った。
「……っ」
「ザイン!」
やれることはやった。そう言いたげな目でルルシアの気配を一瞥し、ザインは床に倒れ込んだ。
「大丈夫、ザインは死なないはず……そろそろ彼が来る気配がする……」
割れた窓から強い風が吹き込む。すると、大きな音を立てて、床に落ちる何者かの気配。ルルシアは落ちてきた少年を見てガッツポーズをする。ザイン、成功よ!と言いたいが、本人はしばらく目を覚まさないであろう。
「いてて…………!?」
少年は辺りを見回し、目の前で倒れているザインを見て。
「うわあああああああああっ!!」
そのまま気を失い、ザインの方に倒れ込んだ。その勢いで、他の魔導書の山が崩れ、ザイン達に直撃する。
「わわっ、大丈夫かしら……この子にも私の力上げといたほうがいいかしら?でも、弟子になりたくないとしたら死ねなくなるのはよくないし……うーん、ザインが起きないことにはどうしようもないわね……」
ルルシアはそう結論づけると、暇つぶしに王宮の様子を覗くことにした。
「あの豚どもの様子、後でザインにも教えてあげましょ」

***

デリクリシア王国王宮内部。今回も成功すると思われていた召喚の魔法陣が発動し触媒が宙に消える。しかし、その場に何も召喚されることはなかった。
「なんと!」
「どういうことだ!」
「失敗か?」
「でも確かに魔法陣は発動した……」
混乱する人々のざわめきを収めたのは召喚される異世界人を出迎えるために地下まで足を運んでいたデリクリシア王国の国王であった。
「魔法陣が発動したかどうかはさして重要ではない。現に異世界人の召喚は出来ていないのだ。早く次の召喚の準備をしたまえ」
「お言葉ですが……」
口を開いたのは 研究所の所長の男。
「魔法陣による召喚術は空間に影響を与えるため連続で使用できず……次召喚術が使用できるのは三年後になるかと」
「それを早く言わんか!」
国王は所長の男を杖で殴ると、気分が悪いと言って帰っていった。
「所長……」 
「いい、構うな」
頭から生暖かいものが流れていく。これは……血か。それをなんでもないような顔で雑に拭うと、落ちた眼鏡を拾って掛け直す。
「召喚術の失敗など、今までなかったではないか……!」
苛立ちを抑えきれないと言った表情で先程まで魔法陣の描かれていた床を見つめる。そこにあったはずの触媒。それは、魔法に適正のあった獣人の血であった。その中には彼の妻も……。
「成功するかも分からない、誰かを犠牲にした召喚術など、一体何になるというのだ……。」
見物に来ていた大臣たちも残念だと帰っていく。数年掛けた魔法陣が無に帰った、研究者たちのそんな嘆きも聞こえる。その中で、所長の呟きを聞いていたのは、こっそりと覗いていたルルシアただ一人であった。

_______________________

魔法陣の発動自体は難しくないです。ただ、召喚術の魔法陣を使っていたのが創造神(神様)だったので、人間一人で扱えるリソースでないという……。あと、魔法陣が主流じゃないので使い方自体わかってる人も少ないんですよね。それを無理やり扱えるようにどうにかこうにか触媒だとかに工夫を凝らしているのが王宮の研究員たちです。多分今のザインなら一人でも余裕で発動出来るでしょう(しないけど)。
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