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2年生始まりました
第34話 新歓やります3
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佐藤が飛び降りた図書館の屋根は、おいそれと飛び降りられるような構造をしていなかった。
なぜなら、ソーラーパネルがのっていたからだ。着地を間違えると、ソーラーパネルの上になってしまい、破壊することになる。いくら強度があるとはいっても、男子高校生が飛び降りての着地に耐えられるようなものでは無い。
そのせいで、佐藤をベランダで追い詰めた生徒たちはそちらに飛び込めないで躊躇しているのだ。下から行こうにも、ソーラーパネルのない場所から登らなくてはならないため、場所が限られてくる。
佐藤は下の様子を確認しながら、図書館の屋根の上をゆっくりと歩く。そうして、体育館からやってきた柳田の姿を確認した。
「ユーヤ!」
下から柳田が佐藤を呼んだ。長いこと一緒にいただけあって、柳田は佐藤が終了間際にどこへと逃げるか予想していたようだ。
「ユーヤさんっ」
上の方から佐藤を呼ぶ声がする。佐藤が振り返ると、旧校舎の四階ベランダに二階堂がいた。佐藤はそれを見ると、旧校舎寄りに駆け寄る。二階堂の後ろには鬼が迫っていた。
「よし、こい」
佐藤が両手を広げると、二階堂はなんの迷いもなくその腕に飛び込んだ。衝撃を逃がすためなのか、佐藤は二階堂を抱きしめて、ぐるりと回転する。
「一年生二階堂くんが、会長佐藤くんの腕に飛び込んだぁ」
佐々木のアナウンスがスピーカーから響き渡る。
佐藤も小柄だが、二階堂も小柄なのだ。とてもあの前会長の弟とは思えない身長ではあるが、ほんの少しだけ佐藤より大きいらしい。
「下に明彦がいる」
佐藤がそう告げると、二階堂はすぐに下を見た。柳田は登る場所を直ぐに見つけてソーラーパネルの隙間から顔を出していた。
「やるなぁ、明彦」
佐藤はイタズラが見つかったような顔をして、すぐに二階堂から離れる。ソーラーパネルのつなぎ目から上手いこと屋根の上に来た柳田は、あっという間に迫ってきた。
だが、佐藤はそれより早く走り出して渡り廊下の屋根に飛び移る。二階堂はそのまま走って本校舎の壁に、窓枠を使って上手に移動した。
「おっと、一年生二階堂のこの行為は?」
モニターをみて、佐々木が下総に確認を促す。
「校舎の中に入ってないからセーフで」
下総が判定を告げると、すぐに佐々木がアナウンスする。
「一年生二階堂くん、本校舎の壁なので判定はセーフです」
佐々木のアナウンスが流れると、柳田は迷いなく佐藤を追いかける。壁を移動するより、屋根を走る方が簡単だ。
佐藤は渡り廊下屋根を、わざと体育館に向かって走った。すでに体育館にいる生徒は、もう鬼ごっこに参加することは出来ない。だから、まじかに迫ってきてくれる佐藤を見つけても、捕まえることが出来ないのだ。
「会長佐藤くん、これは戦略的撤退か?」
佐藤は渡り廊下屋根を走り、そのまま体育館の屋根に登っていく。体育館の先は逃げ場などないから、柳田に追い詰められたらそれまでだ。
しかし、時間的に終了間際だ。
渡り廊下の屋根を走る佐藤と、その後を追いかける柳田を、ほとんどの生徒が下から見ていた。渡り廊下の屋根は、微妙な高さで、足場なしに登るには少々難しかった。佐藤が壁についているハシゴを登るのも、随分と手馴れているようで、なんの確認もしていない。
少し遅れて柳田が登っていく。佐藤はすでに屋根の上で、本校舎の壁についている時計を確認している。
「時間はあと、10分、さぁ、会長佐藤くんを捉えることができるのか」
佐々木のアナウンスがスピーカーから流れて、体育館にいる生徒たちは一斉に外に出た。体育館の屋根の上には佐藤と柳田がいた。
