魔道士は異世界人の弟子をもつ。

烏咲木りと

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2話 月を泳ぐ魚

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王宮の人間は召喚術に必要な魔法陣、それ以外の情報を魔王の残した魔導書から読み解くことが出来なかった。宮廷魔術師として働いていた頃のザインもまた然り。それは、魔導書に書かれていた文字が我々に読めない神の言語であったからに過ぎない。魔王の魔導書に書かれていた魔法陣と図式からそれが何を召喚するものであるかは判別できたが、長年魔法陣が発動するには至っていなかった。正しい方法がわからないのだから当然のことである。しかし、現在魔法陣の発動、それ自体には成功している。その方法は、触媒にマナを込めることで無理やり魔法陣を発動させる、というものだ。けれど、このやり方が間違っている……そう理解出来るものは少なくとも王宮の人間にはいないだろう。魔法に適正のあるものはマナの巡りがいい。そんな迷信を信じた王宮の人間は、魔法を使えるものの多い獣人の血を触媒に選んだ。だが、禁術に使いたいから血を分けろなどと大っぴらに言うことも出来ず、その多くは違法に奴隷となった獣人から得られる。所長の妻がその対象に選ばれたのは、研究の進みが悪いことに痺れを切らした大臣の差し金であった。しばらく帰れていなかった家に帰ると、そこにあったものは無造作に荒らされた部屋と妻の遺言。隣に置かれた通知書を破り捨て、その足で研究所に戻った所長を見て研究員たちは腰を抜かした。妻の命が犠牲になった。絶対に成功させなければならなかった。けれど現実にあるのは、召喚に失敗したという残酷な事実。どうして失敗したのか。そもそもの方法が間違っていることに気付けない彼らが、それがザインの細工によるものだと気づけるはずもなかった。

***

「うっ……」
目を覚ましたザインが起き上がると、膝の上に重みを感じる。
「……成功したのか」
目の前の少年を見つめながらザインが言う。その黒い髪から、魔法に長けた人物であることは間違いない。まだ十五にも満たないのではないかと思えるほどの幼い少年。王国の連中は召喚に成功したならば、すぐにでもこの少年を戦地に送り込んでいただろう。
「いや……王宮の外で暮らしていたとて、この黒髪では戦地送りも時間の問題か」
この少年が目覚めたら、弟子になってもらわねば困る。それは、こんなに苦労したのにあっさり死なれては割に合わない……そう思っての思案であったが、最終的な判断はこの少年次第である。
「ザイン、起きたのですか?」
「ああ……これは、いつもよりも酷い惨状だな」
周りに数々の魔導書が散らばっている上、窓ガラスも割れている。ザインは少年を丁寧に膝から下ろすと、いくつかの古代魔導語を口にした。すると、風が床のホコリを外に運び、魔導書を本棚に戻していく。残ったのは、割れた窓ガラスのみであった。
「まあこれが魔術の正しい使い方、なのでしょうが……複雑です、貴方なら無詠唱で詠唱魔法も使えるでしょうに」
「これも練習の一環だ。窓ガラスは……今度、街に出て買ってこよう。」
街に出る。その一言にザインが顔を歪ませると、ルルシアが苦笑いを浮かべる。
「私のせいでしょうが、貴方が人間を捨てているように思えてなりませんよ私は。それより、彼をベッドへ連れて行ってはいかがですか?」
ザインが放置されている少年に目をやると、少年は目を瞑ったまま、ピクリとも動かない。
「……本当は起きてるだろ」
ザインはそう言ってビクリと震えた少年の頬をつつく。それでも寝ているフリをしようと息を止めて動かない少年の耳に、ザインが息を吹きかける。
「うひゃあ!」
「ほら、起きてた」
少年は驚き飛び退いて、ザインから距離を取る。
「あーっと……ルルシア、こういうとき何を言うのが正解だ?」
「ええ?そうですね……身体は大丈夫か、とかですか?」
「分かった……少年、身体は大丈夫か」
「ひっ……僕の身体にも、何かしたんですか」
懸命に自分の身体を触り始めた少年にザインは必死に誤解を解こうと言葉を紡ぐ。
「いや……何もしてない、俺がしたのは……そうだな、君をここに連れてくることくらいだ」
「貴方がここに連れてきたんですか?ここどこですか、もしかしてこれから何かする気なんじゃ……」
「違う!けして俺にそういう趣味があるわけじゃ……あーっ、ルルシア、助けてくれ!」
「そんなことを言われても……」
「そ、そこに誰か居るんですか!お、おばけ?やだやだやだ!」
「ちが……ああ、なんて言えばいいのか」
「女神です女神!とびきり可愛い魔術を司る女神のルルシアです!」
「お前、そんなキャラだったか?」
震える少年を前に二人は慌てながら弁明を繰り返し……。
数十分後。
「つまり、僕はここに召喚されて、王国の駒になるところを助けて頂いたと」
「そうだ」
「そうそう」
何とか現状を理解させることに成功し、安堵の表情を浮かべるザイン。しかし、肝心の「弟子になってもらいたい」ということに関しては未だに言えずにいた。
「それで……僕はこれから、どうなるんです?」
「選択肢は二つだ。一つはここから少し行ったところの街中で暮らす方法。君はまだ幼い子供だから……捨てられたんだとでも言えば、教会は拾ってくれるだろう。だが……君の体質は少々特殊で……魔法を扱うのに長けている可能性が高い。王宮の連中に見つかれば戦地に送り込まれることになる」
「運が悪いと王国の駒になってしまうと……もう一つは、何なんです?」
「ああ……その……だな」
急に歯切れが悪くなったザインにルルシアが何やってるのよ!と声をあげる。早く言えという圧に耐えきれなくなったように渋々口を開く。
「あー……俺の弟子に、なってほしい」
長い沈黙が流れる。先に口を開いたのは、少年の方だった。
「正直まだ混乱してるところのほうが大きいですけど……弟子になるってことは、魔法が使えるようになるってことですよね?王国の駒になるのは僕としても癪なので……弟子になる方で、お願いします」
「……ああ」
ザインは無事に彼が自分の弟子となることであっさり死ぬことはないだろうという安心と、それはそうとして毎日人間と共に生活をすることが不安だという気持ちに挟まれて、ぶっきらぼうな返事しか出来なかった。そんなザインを置いて、ルルシアは少年と話を進める。
「ありがとう少年!ところで、君の名前を聞いてなかったね。私は女神ルルシア!君は?」
「池田月魚……月に魚って書いて、ルナ」
「よろしく、ルナ。俺はザインだ。」
「よろしくお願いします……弟子ってことは師匠って呼んだほうがいいですか?」
「……好きにするといい」
そう言ってそっぽを向いたザインの顔は赤く……ルルシアはそんなザインを見て面白くなりそうだと笑った。
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