【旧版】ひとりぼっち令嬢はおともだちがほしいだけ~自国ではいらない子ですが大国の傲慢な王様と残虐な魔導軍団がなかよくしてくれるそうです~

三月

文字の大きさ
31 / 39

舞踏会へ!2

しおりを挟む
――こんなにもこの大広間が静まり返ったことが、かつてあっただろうか。

音楽は止み、喧噪は幻のように消え失せ、死者の吐息まで聞こえそうな静寂がたちこめる。

ほんのすこし前までにぎやかだったのだ。宮廷音楽隊による円舞曲が高らかに奏でられて「さあ楽しい夜の始まりだ」と誰もが思っていた。

「ルーザー国ローガン王子殿下。ならびにライラ・ウェリタス侯爵令嬢のお着きです」

この声が聞こえるまでは。
みな、つい無意識にそちらを振り返った。興味のない顔、嘲りの表情、好奇に満ちた眼差し――それらは瞬く間に消えた。大広間は彼らに支配されてしまったのだ。



クラージュ・グラン・フォーリッシュは自失していた。

右腕に絡まるリリベルのことも、後ろからグラスを差し出しているノイマンのことも忘れて、一対の炎に見入った。

――朱金の炎。

男のほうは知らない顔だが、さきほどの名乗りで今日やってきたばかりの留学生だと知れた。異国的な風貌、見る者を魅了する雰囲気の持ち主だ。黒と金を基調とした衣装で、彼の金髪や琥珀色の瞳はくっきりと浮かび上がってみえるようだ。手袋から靴先まで聖フォーリッシュ王国とはちがう意匠がこらされ、黒いマントには孔雀の飾り羽をあしらった金刺繍が艶やかに踊っている。

――いや、あんな余所者よそものはどうでもいい。それよりも。

クラージュは食い入るように、深紅の令嬢を見つめた。まさしく炎を体現したような――あの美しい少女には、明らかに見覚えがあった。



リリベル・ウェリタスは混乱していた。

どうして、どうしてと頭の中で繰り返す。もはやなにに対する疑問なのか、自分でも分からない。

どうしてドレスを持っているのか。どうしてあの男と一緒なのか。どうしてそんなに――美しく見えるのか。

よくよく見れば化粧はごく薄い。なのに、とりたてて特徴のない顔が、恐ろしく整って見える。特徴がないということは逆に言えば、目立つ欠点がほとんどないということだとリリベルは気付かない。

濡れたようにつやのある赤髪は一筋のこぼれもなく結い上げられ、大粒の紅玉を使った髪飾りがそれをまとめている。小さな顔にそうよう整えた前髪、その下からのぞくのは髪飾りにも劣らぬ深紅の瞳。赤い唇は、白い肌に舞い落ちた血のようだ。

深い紅のドレスにはレースもフリルもない。けれど燃え上がる炎を思わせる見事な濃淡と光沢で、すそやそで回りには計算されつくした見事なドレープがひらめいている。肌を見せる部分は少なく、首元までかっちり布が覆い隠している。そのぶん余計に、髪をまとめてあらわになった耳元が目立ち、赤い耳飾りが視線をさらう。髪飾りと同じく、見たこともないくらい大きな紅玉だ。

ライラの装飾品は髪と耳元だけ。じゃらじゃらとアクセサリーをつけた自分が、急に田舎くさく思えた。

――わたくしだって、こんなぼけた色のドレスでなきゃ同じくらい、いいえ!もっと目立っていたのに!こんなのフェアじゃない!卑怯だわ!あんな派手な色じゃ勝てるわけ――

驚きに目を見開く。これではまるで「負けた」と認めているようなものじゃないか!

煮え立つような怒りが込み上げる。

――わたくしが今夜も一番なの!おねえさまなんて、ただの引き立て役なのに……ッ!!