体育館の屋根上の映像は、本校舎の屋上の防犯カメラのため、人物がかなり小さい。
佐藤がある程度の距離をとって、柳田を見ている。柳田は佐藤が何をするのかわかっていて息を整える。
「そのジャージ、下総のなんだろ」
「そうだよ」
佐藤はニヤリと笑う。
随分とギャラリーが集まっている。
初夏の陽気は、割と厳しい。これだけ走ったのだから、汗もかいたし風呂に入りたい気分だ。
柳田が動いたのを見て、佐藤はすぐに走り出した。時間的にそろそろいい感じだ。
「会長佐藤くんが走ったァ」
佐々木のアナウンスがスピーカーを通じて体育館にも響いた。下総は小さな画像では我慢できず、思わず外に飛び出した。外にいる生徒たちは、上を見上げている。体育館の屋根を走る佐藤の足音がよく聞こえた。
その時、歓声が上がって、下総の頭上を影が動いた。
次に聞こえたのは水の音。
間を開けてもう一度、水音が響く。
「うわっ、汚ねぇ」
そんな声がした。
下総がそちらを見ると、プールサイドを走る佐藤の姿が見えた。
プールは二階建ての構造で、一階部分に設備室と用具室がある。そのため、プールの様子をしっかり確認するには、同じ高さの二階の職員室からでないと何も見えない。体育館の出入口は1メートルほど高くなっているから、そこに立つ下総は、ギリギリプールサイドが見えた。
何かを叫びながら、柳田がはい上がろうとしているけれど、佐藤が足で蹴落としておる。
「ユーヤ!テメェ!!」
蹴落とされた柳田が叫ぶ、それを見て生徒たちが騒ぎ出す。
「あと、一分」
佐々木の楽しそうな声がスピーカーから聞こえた。
それを聞いて、鍵のかかったプールの周りに生徒たちが集まる。掃除をしていないプールから、上がることの出来ない柳田は、とうとう足蹴にしてくる佐藤の足を掴んだ。
「うわぁ」
足を掴まれて、佐藤が再びプールに落ちた。
「コノヤロー」
柳田が派手に落ちた佐藤へと近づくが、佐藤も逃げるために軽く泳ぎ出した。
「残り、じゅー、きゅー、はーち」
佐々木の、声が響く。それを聞いて柳田が慌てる。
「よーん、さーん、にー、いーち、しゅーりょー」
スピーカーから佐々木アナウンスが、終了を告げた。
「チックショー」
緑色のプールの中で、柳田が叫んだ。
「俺の勝ちー」
佐藤の声が聞こえた。
こんなに楽しそうな声だけど、下総はふと気がついた。佐藤が着ているのは下総のジャージだ。
「俺のジャージ、コケまみれ?」
下総が、フェンス越しにプールサイドを見ると、緑色の水を泳いだのがよく分かる佐藤と柳田がいた。
「下総、着替えくれ、二人分」
佐藤はぐちゃぐちゃのずぶ濡れ姿で、下総にそう言った。
「あー、ひでー、掃除しときゃ良かったよ」
佐藤がそういったのを聞いて、下総も心の中で頷いた。
「それては、表彰式にはいりまーす」
佐々木が、楽しそうに司会をする。佐藤は親衛隊に制服を持ってきてもらって、水しか出ないシャワーを浴びて一応は、綺麗にした。
下総は腐った水の匂いがついたジャージに落ち込んでいた。
「逃げきれた一年生には食堂の利用券5万円分を進呈します」
タスキをつけた一年生が佐藤から商品を受け取る。もちろん、二階堂も受け取っていた。
「次に、鬼の、表彰ですが、取ったタスキの数によって、景品が変わります」
佐々木はそこまで言って、一区切りつけた。
「さすがに10本はいなかったのですが、最多は八本、三年生二宮くん」
呼ばれた二宮が佐藤の前にやってきた。
「八本のご希望は?」
佐藤がマイクを通して聞くと、二宮は目の前のスタンドマイクに向かって希望を告げた。
「全部会長の弁当で」
途端歓声が上がる。
「わかった。好きなおかずを後で教えてくれ」
佐藤がそう答えると、二宮は両手を上げて元の場所に帰っていく。大抵は、食堂の利用券を希望する。
「つぎは会計相葉くんのタスキを取った三年生吉田くん」
