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第3話 囚われる

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 一時間目が終わった頃、将晴はなんだか体がだるかった。予定通り、ゴールデンウィークの前にヒートが始まりそうだ。
 カバンの中から透明ポーチを取り出して、石崎から渡された抑制剤を口にする。水道の蛇口をひねって水を口に含んだ。生ぬるい水と共に飲み込む。
 濡れた口元を制服の袖でふくと、そのまま保健室へ向かった。
 オメガがヒートを起こしたら、職員室ではなく保健室へと報告する。教職員にはアルファもいる。そのため、保健医はオメガかベータとなっていた。
 保健室に行くと、保健医が椅子に座って作業をしていた。将晴の顔を見ると、一瞬考え込む。

「ああ、一年の子ね。どうしたの?ヒートかな?」

 すん、と鼻を鳴らすような仕草をして、将晴を見る。キーボードを叩いて将晴のデータを確認したようだ。

「一年の木崎将晴くんね」

「はい」

「ヒート、来たのかな?」

「はい。予定通りなので薬は飲みました。帰ります。」

「はい、分かりました。手続きしておくね。一人で帰れる?……大丈夫?」

 おそらく、保護者に連絡をするかと、確認しようとして、将晴の、データを見て一瞬黙ったのだろう。

「一人で帰れます。近いんで」

 将晴は、既にカバンを持っていた。
 帰宅して、制服を脱いでいると、スマホが、震えた。

『予定通りだね。迎えに行くから薬とスマホを持って外に出て』

 石崎からだ。
 一体どこから見ているというのだろうか。
 将晴は、深いため息を着いて、シャツにズボンと言う服装に着替えた。普段着なんてそんなに持ち合わせがないというのに。
 ボディバッグに、薬と家の鍵を入れた。スマホはポケットだ。
 メッセージアプリで、母親に簡単なメッセージを送る。仕事中だから既読もつかない。それを確認して玄関を出た。
 振り返ると、狭い道いっぱいに車が動いていた。乗用車ではギリギリの道幅なのに。
 鍵をかけて、ゆっくりとその車に近づく。
 運転席には石崎がいた。

「乗って」

 言われるままに後部座席のドアを開けて乗り込んだ。

「薬は飲んだ?」

「学校で」

「そう、いいこだね」

 車がゆっくりと移動して、大通りに出た。

「悪いようにはしないから」

 石崎が、バックミラー越しに将晴を見て言う。

「薬、保護の対象外だ」

「ああ、気にしなくて大丈夫。その辺は上手くやってるから」

「うまく?」

「大人の事情ってやつかな。新薬のモニターってことにしてある」

「なんだよ、それ」

「だから、バイト代も出るんだよ」

 バックミラー越しに見る石崎は笑っていた。将晴はそのまま口を閉じて、窓の外を見た。流れる景色が早い。

「え?どこに?」

 見知らぬ景色に焦っていると、石崎が答えた。

「高速。都内に行くんだよ」

「え?」

「きみのバイト先」

 着いたのは都内のホテルだった。地下駐車場に車を停めると、石崎は将晴に、着いてくるように言って先を歩く。
 今更どうすることも出来ないので、将晴は石崎の後を歩く。どう見ても将晴の服装はこのホテルに相応しくなかった。

「こっちだよ。乗って」

 石崎がエレベーターに招く。ヒートが近い状況で、密室は苦手だ。

「換気が、ちゃんとしているから大丈夫だよ」

 石崎が教えてくれた。
 着いたのは随分と上の階層で、エレベーターを下りると広いホールになっていた。
 石崎は迷いなく歩いて、大きな扉に手をかける。カードキーで開けられた扉は、かなり重たそうだ。

「入って」

 中に入ると、高級な家具が並んでいて、まるでマンションの一室のようだった。

「なに、これ?」

 ますます自分の服装はこの場にあっていないと思う。将晴は立ち止まってその場で固まってしまった。

「大丈夫だよ、こっちにおいで」

 石崎が将晴の手を引く。リビングらしい部屋の奥に寝室があった。
 見たこともないほどに巨大なベッドが置かれて、その上にはたくさんの枕がある。

「この部屋でヒートをすごして貰うのがきみのアルバイト」

 石崎が将晴の、肩を掴んだ。グイグイと将晴を室内に連れ込む。

「荷物はこのカゴに入れて、そこが風呂場だから、きみの着替えが用意してある」

 カバンをカゴに入れると、石崎が将晴をふろ場に案内した。ふろ場と寝室の境は何故かガラス張りだ。

「ゆっくりとして、食事を用意するから」

 石崎は、そう言うと寝室から出ていった。
 寝室と、ふろ場だけで自宅が全部入りそうだった。
 用意されていた服を手に取ると、随分と大きなシャツ一枚。

「なんだよ、これ」

 悪態を着きつつも、どうせ無意識に下は脱ぐことを思い出す。
 しかし、なぜシャツ一枚なのか理解できない。
 とりあえず、シャワーを浴びてそのシャツを着てみる。鏡に映る姿を見て意図を理解した。