ライラとローガンが通れば、自然と人波が割れた。まだ音楽は流れない。時間が止まっているなか、彼らだけはやけに迷いのない足取りで広間を横切っていく。

「ま、待てッ!!」

通り過ぎるのを、クラージュが鋭く呼び止めた。

紅の少女は、びっくりした顔でこちらを見る。声もかけてこないとは、自分に気付いていなかったのだろうか。眼中にないと言われたようで苦々しい。

「ライラ!一体どういうことだ!く、来ると知っていたら迎えに行ったのに、何故言わない!」

ライラはビクッと身を竦めた。
ほんのりと赤い化粧で縁どられた美しい目がおどおど自分をうかがう。ささくれた心が満たされていくのを感じた。

――ほら、着飾っていてもいつも通りのライラだ。僕の婚約者しょゆうぶつだ。

自信を取り戻し、クラージュは胸を張った。

「参加したかったんならそう言え。わざわざ他の男にエスコートを頼むなんて陰険な女だな。今日は悪くない格好だし、僕といっしょに――」

伸ばそうとした手が、傍らの男にむぎゅっと握りしめられた。両手で。

「クラージュ・グラン・フォーリッシュ王太子殿!お噂はかねがね!」

ローガン・ルーザーだ。

クラージュは少しムッとした顔で相手を見上げた。自分より背が高く、体格もいい。たちまち劣等感が刺激されて、クラージュは握手の手を握り返さずパッと離した。

「ああ、ルーザーの方だな。聖フォーリッシュ王国へようこそ。歓迎するよ。あなたの国にはないような知識や文化がたくさんあるだろうから、有意義な時間をどうぞ楽しんでいってくれ」

「ありがとう!この国は本当に素晴らしい!限られた時間にはなるだろうが、いろいろ学ばせてもらいたい!」

締まりなく笑うローガンを見て、クラージュはかすかに口角を上げる。

――皮肉も通じないとは。ただでさえルーザーなんて弱小国なのに馬鹿がトップだと大変だろうな。こいつと話すのは無駄だ。さっさとライラを連れて行こう。

「私の婚約者をエスコートいただき感謝する。ここからはこちらで面倒をみよう」

「ああ、それには及ばない」と、ローガン・ルーザーは笑顔のまま。

「クラージュ王子は、そこの可憐なピンクフタコブヘビの相手をしなくてはならないだろう」

「ピン……?」

――なにか今すごいこと言わなかったか、こいつ。

「ああ、すまない!人間を他のモノに例えるのは私のクセなんだ!昆虫や動物の生態に興味があって、ゆくゆくは大きなカタツムリ牧場を作りたいと思っている!ライラ嬢はカタツムリにくわえてアリにも大変造詣が深いから、今日は赤アリの顎について議論を交わす予定だった!ところがこの舞踏会に出席する用事ができて『相手が見つからない』というので、急遽私がその栄誉を賜ったというわけなんだ!」

一体こいつはなんの話をしているんだ。クラージュは半分も意味が分からなかった。ノイマンを見れば、彼も思考が停止したような表情をしている。

「あ、赤アリの?」

「赤アリの顎についてだ、親愛なるクラージュ王太子殿!」

バチーン!とウインクをかますローガン・ルーザー。

「聞くところによると、あなたは『リリー』という女性と懇意にしているとか!今夜もここにいるのかな?週末舞踏会は正式な夜会ではないし、必ずしも婚約者を連れなくてもいいんだろう?素晴らしい自由思想だ!私も見習いたい!というわけで、今夜は貴殿の婚約者であるライラ嬢の隣を、僭越せんえつながら私がつとめさせていただく!なにかほかに質問は?」

絶好調の彼を止められる者はここにはいない。広間中に反響する声でわけも分からぬうちに話がまとめられた。

「あと、この『悪くない格好』のドレスは、私が彼女に贈らせてもらった。誕生日だというので特別にライラ・ウェリタスのためだけに、超特急で仕立てさせた。次回ここに参加することがあれば、次はクラージュ王子の贈ったドレスを着た彼女を見たいものだ!」

――誕生日のドレス。

クラージュは、最後にいつライラに贈り物をしたのか思い出そうとした。だが、思料を破るように甲高い声が耳元で聞こえ我に返る。今の耳障りな声はだれだ。「おねえさまッ!」

リリベルが初めてみせる表情で、ライラに激しく詰め寄っていた。

「おねえさまは殿下の婚約者でしょう!どれだけ仲の良いお友達なのかは知りませんけど、男性と必要以上に親しくするなんていけないと思うわ!次期王太子妃として――」

いつもの気弱な声で、ライラはあせあせと両手を振った。

「ご、誤解だよリリベル!あの、逆にね!次期王太子妃として、ルーザー国王子殿下と仲良くさせていただこうって思ってるの!お友達とかそういうわけじゃなくて、ほら!いつもリリベルがクラージュ殿下のお相手してくれるでしょ!あんな感じでわたしも」

ローガン・ルーザーののんきな独り言が聞こえた。

「こういう武器あったな。投げたら戻ってくるやつ。なんだっけ」

ポンと手を打つ。

飛去来器ブーメランだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

間違えられた番様は、消えました。

夕立悠理
恋愛
※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※ 竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。 運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。 「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」 ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。 ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。 「エルマ、私の愛しい番」 けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。 いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。 名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

処理中です...