佐々木のアナウンスで前に出てきた吉田は、ニッコリ笑ってとんでもないことを言ってくれた。
「お願いごとを一つだけ」
言われて、相葉がチラリと佐藤を見る。佐藤は意地そうな笑顔を浮かべた。
「この場で叶えられることなら、どうぞ」
「はい、相葉さまから、親衛隊全員にキスをお願いします」
それを聞いて歓声が上がった。もちろん、親衛隊隊員たちからは悲鳴が上がった。
「はい、承諾。相葉出てこい。相葉の親衛隊は一列に並んで……あ、希望しないなら並ばなくていいからな」
佐藤の合図で親衛隊たちが一列に並ぶ。
「あ、あのさぁ、ほっぺでいいよね?」
さすがに相葉が確認をしてきた。
「え?そんなもんなのか?」
佐藤は不満そうだ。
「だって、この人数だよ。ダメだよ、ほっぺにして」
相葉がごねるので、そこは親衛隊隊長でもある吉田が承諾した。さすがに、公平にしたいようだ。
全校生徒が見守る中、相葉が親衛隊の頬に唇を落としていく。証拠として下総がスマホで動画をとり、希望者のスマホで撮影に応じるのは遠山だ。
そんなに人数はいなかったけれど、それなりに時間がかかった。
これで終わりかと思ったら、タスキを三本取った生徒が食券に変えていなかった。二年の広瀬だ。
「えーっと、広瀬くんのご希望は?」
佐々木がマイクを通して質問する。スタンドマイクの前に立つ広瀬は、ちらと佐藤を見る。
佐藤はその視線を受け止めはしたものの、特に警戒はしなかった。相葉が、あれだけやったので、今更どんな公開処刑があるというのだろう。
「タスキを全部使って、お願いをします。会長と副会長でキスしてください。写真撮らせて」
親衛隊のない佐藤はともかく、下総には親衛隊がある。当然隊員たちからは悲鳴が上がった。壇上で、モニターチェックをしていた藤崇は、面白そうに佐藤を見ている。
「写真撮るの?」
佐藤が笑いながら尋ねる。
「このためにスマホ買い換えたんで」
広瀬はポケットから新しいスマホを取りだした。確かに、カメラ性能を全面に押し出してCMをしている機種だ。
「下総、こっちに来い」
佐藤は何故か壇上にパイプ椅子を置いて、そこに座った。
「カメラ、用意できてんだろ?」
全校生徒に向かって佐藤は笑った。もはや覚悟が出来ているようだ。
「えーっと、なんで佐藤くんは座ったの?」
シチュエーションがイマイチ理解できなくて、下総は小首を傾げる。
「立ったままだと俺が嫌なんだよ」
だったら下総が座るのでは?そう思ったの佐藤がしっかりと椅子に座っている。
「しっかり撮れよ」
佐藤は広瀬に向かってそう告げると、下総のシャツを掴んで自分に引き寄せる。
「えっ、うそ」
下総が慌てるけれど、佐藤は構わず下総の後頭部に手を回した。座っている佐藤の上から下総が唇を落とす形ではあるが、佐藤の方が攻めている。
佐藤の喉が軽く上下して、それから佐藤が下総から手を離した。佐藤から離れた下総は耳まで赤い。
「撮れたか?」
「はい、もう、バッチリと」
広瀬が満面の笑みをうかべた。
「では、以上で新入生歓迎会鬼ごっこ、表彰式を終了します。各自明日からの連休を楽しく過ごしてください」
佐々木がそう言うと、すぐにスタンドマイクで榊原が発言する。
「外出して、面倒起こすなよ。寮内で騒ぎを起こした場合はすぐに風紀が行くからな」
その言葉で写真撮影で浮かれていた生徒たちが身動ぎする。
「連休中でも生徒会は動いているから、調子乗んなよ」
壇上から佐藤はそう言うと、すぐに片付けを開始した。モニターチェックのパソコンは、警備室から持ち出したものだ。体育館の床にはシートが敷かれていて、それを畳んで舞台下の引き出しにしまい込む。
生徒会役員だけでやるには量が多いが、単純作業のため難しくはない。
「じゃあ、俺は理事長に挨拶してくるね」
そう言って藤崇は立ち去ろうとしたけれど、佐藤の側までやって来て、満面の笑みで言った。