 彼シャツだ。

 将晴には少し大きいシャツは、微妙なラインで将晴の下半身を隠していた。着替えの中に下着がなかったので、将晴はそのままで寝室に出た。
 寝室には扉がないから、その先の広いリビングに石崎が見える。
 石崎は将晴に気づいて、手招きしてきた。

「おいで、ご飯を食べようか」

 リビングのテーブルには、豪華な食事がならペられていた。フルーツの盛り合わせなんて、将晴は初めて見た。

「これって…」

 将晴が食事を見つめて、立ちどまる。席に着く気になれない。

「心配しなくていいよ。これもバイト代」

 石崎は、将晴を椅子に座らせる。

「ちゃんと食べて」

「俺に、なにさせるつもりなんだ?」

 連れてこられた部屋に、用意された服。とても新薬のモニターとは思えない。

「悪いことはさせないよ」

 その言い方が気になる。

「きみが、ヒートで一人で過ごすのを見せてくれればいい。簡単だろ?」

 石崎の、口元が歪むのが気に入らない。そもそも、見せるとは?誰に?

「俺がずっと監視でいるから、安心して欲しいな」

 それの、どこが安心できるのだろうか?

「怖がらなくていいよ。お客さんはみんなきちんとした人だから」

「みんな?」

 将晴は石崎を見た。

「そう、お客さんは沢山いる。きみのような男性オメガに興味があるんだ」

「なんだよ、それ」

 将晴は自然と、シャツの裾を掴んだ。

「アルファはオメガに、惹かれるだろ?本能が、求めるから逆らえない。けれど、あがらうために薬を開発した」

 石崎が将晴の前にいくつかの薬を見せた。
 バース性の授業で見た事のある薬だ。

「薬での効果は絶大で、アルファもオメガも本能を押さえ込んで、フェロモンを、抑制できるようになった。けれど、どう足掻いても本能には逆らえない。欲しいんだよ、どうしたってオメガが」

 石崎の手が将晴の顎を撫でた。

「血統がとか、なんとかいったって、アルファの本能がオメガを欲しがる。孕ませたいんだよ、オメガを、抱きたいんだよ。アルファの本能なんだよ」

 石崎の言葉を黙って聞くしかない。将晴は目の前のクスリを見つめる。

「可哀想なことに、上位のアルファは血統のために政略結婚をするだろう?けれど、本能はオメガを欲してる。可哀想な程にね」

「俺に何をさせる気だ?」

 今更だけど、将晴は怖くなった。ヒート中は意識が飛ぶ。そんな最中に、アルファを宛てがわれたって、何も記憶に残らない。

「心配しなくていいよ。犯罪行為はさせないし、しない。言ったろう?君は新薬のモニターなんだ。薬を飲んでヒートをあのベッドの上で過ごしてくれればいい」

「…どう、いう」

「簡潔に言うと、ヒート中の男性オメガのオナニーショーだ」

「なっ」

 将晴は石崎を見た。石崎は薄く笑っている。

「上位のアルファは地位も名誉もある。間違っても金に任せてヒート中の男性オメガに手を出すなんてことは出来ない。そうだろう?」

 石崎の手が将晴の肩を優しく抱いた。

「きみは、上手に見せてくれたじゃないか」

 耳元で囁かれる。

「アルファたちがヒート中のきみを見るだけだ。きみが出すオメガのフェロモンを嗅いで、ヒートを一人でやり過ごすきみが、自分を慰める様子を眺めるんだよ。なにも怖いことはないだろう?」

「それって……」

「だから、きみは新薬のモニターなんだ。開発にかかわるアルファが観察に来るんだよ」

 石崎は、優しく将晴に教えてくれた。だから、何も怖くないし、ひとつも犯罪行為では無い。と。
 将晴は、なんだか味のよく分からない食事を胃に押し込んだ。
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