ヒロインに婚約破棄された悪役令息

久乃り

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第12話 冒険者の一日とは


「シマグモの糸の採取?」

 マルティンは他の冒険者より少し遅めの時間に冒険者ギルドに顔を出すと、常設依頼を確認した。常設依頼だからと言って、永遠にあるわけではないのだ。季節によって変わることもあるし、制限がかかる場合もある。だから必ず確認しなくてはならないのだ。というのは、マルティンの前世の記憶からの知識である。バスのダイヤが花火大会で突然変わっていたり、そもそもバスのルートが変わっていることもあるのだ。そういう経験の記憶から、常設依頼を確認してみれば、昨日はなかった依頼書が常設に張り出されていた。

「それ、今日から始まったんですぅ」
 
 受付嬢のアンナが嬉しそうにマルティンに話しかけてきた。一応、お咎めはなかったが、カウンターの外に出るのは禁止令が発令中のため、カウンターに肘をついて、ちょっとかわいく往年のぶりっ子ポーズである。

「ずいぶん報酬がいいんだな」

 内容の確認をしようと、マルティンがカウンターに近づいてきた。

「こちらが詳しい内容になります。どうぞご確認ください」

 アンナはいつも通りに可愛く笑いかけたが、マルティンは全く興味がないようで、アンナの顔など一度も見ずに用紙に目線を置いた。

「薬師ギルドから?」

 依頼人の項目を見て、思わずマルティンの眉根が寄った。

「傷薬系のポーションに使うらしいです」
「傷薬」
「傷を塞ぐ成分になるらしいですよ」
「傷薬のポーションの材料ぐらい知っている」

 学園にいた頃、何度フィルナンドに頼まれて採取したかわからない。シマグモは親指サイズのクモの形をした魔物で、その生態は前世の知識にある昆虫のクモとほぼ同じだった。移動手段として糸を出し、風に乗って移動するのだ。だから人の出入りのあまりない学園の雑木林に結構いたのだ。魔物なので、糸の丈夫さが尋常ではなく、採取するにはナイフが必須なのである。
 傷薬のポーションとは言うけれど、実物は軟膏のような薬である。シマグモの糸の成分は傷も塞ぐ交換もあるが、最大の理由はその粘着性だろう。傷口に直接塗りつける際、しっかりと固定させるために粘着性が必要なのだ。ついでにいえば、この世界の薬はなんでもポーションと呼ばれている。回復役のポーション、傷薬のポーション、目薬のポーションと、クスリと名前に付いているのにポーションと呼ぶのだ。名前が重複している気もするが、そこはまぁ、乙女ゲームの世界という事で納得するようにしているマルティンなのであった。

「途切れないように一匹分巻き切ればいいんだろう」

 あの頃にフィルナンドに言われたことを思い出す。

「はい、そうです。シマグモの糸は一度切れたら重ねて巻き取れませんので」
「知っている」

 そう返事をしてマルティンは冒険者ギルドを後にした。シマグモがいそうな所なら心当たりがあった。冒険者になってすでに二回潜り込んでいる地下道だ。風の乗って地下道に入り込んだシマグモは、その強力な糸でネズミ型の魔物を捕食していたのだ。最初に見つけた時は驚いたが、一匹捉えれば相当の間の食料になるらしく、うまいこと地下道の生態系の中に入り込んでいた。

「ついでにヘビの毒も手に入れておくか」

 昨日と同じようにふらりと地下道に入り込んでいくマルティンなのであった。

「角の暗闇辺りが、狙い目だな」

 地下道に響き渡るのはマルティンの靴音だけだった。その音にたった2日前はネズミ型の魔物が影から襲いかかってきたと言うのに、今日はもうマルティンの気配を察知して物陰から出てくることはかった。

「生存本能とは恐ろしいものだな」

 既にマルティン毒耐性を得ているから、ネズミ型の魔物はそれを本能で理解してまったのだろう。それに、一日で百匹も討伐したマルティンである。恐れられてしまっているとしても、それは仕方の無いことである。息を潜めているであろうネズミ型の魔物が飛び出してこないことを確認しつつ、マルティンは目的の場所にたどり着いた。