「裕哉は疲れただろう?今夜マッサージしてあげるからね」
「いらねーよ」
佐藤は即答して下総の方へと逃げていった。
なぜなら、ソーラーパネルがのっていたからだ。着地を間違えると、ソーラーパネルの上になってしまい、破壊することになる。いくら強度があるとはいっても、男子高校生が飛び降りての着地に耐えられるようなものでは無い。
そのせいで、佐藤をベランダで追い詰めた生徒たちはそちらに飛び込めないで躊躇しているのだ。下から行こうにも、ソーラーパネルのない場所から登らなくてはならないため、場所が限られてくる。
佐藤は下の様子を確認しながら、図書館の屋根の上をゆっくりと歩く。そうして、体育館からやってきた柳田の姿を確認した。
「ユーヤ!」
下から柳田が佐藤を呼んだ。長いこと一緒にいただけあって、柳田は佐藤が終了間際にどこへと逃げるか予想していたようだ。
「ユーヤさんっ」
上の方から佐藤を呼ぶ声がする。佐藤が振り返ると、旧校舎の四階ベランダに二階堂がいた。佐藤はそれを見ると、旧校舎寄りに駆け寄る。二階堂の後ろには鬼が迫っていた。
「よし、こい」
佐藤が両手を広げると、二階堂はなんの迷いもなくその腕に飛び込んだ。衝撃を逃がすためなのか、佐藤は二階堂を抱きしめて、ぐるりと回転する。
「一年生二階堂くんが、会長佐藤くんの腕に飛び込んだぁ」
佐々木のアナウンスがスピーカーから響き渡る。
佐藤も小柄だが、二階堂も小柄なのだ。とてもあの前会長の弟とは思えない身長ではあるが、ほんの少しだけ佐藤より大きいらしい。
「下に明彦がいる」
佐藤がそう告げると、二階堂はすぐに下を見た。柳田は登る場所を直ぐに見つけてソーラーパネルの隙間から顔を出していた。
「やるなぁ、明彦」
佐藤はイタズラが見つかったような顔をして、すぐに二階堂から離れる。ソーラーパネルのつなぎ目から上手いこと屋根の上に来た柳田は、あっという間に迫ってきた。
だが、佐藤はそれより早く走り出して渡り廊下の屋根に飛び移る。二階堂はそのまま走って本校舎の壁に、窓枠を使って上手に移動した。
「おっと、一年生二階堂のこの行為は?」
モニターをみて、佐々木が下総に確認を促す。
「校舎の中に入ってないからセーフで」
下総が判定を告げると、すぐに佐々木がアナウンスする。
「一年生二階堂くん、本校舎の壁なので判定はセーフです」
佐々木のアナウンスが流れると、柳田は迷いなく佐藤を追いかける。壁を移動するより、屋根を走る方が簡単だ。
佐藤は渡り廊下屋根を、わざと体育館に向かって走った。すでに体育館にいる生徒は、もう鬼ごっこに参加することは出来ない。だから、まじかに迫ってきてくれる佐藤を見つけても、捕まえることが出来ないのだ。
「会長佐藤くん、これは戦略的撤退か?」
佐藤は渡り廊下屋根を走り、そのまま体育館の屋根に登っていく。体育館の先は逃げ場などないから、柳田に追い詰められたらそれまでだ。
しかし、時間的に終了間際だ。
渡り廊下の屋根を走る佐藤と、その後を追いかける柳田を、ほとんどの生徒が下から見ていた。渡り廊下の屋根は、微妙な高さで、足場なしに登るには少々難しかった。佐藤が壁についているハシゴを登るのも、随分と手馴れているようで、なんの確認もしていない。
少し遅れて柳田が登っていく。佐藤はすでに屋根の上で、本校舎の壁についている時計を確認している。
「時間はあと、10分、さぁ、会長佐藤くんを捉えることができるのか」
佐々木のアナウンスがスピーカーから流れて、体育館にいる生徒たちは一斉に外に出た。体育館の屋根の上には佐藤と柳田がいた。
体育館の屋根上の映像は、本校舎の屋上の防犯カメラのため、人物がかなり小さい。
佐藤がある程度の距離をとって、柳田を見ている。柳田は佐藤が何をするのかわかっていて息を整える。
