エルメニア物語 - 辺境の令嬢は大きな獣に愛される -

小豆こまめ

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第3章

09 森(1)

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「今日は、森に行きましょう」

 居間で寛いでいるザイード様に話すと、ここ数日、暗くなるとどこかに出かけているためか眠たそうなサイラス様まで嬉しそうな顔をする。

「お嬢の戻りは、来週っすか?」
「そうね、何日かおじ様の所に行くわ」

 森の近くまで送ってくれたジャルドが尋ねるので、数日戻らないことを伝えておく。

「殿下たちも?」
「そうね、休むところはあると思うから」

 森に入って行くと、ザイード様達が何とも言えない顔をしている。

「ザイード様は、魔力をお持ちなので違和感がありますか?」

「不思議な感じがします。歓迎されているような、そうで無いような」
「昔、アルフレッドもそう言っていました。ザイード様も同じなのですね」

「このまま森に入っても良いのですか?」
「止めておきますか?」

「私は興味があります。しかし、私達は獣人です、森人に嫌な思いはさせたくはない」
「それは大丈夫です。森人達が受け入れたく無ければ、森に入る事さえ出来ません。こうして先に進めるのは、彼らが許しているからです」

 しばらくそのまま歩き続けると、景色が変わる。

「おじ様」
「やぁ、僕のお姫さま」

 父の部下であり、私にとってはもう一人の父親でもあるエリス様に抱きしめられる。

 一見華奢に見える体型と女性かと思えるほど整った容姿、茶色の髪と瞳を持つエリス様は、黒髪と透き通る緑の瞳を持つ森人の中でとても異質に見える。

 例え森に落とし子として生まれた子どもでさえ、森の中で生活することはあり得ないのに、エリス様が森の近くで暮らし始めると、森が彼の住んでいた家ごとのみ込んでしまい、エリス様はそれから森人と一緒に暮らすようになったと聞いている。

 今ではサラ様との間に、リラとセスと言う子ども達がいるが、数年前まで一年のほとんどを森で暮らしていた私にとって、とても大切な人の一人だ。

 エリス様と一緒に森の奥に進むと、森のあちらこちらから声がかかる。

「リディアさま」、「お嬢さま」、「姫さま」と呼び方は様々だが、森人達が何時ものように歓迎してくれる。

 エリス様と話をしていると、カイと何か話していたサイラス様の姿が狼に変わる。

 森に現れた真っ黒な狼はとても美しかった。
 始めてみる姿なのに、少し灰色がかった瞳は、いつも楽しげなサイラス様のもので怖いとは感じない。

「まぁ、きれい、、、サイラス様ですか? さわっても宜しいですか?」

 近づいてついふれそうになると、ザイード様に引き寄せられる。

「ふれてはいけませんでしたか? こんなに狼の姿が美しいとは思っていませんでした」

 イオニアの街でも触れてはいけないと聞いていたはずなのに、残念に思っていると、今度はザイード様の姿が銀色の狼に変わる。
 
 菫色の瞳は何時ものように優しくて、そっと手を近づけると、頭を押し付けてくる。

「まぁ」

 サイラス様とイグルス様は、森の中に消えてしまうので、ザイード様も行ってしまうかと思ったが、離れる様子は見せず、座っていると側にうずくまって膝の上に頭を乗せてくる。

 何時もなら必ず距離を取ってくるのに、そのまま頭や首を撫ぜていても嫌がる様子も見せない。

「人の姿に戻ってくれないかな?」

 エリス様やアルフレッドが何か言うたびに『どうする?』と言うようにこちらを向くので、

「もう少しこのままで」

 とお願いすると、『わかった』と言うように、顔を舐め、頭を押しつけてくる。

 大きな獣の姿を怖いと感じてもいいはずなのに、彼から感じるのはふんわりと暖かいもので、恐ろしいとはとても思えない。
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