魔道士は異世界人の弟子をもつ。

烏咲木りと

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13話 万が一の準備

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見た目を変える魔法に関しては万一の事が起きる前に教えておいたほうがいいだろうと考え、ザインは早々にルナへやり方を伝授する。
「分かっているとは思うが、俺達の見た目……黒い髪は狙われやすい。俺達の身が、というのもそうだが、黒い髪単体でも触媒となりえる以上髪だけを切られることもあるだろう……そこで登場するのが見た目を変える魔法だ。」
ザインはそう言うと軽く詠唱を済ませ金髪蒼眼へと姿を変える。衣装部屋の大きな姿鏡の前でくるりと回ってみせると、満遍なく輝く長い髪がふわりと風を受けて広がる。
「言ってなかったが……俺達の関係を怪しまれるのも良くないと思ってルナのことは実家に縁のある子供を弟子にしたという設定で通している。ルナも姿を変えるなら俺に寄せてくれると助かる」
「なるほど……髪を染めたりカラコン入れるイメージかな……っと」
ルナは難なく金髪へと姿を変え、閉じた瞳を開いた。
「……ルナ、」
「へへ、一回赤い目ってなってみたくて……どうですか?」
ザインは自分のそれとはまた違った赤に目を引き付けられる。これは……よくない。ザインはルナの瞳にそっと手をかざして色を変えてしまう。
「ああ!……やっぱり、似合わないですよね、はは」
「違う……!ええと、その……似合いすぎて、俺が困るってことだ。そういう可愛いことは……俺の前以外ではしないように」
真っ赤になりながらそんなセリフを吐くザインにルナはじわじわと頬を赤らめる。
「あ……え、えっと……はい。こういうことはザイン様の前だけでしかしません」
ルナは決してわざとこういう言葉を吐いている訳ではないのだが、ザインにとっては気が気じゃない。自分で教えておいてなんだが、街になんか出しては可愛すぎて攫われてしまうのではないか……。と、見た目を変える魔法を教えたことを後悔し始めている。一生自分の屋敷の中で安全に暮らして欲しい……そんな考えを必死に振り払いながら、続いて身を隠すための魔法を教えていく。
「んんっ、気を取り直して。次に教える魔法は一時的に身を隠すための魔法だ。」
ザインが詠唱をするとその身が透けて透明になる。ルナがさっきまでザインのいたところに手をかざすと、引きこもり&不摂生とは思えないしっかりとした肉体の感触が伝わって来る。なにもないように見えてあるのが面白かったのかぺちぺちとザインの身体を弄り続けるルナに触れず、ザインは魔法の解説を続ける。
「……このように、姿を相手に見せないように出来ても実際の肉体がそこから消える訳ではない。大きな魔法が使えない時などの一時しのぎみたいなものだ。この魔法はできるだけ使うことがないことを祈る。」
ゆっくりとザインの身体が色を取り戻していく。ルナはザインの身体から手を引っ込めると少しばつの悪そうな顔をした。
「僕もやってみますね、こうかな……おお!」
こちらも難なく成功。ザインがさっきまでルナのいたところを手で探るも、そこにルナの姿は見つからない。
「……?ルナ、成功してるんだよな?」
ザインは部屋の気配を探る。確かにルナはこの部屋にいる、ではどこに……。不意に後ろから抱きつかれ、ザインは前につんのめる。
「こういう形で奇襲が出来たりもしますね!へへ」
ゆっくりとルナの姿がはっきり境界を持っていく。
「こら、脅かすんじゃない」
「ごめんなさーい、ふふ」
ルナは嬉しそうにザインの背中に頭を押し付ける。ザインはそんなルナの頭をわしわしと撫でなから、馬鹿みたいに煩く鳴っている己の心臓の音を消せないかと必死に頭の中で魔術構築を始めていた。