「そのジャージ、下総のなんだろ」
「そうだよ」
佐藤はニヤリと笑う。
随分とギャラリーが集まっている。
初夏の陽気は、割と厳しい。これだけ走ったのだから、汗もかいたし風呂に入りたい気分だ。
柳田が動いたのを見て、佐藤はすぐに走り出した。時間的にそろそろいい感じだ。
「会長佐藤くんが走ったァ」
佐々木のアナウンスがスピーカーを通じて体育館にも響いた。下総は小さな画像では我慢できず、思わず外に飛び出した。外にいる生徒たちは、上を見上げている。体育館の屋根を走る佐藤の足音がよく聞こえた。
その時、歓声が上がって、下総の頭上を影が動いた。
次に聞こえたのは水の音。
間を開けてもう一度、水音が響く。
「うわっ、汚ねぇ」
そんな声がした。
下総がそちらを見ると、プールサイドを走る佐藤の姿が見えた。
プールは二階建ての構造で、一階部分に設備室と用具室がある。そのため、プールの様子をしっかり確認するには、同じ高さの二階の職員室からでないと何も見えない。体育館の出入口は1メートルほど高くなっているから、そこに立つ下総は、ギリギリプールサイドが見えた。
何かを叫びながら、柳田がはい上がろうとしているけれど、佐藤が足で蹴落としておる。
「ユーヤ!テメェ!!」
蹴落とされた柳田が叫ぶ、それを見て生徒たちが騒ぎ出す。
「あと、一分」
佐々木の楽しそうな声がスピーカーから聞こえた。
それを聞いて、鍵のかかったプールの周りに生徒たちが集まる。掃除をしていないプールから、上がることの出来ない柳田は、とうとう足蹴にしてくる佐藤の足を掴んだ。
「うわぁ」
足を掴まれて、佐藤が再びプールに落ちた。
「コノヤロー」
柳田が派手に落ちた佐藤へと近づくが、佐藤も逃げるために軽く泳ぎ出した。
「残り、じゅー、きゅー、はーち」
佐々木の、声が響く。それを聞いて柳田が慌てる。
「よーん、さーん、にー、いーち、しゅーりょー」
スピーカーから佐々木アナウンスが、終了を告げた。
「チックショー」
緑色のプールの中で、柳田が叫んだ。
「俺の勝ちー」
佐藤の声が聞こえた。
こんなに楽しそうな声だけど、下総はふと気がついた。佐藤が着ているのは下総のジャージだ。
「俺のジャージ、コケまみれ?」
下総が、フェンス越しにプールサイドを見ると、緑色の水を泳いだのがよく分かる佐藤と柳田がいた。
「下総、着替えくれ、二人分」
佐藤はぐちゃぐちゃのずぶ濡れ姿で、下総にそう言った。
「あー、ひでー、掃除しときゃ良かったよ」
佐藤がそういったのを聞いて、下総も心の中で頷いた。
「それては、表彰式にはいりまーす」
佐々木が、楽しそうに司会をする。佐藤は親衛隊に制服を持ってきてもらって、水しか出ないシャワーを浴びて一応は、綺麗にした。
下総は腐った水の匂いがついたジャージに落ち込んでいた。
「逃げきれた一年生には食堂の利用券5万円分を進呈します」
タスキをつけた一年生が佐藤から商品を受け取る。もちろん、二階堂も受け取っていた。
「次に、鬼の、表彰ですが、取ったタスキの数によって、景品が変わります」
佐々木はそこまで言って、一区切りつけた。
「さすがに10本はいなかったのですが、最多は八本、三年生二宮くん」
呼ばれた二宮が佐藤の前にやってきた。
「八本のご希望は?」
佐藤がマイクを通して聞くと、二宮は目の前のスタンドマイクに向かって希望を告げた。
「全部会長の弁当で」
途端歓声が上がる。
「わかった。好きなおかずを後で教えてくれ」
佐藤がそう答えると、二宮は両手を上げて元の場所に帰っていく。大抵は、食堂の利用券を希望する。
「つぎは会計相葉くんのタスキを取った三年生吉田くん」
佐々木のアナウンスで前に出てきた吉田は、ニッコリ笑ってとんでもないことを言ってくれた。
「お願いごとを一つだけ」
言われて、相葉がチラリと佐藤を見る。佐藤は意地そうな笑顔を浮かべた。
