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第37話 こんなことで騙されると?
しおりを挟む「そろそろかしら?」
離宮にいるロレンシアの侍女たちが後宮の様子を伺っている。固く閉ざされた後宮ではあるけれど、本当に誰も出入りできなくなった訳では無い。限られた者たちは小さな扉から出入りをしているのだ。もちろん、それに気がついたのは最初にこの作戦を提案した侍女だ。
「そろそろって、分かるの?」
「オメガの発情期は平均4~5日らしいのよ。番がいれば軽くて早く終わるそうなの。番のいないオメガで長い人は七日ぐらいかかっていたのを見た事があるわ」
「見たの?」
「ええ、教会にこもる部屋があるでしょう?」
「ああ、そうね」
「そこに食事を差し入れる仕事をしていたのよ。私」
「へぇ、そんな仕事あるんだ」
「水差しと簡単な食事を小さな小窓から入れるだけな簡単な仕事なんだけどね」
「それで詳しいのね」
「大変なのはその後の部屋の掃除なのよ」
「そりゃ、掃除は大変でしょう」
「分かってないわね。発情期ってつまりしたいのよ。そう言う行為を」
「え、あ?そうね?でも、それが?」
「オメガはねぇ、女も男もいるのよ。現にここの後宮のオメガは男でしょ?」
「そうね?」
まだピンと来ていない話し相手に少しいらだちを感じたのか、大きなため息をついてから一息に答えをぶちまけた。
「男は出すでしょ。白いやつ、女はガビガビになんのよ。あんた、何カマトトぶってんのよ」
「え?え?あ、ああ、、そうね」
言われてようやく気がついたのか、顔を真っ赤にしていた。どうやら思い当たる節があるようだ。
「あんたのとこは、使用人がいたの?」
「まぁ、そうね。小さいけど商家ではあったから」
「恥ずかしくなかった?」
「え、その時はそんなこと考えてもいなかったわよ。ただ、今ごろほかの女と結婚されていたらと思うと、ね」
「ほんとそれ。こんなところに連れてこられるなんて聞いてなかったものね」
「道理で破格の給金のはずよ」
苦々しい顔で事情たちは後宮の門を眺めたのだった。
「誰か出てきたわ」
後宮の門の脇には小さな扉がついている。人が1人しか通れないような小さな作りで、扉をくぐる際には女であっても背中を丸めるように小さくしなければ通れない、そんな大きさである。もちろん、腰に剣など下げていれば、引っかかって素通り出来ないほどに狭い。そこを何かを持った侍女が一人通り抜けていった。
「何を持っているのかしら?」
「帳簿でしょう」
「帳簿?」
「記録簿よ。後宮に国王がお渡りをしたっていう覚書みたいなものよ。それを場内の保管庫にしまいに行くのよ」
「なんで?」
「必要だからでしょう。いつ誰と国王がやったのか記録を残してんのよ」
「そ、そんなことするの」
「当たり前じゃない。不義の子なんて認められないんだから、記録にある子しか国王の子になれないのよ」
「あんた、詳しいのね」
「調べたよの。そうじゃなくちゃこんな計画立てないわよ」
プリプリと怒りながらも、後宮の侍女服を身につけた二人は扉を目指す。
「お勤めご苦労様にございます」
そう声をかければ門番は二人の姿をじっと見つめた。侍女の顔をいちいち覚えているのかと、二人の喉がなる。
「通ってよし」
じっくりと見定められた割にはあっさりと許可が出て、胸を撫で下ろす。だが、それを知られてはならない。二人はそそくさと扉を通り、後宮の中へと入っていった。
「ひろっ」
最初に口から出たのはそんな声。入ってすぐに目に付いたのは恐らく閨の建物だ。窓のない小さな館は白い石造りで見た目は可愛らしかった。だが、ひとつしかない入口がその異様さをものがっている。誰も使っていないのに、入口には二人の見張りがいた。立ってはいないが、座って何か作業をしているようだ。とても気になるけれど、気づかれないように早足で目的の建物へと向かう。
「場所、知ってるの?」
「一番手前の建物って聞いてるの。それに、見ればわかるわ。あそこにだけ人がいるじゃない」
「ほんとだ」
二人は素早く人のいる建物に近づいた。そここそが目的の建物なのだ。
「素早く取り替えて」
「花びらはもう撒かなくていいわ」
「こちらのクッションはいかが致しましょう?」
「敷布は部屋一面にして」
「汚れたものはとにかく外に」
「新しいのはこっちよ」
「お食事はこちらに並べて」
「水差しをここに」
「果物は全て剥かれているわね?」
「食事は全て一口大にございます」
「甘いものは?」
「こちらの器にございます」
「敷布をもっとちょうだい」
「急いで」
「「「「はい」」」」