***

それから移動速度を高める魔法、瞬間移動の魔法を教えたところで、今日の授業は終わりになった。
「瞬間移動は自分の訪れたことのある土地にしか出来ないから、今度街に一瞬だけ連れていってやろう。それと……黒い髪は触媒になると言ったな。いざという時に役に立つこともあるだろう。嫌じゃなかったらでいい、ルナも髪を伸ばしておいたほうがいいだろう」
「なるほど……ふふ、僕の髪が伸びたらそれこそザイン様とお揃いみたいでいいですね」
「……そうだな」
ザインはかろうじて言葉を絞り出し、自室へ帰っていく。パタリと扉を締め、机に頭を突っ伏した。
「ルルシア、早く諸々終えて加勢してくれ、俺だけでは持たない」
「……惚気けられても堪らないのでしばらくはこちらで頑張らせて頂きます」
「おい」
久々に聞くルルシアの声は少し疲れを帯びていたが、軽口を叩く余裕があることにザインは安堵する。
「お前の方の研究はどうなんだ?」
「正直あまり進んでいないというのが実情ですが、焦っても仕方がないのでゆっくり着実に進めていくことにします。……ごめんなさい、ザイン」
「謝罪はいらない、気にするな。お前が何を考えてるのかは知らないが、最終的には俺が選んだ道だ、とっくに覚悟は出来てる」
「そうですか……ザイン、不老不死とはいえあまり無理をしないでくださいね、ルナが泣くでしょう」
「……そうは言ってもな。俺の方も、ルナに魔法を教えていくのと自分の研究を両立させるにはどうやっても時間が足りない状況だ。弟子を取るのも楽じゃないな」
ザインは深くため息をつく。弟子を取ると決めた時点で今まで研究に費やせていた時間を削ることになるとは思っていたものの、残り三年でルナを一人前に育て上げ、召喚術の魔法陣に関する研究も進める……容易でないのは明らかだった。ザインは寝る時間を削ることで、採算をとっている状態だった。
「……私の判断は間違っていない……そう思っていますが、貴方に倒れられては困りますから。三年後に間に合わずとも、その次で間に合わせる……そのくらいの心持ちの方がいいでしょう」
ザインは一人思案する。ルルシアの言っていることは最もだ。だが、今回三年後に行われる召喚術でもきっと多くの犠牲が出る。ルナのように、飛ばされてきてしまった異世界人ですら救い出せる保証もない。自分も被害者でありながら召喚された術のための犠牲に心を痛めていたルナの悲痛な表情を、ザインはもう見たくなかった。絶対に今回で終わらせる、その決意は自身を犠牲にしてもいいと思えるほどには固かった。
「……絶対に、今回で終わらせる」
「! ルナ、ですか」
「ああ。彼のおかげだ。そのためには今までと同じじゃだめだ」
「……何を考えているのです?」
「まあ……そうだな。今まで目を向けていなかったところに目を向けようと思うんだ。例えば……職人街とかな」
ザインはガラス工房で受け継がれていた魔法陣の存在から、職人街には未だに古代魔導語こそ理解出来ていないものの魔法陣だけは受け継がれている、そんな店が他にもあるのではないかと考えたのだった。
「街に出るにしてもザイン、貴方の正体は簡単には明かせないでしょう。どうやって頑固な職人たちからそんな情報を手に入れるつもりですか?」
「まずは懇意にしている店の店主たちからだ。元々万一の時にルナを助けて貰えるよう頼みに行くつもりだったから丁度いい、その時にそういう情報を集めてるってことだけ伝えて、知っている情報があったら教えてもらおうかと」
「確かにそれはいいかもしれませんが……それで十分な情報が得られるとも限らないのでは?」
「最悪、俺に関しては伝えても構わない。俺が懇意にしているのも比較的マナの保有量の多いとされる亜人ばかりだ。虐げられている同じ境遇となれば協力してもらいやすいだろう」
「……不老不死とはいえ完璧ではないことをお忘れなく。貴方が簡単にやられるような魔道士でないのは分かっているつもりですが、」
「分かった、分かったよルルシア」
ルルシアの止まらない心配を無理やりぶった切って、ザインは言葉を続ける。
「自分から死にに行くような真似はしないさ。ただそれくらいの覚悟で今回は挑む、それだけ分かってくれてたらいい」
「それは……分かっていますが……」
「湿っぽくなっても仕方がない。心配なら見てればいいだろ?明日の夜にでも頼みに行くから」
「……わかりました。それで譲歩します」
「それで良し。じゃあ作業に戻るから、そっちも頑張れよ、ルルシア。」
ルルシアの声が止み、ザインは明日のことについて考えを巡らせる。
(手始めにエルフの店主のところか。彼女はルナのことも気にかけてくれるような様子だったし。俺が信頼できる街の人間の間で繋がりがあるのが一番楽だが、どうだろうか。それとなく聞いてみるか)
開かれた魔導書に目もくれず、そうしているうちに暗がりだった空が明るくなっていく。小鳥の囀る声が聞こえ、ザインは身体を伸ばす。
……ルルシアの忠告虚しく、ザインは眠ることなく朝を迎えたのだった。


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久々の更新です。私生活が忙しくなってきたので更新ペースがかなり落ち着く予定です。ゆっくり待っていて下さい^^
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