「この場で叶えられることなら、どうぞ」
「はい、相葉さまから、親衛隊全員にキスをお願いします」
それを聞いて歓声が上がった。もちろん、親衛隊隊員たちからは悲鳴が上がった。
「はい、承諾。相葉出てこい。相葉の親衛隊は一列に並んで……あ、希望しないなら並ばなくていいからな」
佐藤の合図で親衛隊たちが一列に並ぶ。
「あ、あのさぁ、ほっぺでいいよね?」
さすがに相葉が確認をしてきた。
「え?そんなもんなのか?」
佐藤は不満そうだ。
「だって、この人数だよ。ダメだよ、ほっぺにして」
相葉がごねるので、そこは親衛隊隊長でもある吉田が承諾した。さすがに、公平にしたいようだ。
全校生徒が見守る中、相葉が親衛隊の頬に唇を落としていく。証拠として下総がスマホで動画をとり、希望者のスマホで撮影に応じるのは遠山だ。
そんなに人数はいなかったけれど、それなりに時間がかかった。
これで終わりかと思ったら、タスキを三本取った生徒が食券に変えていなかった。二年の広瀬だ。
「えーっと、広瀬くんのご希望は?」
佐々木がマイクを通して質問する。スタンドマイクの前に立つ広瀬は、ちらと佐藤を見る。
佐藤はその視線を受け止めはしたものの、特に警戒はしなかった。相葉が、あれだけやったので、今更どんな公開処刑があるというのだろう。
「タスキを全部使って、お願いをします。会長と副会長でキスしてください。写真撮らせて」
親衛隊のない佐藤はともかく、下総には親衛隊がある。当然隊員たちからは悲鳴が上がった。壇上で、モニターチェックをしていた藤崇は、面白そうに佐藤を見ている。
「写真撮るの?」
佐藤が笑いながら尋ねる。
「このためにスマホ買い換えたんで」
広瀬はポケットから新しいスマホを取りだした。確かに、カメラ性能を全面に押し出してCMをしている機種だ。
「下総、こっちに来い」
佐藤は何故か壇上にパイプ椅子を置いて、そこに座った。
「カメラ、用意できてんだろ?」
全校生徒に向かって佐藤は笑った。もはや覚悟が出来ているようだ。
「えーっと、なんで佐藤くんは座ったの?」
シチュエーションがイマイチ理解できなくて、下総は小首を傾げる。
「立ったままだと俺が嫌なんだよ」
だったら下総が座るのでは?そう思ったの佐藤がしっかりと椅子に座っている。
「しっかり撮れよ」
佐藤は広瀬に向かってそう告げると、下総のシャツを掴んで自分に引き寄せる。
「えっ、うそ」
下総が慌てるけれど、佐藤は構わず下総の後頭部に手を回した。座っている佐藤の上から下総が唇を落とす形ではあるが、佐藤の方が攻めている。
佐藤の喉が軽く上下して、それから佐藤が下総から手を離した。佐藤から離れた下総は耳まで赤い。
「撮れたか?」
「はい、もう、バッチリと」
広瀬が満面の笑みをうかべた。
「では、以上で新入生歓迎会鬼ごっこ、表彰式を終了します。各自明日からの連休を楽しく過ごしてください」
佐々木がそう言うと、すぐにスタンドマイクで榊原が発言する。
「外出して、面倒起こすなよ。寮内で騒ぎを起こした場合はすぐに風紀が行くからな」
その言葉で写真撮影で浮かれていた生徒たちが身動ぎする。
「連休中でも生徒会は動いているから、調子乗んなよ」
壇上から佐藤はそう言うと、すぐに片付けを開始した。モニターチェックのパソコンは、警備室から持ち出したものだ。体育館の床にはシートが敷かれていて、それを畳んで舞台下の引き出しにしまい込む。
生徒会役員だけでやるには量が多いが、単純作業のため難しくはない。
「じゃあ、俺は理事長に挨拶してくるね」
そう言って藤崇は立ち去ろうとしたけれど、佐藤の側までやって来て、満面の笑みで言った。
「裕哉は疲れただろう?今夜マッサージしてあげるからね」
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