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第5話 そういや俺は悪役令息だった
しおりを挟む「……お前は、何をしているんだ?」
【ネコのシッポ】に無事たどり着き。本日の稼ぎで十分に泊まれる宿だと分かった安心感から、マルティンはオススメされたドードー鳥定食を夕飯に食べた。流石に乙女ゲームの世界とは言えど、醤油がないから唐揚げにしか見えないのに味付けは大変スパイシーであった。まぁ、唐揚げと言うよりフライドチキンだと思えば言いわけで、定食というのに白米でなくパンが付いてきたから、まぁ、そういうものだと理解した。確かに酒の提供がないから、冒険者の泊まり客はほぼ居なかった。おかげで異世界転生あるあるの一つ、酔っ払いに絡まれる。と言うイベントを体験することが出来なかったマルティンであった。
風呂が無いのでお湯をもらい、それで体を洗うと言うより拭く感じで綺麗にした後、ギンデル侯爵家より拝借してきた浄化の魔石を使った。もちろん、浄化の魔石は貴重な魔石のため、メイド頭の目を盗んで拝借してきたのだ。もちろん実行したのは今朝である。王城に上がるから、念入りに身支度をしていた時に、シレッと腰の魔法カバンにしまい込んだ。そのまま何食わぬ顔で馬車に乗り込んだから、メイド頭が浄化の魔石がないことに気がついた時、マルティンは既に断罪され王城を後にしていただろう。
そんなわけで、腹が満たされ、身綺麗にし、初めての冒険者としての依頼をこなしたマルティンは、大変疲れていた。今までのお貴族様の暮らしから平民となり、その日の宿のために仕事をしたのだ。神経的にも肉体的にも疲れていないわけなどなかった。おすすめされた宿だから、それなりに防犯は機能しているとは思いつつ、心もとない部屋の鍵をかけ、認識阻害のマントを身につけて就寝した。はずのマルティンである。
が、だがしかし、体におかしな刺激が与えられていることに違和感を覚えて目を覚ました。
「やだぁ、起きちゃった」
昼間のように明るい室内で、貴族家庭からすれば粗末な寝台に横たわるマルティンの視界に入ってきたのは、見覚えのある顔だった。おかしな点といえば、そいつが素っ裸だと言うことだろう。おまけにおかしな動きをしているから、マルティンの視界の端に出来れば見たくないモノが揺れていた。
「答えろ。おまえは何をしているんだ?」
マルティンはもう一度同じ質問を繰り返した。立場的に、なおかつ体勢的にもマルティンが圧倒的に不利ではあるが、それでもマルティンには聞く権利がある。
「やだぁ、もう。お前……なんて、ゾクゾクしちゃう」
そんなふうに答えても、マルティンの上にまたがっているフィルナンドはマルティンを揺さぶるのをやめなかった。
「お前、いい加減にっ」
「あー、ダメだからね。マルティン」
そう言ってフィルナンドはマルティンの口に人差し指を当てた。
「ねぇ、聞かなくてもわかるよね?僕がぁ、マルティンにぃ、犯されちゃってるの」
「おまっ」
今のこの状況で何をどうすればそんなことが言えるのか、マルティンは瞬間的に頭に血が登った。
「ダメだよ。マルティン。思い出して、僕は貴族。マルティンは平民でしょ?この状況で民兵が入ってきたら、貴族の僕が平民のマルティンに脅されてこんなことしてる。って思われちゃうんだよ?」
「……」
「ポーションを作ってる僕が、冒険者に脅されてポーションを奪われた挙句、犯されちゃってるの」
「……」
「僕とマルティン、どっちの言い分を信じると思う?」
「分かった」
マルティンは降参したと言うジェスチャーをして、少しだけ起こしていた体を再び寝台の上に投げ出した。
「安心して、ちゃんと防音の効果のある障壁の魔道具使ってるから」
フィルナンドの示す魔道具は、寝台の脇に置かれた小さなテーブルの上に置かれていた。マルティンの借りた部屋は一人部屋でかなり狭いため、障壁の魔道具が発動して、内開きの扉は開かなくなっていた。灯りがものすごくともされているのも、フィルナンドが持ち込んだ魔道具だった。
「明るくしておかないと、うちの騎士が心配しちゃうでしょ?」
そんな言い訳を言われても、マルティンは全く信じるつもりはなかった。何しろマルティンの上で先程から腰を揺らしているフィルナンドは真っ裸で、マルティンは前をはだけただけで、認識阻害のマントが外されていたからだ。
「外にいる騎士から丸見えなんじゃないか?」
狭い宿の部屋なので、寝台は端に寄せられていた。必然的に窓が近くになり、これだけ明るいと暗い外の路地に立つ騎士からは真っ裸のフィルナンドが良く見えているはずだ。