どうやら国王と側室が風呂に行っているようで、その間に部屋を整えているらしかった。統率の取れた侍女たちの動きは無駄がなく、美しい寝所があっという間に整えられた。ロレンシアの侍女二人は、出された汚れ物をカゴに押し込み素早く移動する。洗濯場の場所はだいたい分かっているが、自分たちはそんなことを手伝いに来た訳では無い。
「行くわよ」
カゴを持った侍女が小声で合図する。無言で頷き足早に立ち去る。気づかれたかもしれないし、誰も見ちゃいなかったのかもしれない。侍女服のエプロンで蓋をするようにして門のところまでたどり着けば、難なく外に出れた。どうやら入る時だけ厳しく確認されているようだ。
「お疲れ様です」
門番に軽く挨拶をすれば、無言であった。
「急いで」
時間との勝負である。あちらが一息ついている。風呂に入り食事をとったら、恐らく側室のオメガは眠るだろう。発情期は体力を激しく消耗すると聞いている。だから、チャンスは一度きりだ。
「ロレンシア様、持ってきました」
「な、何この匂い」
「後宮のオメガの発情期の匂いです。こちらを寝台に敷いて、バラの香を焚いてください」
「なんで、そんなこと」
「発情期を偽造するのだからこれしかないでしょう。今更わがまま言わないでください。今やらなければ、二度と陛下は起こし下さらないですよ」
「くっ……わかったわよ」
ロレンシアは渋々言われた通りに寝台に座った。
「陛下を呼んで参ります」
素早く他の侍女が後宮へと向かう。ロレンシアの連れてきた侍女が国王陛下のいる後宮へ急ぐ理由はただ一つだ。だからこそ、大袈裟にスカートの裾を摘んで走るのだ。こんなこと、貴族の令嬢上がりの侍女では決してやらないだろう。だがしかし、ロレンシアの連れてきた侍女は全員画平民だ。だからこそ、奇想天外な行動を取れるのだ。
「国王陛下にお伝えしたいことがございます」
後宮の門の前でロレンシアの侍女が言う。
門番はロレンシアの侍女の姿を見て、ほんの一瞬眉をひそめた。口に出さなくても、その一瞬の表情で相手が何を思ったのか察しはつく。
「こちらから」
門番は小さな扉を開き、ロレンシアの侍女を後宮へと通した。
「国王陛下にお伝えしたいことがございます」
息を切らして駆けつけたロレンシアの侍女からは、何やらキツイ香りがした。それだけで察した後宮の侍女たちは、無言で合図を送り合い、建物の一番奥の部屋に声をかける。一言二言言葉を交わしているのだろうが、どう考えても扉の向こうからは恐ろしい気配が漂ってきている。
それはそうだろう。ようやく迎えた愛しい番との(まだつがっていない)発情期を邪魔する者が現れたのだ。致し方のないことと、割り切らなくてはならないことぐらい国王陛下アルベルトは知っている。
だから、しばしの時間をかけてその扉が開きアルファの国王アルベルトが出てきた。
「陛下、お召し物を」
出てきたアルベルトの姿に驚く次女たちをさ尻目に、アルベルトは大股で歩き出した。走ってまで行きたいとは思わない。だが、さっさと終わらせてしまいたい。ガウンのような一枚布の上着を羽織っただけのアルベルトが、ロレンシアの侍女を置き去りにして後宮の門をくぐる。当然門番大きく開かれた。そこを足早に過ぎ去るアルベルト、そうして門は再び固く閉ざされたのであった。
離宮でアルファの国王アルベルトを待ち構えていたのはロレンシアの侍女たちだ。アルベルトの姿を見るなり頭を低くして出迎える。
「こちらに御座います」
まだ、昼日中。十分に明るい離宮の中をアルベルトは案内もなく歩く。目的地は分かっている。なぜなら匂いがするからだ。
「はしたなくも……つられてしまいました」
天蓋付きの大きな寝台の上でロレンシアがアルベルトを出迎えた。部屋に充満しているのは確かにオメガの香り。弱冠薄いが、それでもアルベルトの中のアルファを十分に刺激した。
「なるほど、なかなか良い匂いがする」
そう独り言のように呟くと、アルベルトは乱暴に寝台の上に乗り込んだ。
「きゃあ」
可愛らしく悲鳴を上げたロレンシアであったが、そんな気分は一瞬で消え去った。
「さっさとつがってやろう」
目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべるロレンシアの事などお構い無しに、アルベルトは手馴れた手つきでロレンシアの腰を掴んだ。
「え?」
うつ伏せで、腰が浮き上がった状態にロレンシアは驚きおののく、違う、こんなの初夜じゃない。ムードの欠片もないだなんて、抗議の声をあげようとしたロレンシアであったが、その唇がわななき、大きく開かれた口から出たのは叫び声だった。
「ぎゃぁぁあああああ」
絹を引き裂くような乙女の悲鳴ではなく、まるでヒキガエルでも踏みつけたかのような太く恐怖を感じる悲鳴であった。だがしかし、悲しいことにここは離宮。耳にしたのはロレンシアの侍女たちだけであった。
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