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06 温室にて(2)

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「ごめんなさい、怖かった? 傷の手当てをありがとう」

「大丈夫です。もう怖くありませんわ」
「本当に?」

 怖がらせてしまったのは事実なので誤ると、彼女が笑って許してくれる。
 彼女の茜色の瞳が柔らかい色になって、自分を見つめてくれるのは気分がいい。

 ザイードの番と話をしている時も、恥ずかしそうにしたり、嬉しそうに笑っているので、隣に座って彼女を見ていると、席を立つので腕をそっと前に出す。
 女性と一緒に歩くときにこうして手を貸すのに、彼女が少し戸惑っている。

「まだ怖い?」

 そんなに怖がらせてしまったのかと思っていると、そっと手を添えてくれる。
 そのまま彼女の隣を歩いく。

 温室の中は色々な匂いがするが、街の中でする匂いとは違って嫌なものではない。

「これはなに?」
「オブの実ですよ」

 木に付いた緑色の実を指差して聞く。
 この綺麗な茜色の瞳を持った女性は、植物の話をすると楽しそうになるし、こっちを見てよく笑う。

「これは燃やさ無いの?」
「燃やしてしまう?」

「うん」
「なぜ燃やしてしまうのですか?」

「これは良く燃えるボブの実と同じ匂いがする。そのままにしておくと森が燃えるから、ガルスでは見つけるとすぐに取ってしまうんだ」

「オブの実は燃やしませんよ、料理に使います」
「食べるの?」

「このまま食べる訳ではありませんが、、、ガルスにも同じ様な実があるのですか?」
「うん、少し匂いが違うけど。良く燃える実があるよ」

「これも同じ匂いがする。ホバは食べるよ、美味しい」
「食べるのですか? ノゼルと呼ばれているのですが、、、食べられるのですか?」

 茜色の瞳が、じっとホバの葉を見ていたかと思うと、そっと葉に手を伸ばすので、その手を捕まえる。

「ホバはちょっと辛い、トルテ入れて食べるけど、そのままはダメ」
「まぁ」

 まだ残念そうにホバの葉を見ているので、食べさせたくなる。
 彼女にトルテを食べさせたらどんな感じがするだろう? 考え始めると又興奮しそうになるので自分を抑える。

 ザィードの番と違って、彼女は魔力に気付いて逃げてしまうので、彼女を先に捕まえて、逃げなくなってからトルテは食べさせてあげよう。


 それからこの街にいる間は、この箱の中にいる様になった。
 街の中は色んな匂いがして、サイラスは苦手だったし、彼女の側にいられるのは温室の中だけだった。

 それにこの中で彼女の仕事を手伝っていると、彼女がとっても嬉しそうにするので、街の方に行きたいとは全く思わない。

「リオン」

 彼女が知らない男の名前を呼ぶ。
 よく知っている人なのか、サイラスを呼ぶ時とは違って、声色が優しくなっているし、彼も彼女のことを『ティナ』と呼んでいる。

 嫌な相手だった。
 強い魔力を持っているし、空色の瞳を持つものは水の魔力を得意とするものが多い。
 獣人に魔力を使った攻撃は意味がないが、大量の水を扱われるのは苦手だ。

 彼女を狙っている雄を近づけたくないのに、イグルスは押さえろと横で煩いし、なにより彼女がそいつの持ってきた物を見て嬉しそうにするので、何も出来なくなる。

「イグルス様、サイラス様、今日は、フレの工房にザイード様を案内すると聞いています。少しそちらに行ってみませんか?」

 緋色の瞳を持った弟が、リオンと呼ばれた男を追い出してくれたと思っていたら、サイラス達まで追い出そうとする。

 こいつもあんまり敵にしたくない。
 ザイードの番が大切にしているし、さっきの水色の瞳よりもっと面倒な相手になる。

「僕も、ティナって呼んでもいい? ダメ?」
「呼んでもいいわ。だから少し街も見て来てね」

 仕方ないのでその言葉に従う。
 ティナがそれを望んでいるのだから、少しだけ街を見て来よう。
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