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開幕
最悪の舞踏会
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ディルクルム教会の鐘が、十二時を告げる。
ここは、資産家マージン子爵邸で開かれている冬の舞踏会。
ちょうど2度目の休憩時間となったところだ。
満点の星より煌びやかな王冠灯の下、上品なお仕着せ姿の給仕らが軽食を配って回り始めた。金色の果実酒やアーモンドの香るシロップ・カクテル、アイスクリームに宮廷風ケーキ。きっと3回目の休憩には、マージン子爵大好物のハムサンドと温かなワインがふるまわれるだろう。
団欒を楽しむ招待客らは、名だたる有力者や上流貴族ばかり。本日はなんと王族までいらっしゃっているとか。王子様たちを一目見ようと、あるいは少しでもその視線が自分にとまらないかと、せいいっぱい着飾ったご令嬢たちが大広間を眩く彩る。
夜会や舞踏会は、毎日どこかの屋敷で催されているが、今夜一等賑わっているのは間違いなくマージン邸だ。なにもかも一流で、まさに最高の舞踏会。
そんな華やかな場で、ひとり。
誰とも話さず、踊らず、壁際の椅子にぽつんと座ったままのご令嬢がいた。
透き通る白磁の肌、艶やかな黒髪は華奢な肩に流れ落ち、けぶるような長い睫毛に縁どられた瞳は極上の翡翠も霞むほど。しかし、扇も手袋もドレスも靴もすべて夜色で統一した姿は舞踏会に不似合いで、作り物めいた美貌にはなんの表情も浮かんでいない。
『人形令嬢』ドロシー・ドロフォノス侯爵令嬢だ。
名門ドロフォノス家の一人娘であり、容姿端麗、教養もマナーも立ち振る舞いも素晴らしく、大変な才媛である。――ただ、どうしようもない欠点がふたつ。
ひとつは、いつでも無表情な『人形令嬢』であること。
なにを言われようと、なにが起ころうと眉ひとつ動かさず、微笑みも涙も見せない。
今も彼女は、声をかけたそうに目線をよこす男性陣も、「大きなお人形さんだこと」などと冷やかす女性陣も相手にせず、片付けを忘れられた人形よろしく動かない。時折、窓や出入口に目線を向けるのみ。
誰かを待っているようだ。――おそらくは、ふたつめの欠点を。
「わあッ!!広ぉい!立派なお屋敷ねぇ!!」
突然、階下から甲高い女の声が聞こえてきた。
おそらく一階の玄関ホールだろう。吹き抜けになっているため、二階の大広間まで声はよく響く。今は音楽も止んでいるため、壮麗な内階段を駆け上がる騒々しい足音まではっきり分かる。玄関ホールで招待状を確認していた侍従の焦った声が近づいてくる。
「ど、どうかお待ちくださいませ!招待状のない方は入れないことになっております!大変申し訳ございませんが、そちらのお嬢様方は何卒お引き取りを……ッ!」
「固いこと言うな。身元なら私が保証するんだから問題ないだろ」
「そ、そんな、困ります!王子殿下」
誰もがお喋りを止めて、大広間の入り口に注目する。
嬌声と共に流れ込んできたのは、三人の女とひとりの男。
「きゃああッ!!すッごい豪華な舞踏会じゃないッ!!」
定刻から2時間遅れ。
ようやくドロシー嬢の待ち人が姿を現した。
「やだあ!あなたホントに王子サマだったのねぇ!ただの女ったらしだと思ってたわあ!」
女たちに囲まれ、しまりなく脂下がる若い男。
「言ってろ、尻軽め。童話の王子だって、夜は白馬でなく女にのるさ」
男の名は、クロッド・イグルーシカ。
我がブレイク・ブロウクス王国の第一王子であり、影の呼び名は『道化王子』。
彼こそドロシー・ドロフォノスのふたつめの欠点――王命で定められた婚約者なのである。
ここは、資産家マージン子爵邸で開かれている冬の舞踏会。
ちょうど2度目の休憩時間となったところだ。
満点の星より煌びやかな王冠灯の下、上品なお仕着せ姿の給仕らが軽食を配って回り始めた。金色の果実酒やアーモンドの香るシロップ・カクテル、アイスクリームに宮廷風ケーキ。きっと3回目の休憩には、マージン子爵大好物のハムサンドと温かなワインがふるまわれるだろう。
団欒を楽しむ招待客らは、名だたる有力者や上流貴族ばかり。本日はなんと王族までいらっしゃっているとか。王子様たちを一目見ようと、あるいは少しでもその視線が自分にとまらないかと、せいいっぱい着飾ったご令嬢たちが大広間を眩く彩る。
夜会や舞踏会は、毎日どこかの屋敷で催されているが、今夜一等賑わっているのは間違いなくマージン邸だ。なにもかも一流で、まさに最高の舞踏会。
そんな華やかな場で、ひとり。
誰とも話さず、踊らず、壁際の椅子にぽつんと座ったままのご令嬢がいた。
透き通る白磁の肌、艶やかな黒髪は華奢な肩に流れ落ち、けぶるような長い睫毛に縁どられた瞳は極上の翡翠も霞むほど。しかし、扇も手袋もドレスも靴もすべて夜色で統一した姿は舞踏会に不似合いで、作り物めいた美貌にはなんの表情も浮かんでいない。
『人形令嬢』ドロシー・ドロフォノス侯爵令嬢だ。
名門ドロフォノス家の一人娘であり、容姿端麗、教養もマナーも立ち振る舞いも素晴らしく、大変な才媛である。――ただ、どうしようもない欠点がふたつ。
ひとつは、いつでも無表情な『人形令嬢』であること。
なにを言われようと、なにが起ころうと眉ひとつ動かさず、微笑みも涙も見せない。
今も彼女は、声をかけたそうに目線をよこす男性陣も、「大きなお人形さんだこと」などと冷やかす女性陣も相手にせず、片付けを忘れられた人形よろしく動かない。時折、窓や出入口に目線を向けるのみ。
誰かを待っているようだ。――おそらくは、ふたつめの欠点を。
「わあッ!!広ぉい!立派なお屋敷ねぇ!!」
突然、階下から甲高い女の声が聞こえてきた。
おそらく一階の玄関ホールだろう。吹き抜けになっているため、二階の大広間まで声はよく響く。今は音楽も止んでいるため、壮麗な内階段を駆け上がる騒々しい足音まではっきり分かる。玄関ホールで招待状を確認していた侍従の焦った声が近づいてくる。
「ど、どうかお待ちくださいませ!招待状のない方は入れないことになっております!大変申し訳ございませんが、そちらのお嬢様方は何卒お引き取りを……ッ!」
「固いこと言うな。身元なら私が保証するんだから問題ないだろ」
「そ、そんな、困ります!王子殿下」
誰もがお喋りを止めて、大広間の入り口に注目する。
嬌声と共に流れ込んできたのは、三人の女とひとりの男。
「きゃああッ!!すッごい豪華な舞踏会じゃないッ!!」
定刻から2時間遅れ。
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「やだあ!あなたホントに王子サマだったのねぇ!ただの女ったらしだと思ってたわあ!」
女たちに囲まれ、しまりなく脂下がる若い男。
「言ってろ、尻軽め。童話の王子だって、夜は白馬でなく女にのるさ」
男の名は、クロッド・イグルーシカ。
我がブレイク・ブロウクス王国の第一王子であり、影の呼び名は『道化王子』。
彼こそドロシー・ドロフォノスのふたつめの欠点――王命で定められた婚約者なのである。
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