「それは大丈夫。障壁の魔道具が発動してるからね」
そう言ってフィルナンドはマルティンの腹を軽く撫でた。
「ずっと憧れてたんだ。マルティンのたくましい腹筋。あの女にとられなくて、ほんっとに良かったぁ」
そう言って身をかがめてマルティンの体に顔を近づけて来るものだから、マルティンが慌てた。
「まて、動くなフィルナンド」
マルティンの腕がフィルナンドの体を止めた。
「なんでぇ、気分が盛り上がったらキスするでしょ」
唇を尖らせて文句を言う姿は可愛らしくもないが、盛り上がっているのはフィルナンドだけであって、マルティンは全くもって冷静だ。ただし、一部を除く。
「ね、ね?」
「はぁ……」
強請るように唇を何度も指差すフィルナンドが、今度は焦れてマルティンを刺激してきた。
「あのな」
流石にマルティンだって、年頃の健康な男子である。そんな駆け引きなど経験がなければ、耐え忍ぶのもやり方が分からない。
「ねぇ、あの女とはこんなことしてないよね?」
「するわけがないだろう。たとえ婚約者と言えど、結婚前にそのような関係を持つなど言語道断だ」
悪役令息であったのに、そんなところは身持ちの硬いマルティンなのであった。
「良かったぁ」
それを聞いて喜んだのはフィルナンドで、何が嬉しいのか、マルティンにまたがったままぴょんぴょんと飛び跳ねた。この体勢でそれは最もやってはいけない行為だと言うのに。
「バカかお前は」
慌てて腹に力を入れて、マルティンは、上半身を起こした。そして飛び跳ねるフィルナンドの腰を掴んで動けないようにした。
「やだ、もう。積極的」
腰を掴まれたのか、なにか勘違いをしたフィルナンドが頬を赤らめる。そんな態度、今更すぎてマルティンが思わず真顔になった。
「ねぇ、キスして?僕のこと嫌いじゃないでしょ?」
「……」
「見て、あそこ。ポーションたくさん持ってきたんだ。必要でしょ?色々マルティンの為に作ってきたんだよ?体力、怪我、魔力、ね?ぜーんぶマルティンの為に僕が作ったんだから」
「ああ」
「一途な僕の気持ち、受けとって欲しいな」
「ああ」
「良かったぁ。僕ね、ずーっとマルティンの事が好きだったんだ。でも、あの女と婚約してたじゃない?ほんと悔しくてさ。そしたら今朝一番に婚約破棄したって言うじゃない?おまけにマルティンがギンデル侯爵家を追い出されって聞いたから、僕、もう、信じられなくって!騎士たちにマルティンの事を探させたんだ」
「それは、どうも」
「そしたらさぁ、マルティンが冒険者になった。って聞いたから、なにか役にたちたいな、って思って……こんなにたくさんポーション作ってきたんだよ。ね?僕って健気でしょ?」
「ああ」
本当に健気なら、素っ裸でまたがるなんて事はしないだろう。なんて、そんな事は言えないマルティンであった。確かにポーションはありがたい。何しろ高価だ。病気を治すことはできないけれど、体力を回復することはできる。神殿で治療が受けられなければ、ポーションを飲んで寝ているのがこの世界の平民の病気の治し方だった。怪我を治すにはポーションを直接患部にかけるのだが、ポーションの品質が悪いと傷は塞がるが跡が残ったり、痛みが消えなかったりする。魔力回復はそのままで、誰でもそれなりの魔法が使える。マルティンの持つ魔法カバンもマルティンの魔力にしか反応しないように作られているのだ。だから、魔力がないと魔法カバンから物を取り出すこともできなくなる。実際、剣で魔物を切るのだって魔力が必要なのだ。魔物は生まれながらに自分の身体を守るために魔力で防御壁をはっているから、それを打ち破るために剣に魔力を纏わせるのだ。だから、冒険者にとって必要なのは一番が魔力回復のポーションだろう。
「ね?こんなに沢山のポーションが置かれていて、僕がこんな格好してるのを誰かに見られたら……マルティンはどうする?」
「だれが健気だって?」
そう言いながら、マルティンはもう片方の手でフィルナンドの頭を抑えた。顎ではなく頭を押さえるあたりがマルティンの気持ちの表れである。
この世界では童貞であり、キスの経験もないマルティンであるが、前世の記憶からすると、その辺は全て経験済みである。生活に役に立たない記憶であるから、頭の片隅に追いやっていた記憶を引っ張り出して、マルティンは潔くフィルナンドの期待に答えることにした。
当然ながら、予想のはるか上を行くマルティンからの回答に、フィルナンドは降参した。降参して、本当の企みを全てマルティンに話して、そうして騎士に連れられて自宅であるペトモル伯爵邸に帰っていったのであった。
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