「さて」

 天井付近を見れば、確かにシマグモが巣を張っているのが見えた。ネズミ型の魔物は壁際を走り回るから、下を通り抜けるのを待っている待ち伏せ型の狩りなのだろう。目を凝らしてよく見れば、床にもちいさなクモの巣が点在しているのがわかる。

「餌をまいてみるか」

 おもむろに振り返り、マルティンは物陰を剣で薙ぎ払った。特に誰も掃除なんてしていないから、アチコチに吹き溜まりのようにゴミが溜まっているのだ。ネズミ型の魔物はその中に隠れていることが多い。と言うより、そこが巣なのだろう。

 ギッ

 短い悲鳴のような鳴き声がして、一匹のネズミ型の魔物が宙を舞った。

「よし」

 そのままもう一度剣で先程見つけたシマグモの巣に向かって打ち付ける。切断しないように上手いこと剣の腹で叩くのはなかなか技術画必要だが、マルティンは前世そんな遊びをしていた記憶があったので、なんとなくやってみただけだった。

 ギッギッ――

 それらしい断末魔のような鳴き声を上げ、ネズミ型の魔物がシマグモの巣にかかった。シマグモはすぐには動かず、ネズミ型の魔物の動きが弱るのを確認しているようだった。
 程なくして、シマグモがゆっくりと降りてきて、ネズミ型の魔物に糸を吹き掛け始めると、ネズミ型の魔物はすぐにその姿が見えなくなった。

「なかなかの量だな」

 そんなふうに感心しつつ、マルティンはシマグモの尻に細い棒を押し付け、腹を上から押してみた。すると、シマグモの尻から糸が吹き出した。

「おっ、出た出た」

 そのまま棒をクルクルと動かせば、シマグモの糸がどんどんと巻きついてくる。これを途切れさせなようにするのが中々根気のいる作業なのだ。集中力が切れてしまうと、糸が棒から離れて切れてしまう。そうなると、そのシマグモはもう糸を吐き出さなくなってしまうのだ。そうなると、一巻の糸の量が足りなくなる。依頼書に書かれていたのは、重さで報酬が決まっていたので、途切れさせずに一匹から大量に糸を巻き取る必要があるのだ。傷薬のポーションを作る際、あまり多くのシマグモの糸を混ぜると品質が下がるから、できるだけ一匹から大量に糸を巻き取る事を求められるのだ。

「学生の頃からフィルナンドに頼まれて採取していたからな。これは得意なんだよ」

 一匹から糸を巻き終えると、マルティンは辺りを確認した。シマグモは集団で生活しているらしく、一匹いれば十匹以上は近くに巣を張っているものだ。地下道という暗がりだからか、天井付近ではなく足元の方に巣が張られていた。どうやら床に罠を仕掛けてそのまま付近に巣を張っていたらしい。マルティンはしゃがみこんで見かけたシマグモから糸を採取しまくった。餌としてネズミ型の魔物を一匹くれてやったから、飢えることはないだろう。

「もう少し集めて、その後はまた毒蛇を一匹捕まえて帰るとするか」

 地味で時間はかかるが、ネズミ型の魔物を狩るよりは稼ぎがいいため、マルティンは少し早めに冒険者ギルドに戻るのだった。そうして【ネコのシッポ】に戻り、部屋に鍵をかける。地下道でとってきた毒蛇は魔法カバンに入れた時点で死んではいるが、自分の腕にその牙を刺して毒を流し込む行為を見られるのはさすがによろしくないと、マルティンだってわかっている。

「耐性を上げ切って、無効を手に入れたいんだよ、俺は」

 毒蛇の牙を腕に刺し、頭を親指で強く押せば毒蛇の毒が牙の付け根からにじみ出てきた。その色はエフェクトとは違い、ほぼ黒かった。

「少し頭がくらくらするな」

 そんな感想を呟きつつ、マルティンは夕飯の時間までその行為を繰り返したのだった。

 
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