エルメニア物語 - 辺境の令嬢は大きな獣に愛される -

小豆こまめ

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第3章

08 ガリウス

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 ザイード様が見覚えのある人と話している。

 本当に油断も隙もない。
 父がガリウス様から離すために、ザイード様をウエストリアの屋敷から連れ出していたのに、ちゃっかり捕まえて目的を果たそうとしている。

 エルメニアとしか交易を行っていない国が、商人達に入り込まれたらどうなるか分かったものでは無い。

「ザイード様、ガリウス様の言葉に安易に従ってはいけませんよ、この方は根っからの商売人なのですから」
「ひどいなぁ、リディア」

「嘘は言っていないでしょう?」
「僕がここにいる間、彼がイリノアやメルニアに行っていたのは君の思惑かな?」

「私にそんなことが出来ないのは判っているでしょう?」
「やっぱり、あいつか。本当に過保護だな」

「ガリウス様のことをよく知っているからでしょうね」
「うん?」
「すぐ行動に移るでしょう? 現にちょっと目を離した隙に、目的を果たそうとするなんて」
「仕方ないさ、これが性分なんだ」

「ダメですよ、父と話は終わっているのでしょう?」
「判らないなぁ、別に悪い話ではないだろう?」

「まぁ、そんな事ばかり言っていると、マルタの料理が食べられなくなってしまいますよ」
「それは困る」

 ガリウス様が両手を上げて、わかった、わかったと話を終わらせる。

 油断ならない人でもあるが、商人としては優秀な人で、彼のおかげでリディアは父から欲しいものを渡されている。

「ふふっ、でもお発ちになっていなくて良かったですわ、ガリウス様がニテリラの種を手に入れて下さったのでしょう?」

「リディアが望むものなら何でも手に入れてみせるよ」
「今はこれで十分ですけれど、とても嬉しかったですわ、ありがとうございます」

「礼を言う必要はないよ、代わりにこいつはフレの糸を山ほど僕から奪っていったのだからな」

 まだいたのかと父までやって来て、食事場が賑やかになっていく。

「糸を、ですか?」

「理由は話しただろう」
「聞いていても納得したとは言ってないからな」
「煩い奴だなぁ、しつこいのは嫌われるぞ」

「イリノアにフレが無かったのは、そのせいなのですね?」
「うん? リディアが必要なら言ってくれればいいよ、いくらでも僕がプレゼントしよう」

「まぁ、では父から奪ったフレの糸を見せて下さい」

 イリノアの街でザイード様をフレの工房に案内したが、今年取れた糸がほとんど残っていなかった。
 この時期の糸を仕入れたという事は、フレの中でも最高級の糸をガリウス様が持っている事になる。

「わぁ、きれいだ」

 サイラス様まで側に寄ってきて、テーブルに並べられた物を見ている。

 全く刺繍された布地ならともかく刺繍糸をこんなに仕入れるなんて、これでは工房にフレの糸が残っているはずがない。

「ザイード様、気に入ったものがありましたか? 以前、紐を作るとお約束していたと思うので、好きなものを選んで下さい」
「いや、嬉しいが、これは気軽にお願いできるものではないだろう」

「まぁ、大丈夫ですわ、ガリウス様も色々思っている事があるようですもの、快く譲って下さいますわ。ねぇ、ガリウス様」

「分かった、分かった。好きに持って行ってくれ、その代わり忘れないでいて欲しいな、今とは言わないからさ」

「ね、気にする必要はありませんよ。 今日の事を覚えていればいいのです、何か借りを作っている訳ではないので気にしないで」

 心配そうにするザイード様に小さな声で話しかけ、ガリウス様にも一言、言っておく。

「大体、本当ならイリノアの街で気に入った物を選んで貰うつもりだったのです。 色も種類も少なかったのは、ガリウス様が仕入れていたためなのでしょう?」
 
「ああ、悪かったな」

「僕も、僕も欲しい、いい?」
「ええ、もちろん。気に入った物がありましたか?」

「うん」

 サイラス様が、濃淡の赤い糸を何種類か選び、イグルス様は、深い緑と金色の糸を、ザイード様は同じような深い緑と銀色の糸を選ぶ。

「組紐にするのかい?」
「そのつもりですが、ロニ、他にどんな色を入れたらいいかしら?」

「よろしければ、イグルス様には鮮やかな赤を、ザイード様の方には、濃い菫色を入れてみてはいかがですか?」

 彼女は色のセンスがいいので教えてもらい、言葉に従って糸を選んで、ガリウス様とは別れることになった。

 イグルス様は、イリノアの街でも自分で紐を組んでいたのでそのまま彼に、ザイード様の糸は、自分が受け取って紐を組むことになる。

 そのまま居間で紐を組上げていると、ザイード様が不思議そうに手元を見ながら聞いてくる。

「ウエストリア伯は、ガリウス殿をガルスに入れない方が良いとお考えですか?」
「ガリウス様は、商人だから」

「彼を信用してはいけないという事でしょうか?」
「商人としては、信用しても大丈夫だと思いますよ」
「商人として?」

「彼は悪人ではありませんが、善人でもありません」
「では何だと?」
「彼は商人です。物を売って利益を得る人、、、かしら。ふふっ、彼は何だって売ってしまいますよ、売れると思えばガルスでさえも」

「それは、、、嫌だな」
「そういう意味では、彼は優秀な人ですから」

「私では彼と渡り合えないと思われているのも情けない話だな」

「父が交渉事を優位にすすめているとすれば、それは父がそれらを好きだからですわ。
 ザイード様が苦手だと思えば、得意な人に任せればいいのです。
 只、ザイード様の周りに、まだ彼らのような人達と対等に渡り合える方がいるとは思えません。父は、急ぐ必要は無いと考えているのだと思いますよ」

「エルメニアのためでは無く?」
「ふふっ、それももちろん。只、父ならどちらにとっても有益な方がいいと考えると思います。
 そうね、娘としては、そうであって欲しいと思っている。という方が正しいかしら」

「そうですね、確かに伯はそういう人だ」

 情けないなとため息をつく人を見ながら考える。

 この目の前にいる穏やかで真面目な人は、海千山千の商人達を相手にするのはきっと難しいが、だれの言葉も素直に受け入れるこの性格は、きっと人の上にたっても変わらないだろう。

そ れがどれだけ人の心を惹きつけるか、彼も私も本当は何も知らない。
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