婚約破棄をしたいので悪役令息になります

久乃り

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アリス目線2

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 中身はおじさんと自己申告してきたセレスティン様のため、できるだけ専門用語を使わないで語らなくてはいけない。
 私はできるだけ噛み砕いて話し始めた。

「まず、ですね。このゲーム中等部がR15で高等部がR18なんです」
「え?なにそれ」
「驚かれました?だって、ダウンロード専用なんですもの。無料アプリでは無いのですよ」
「有料……」

 セレスティン様は分かりやすく項垂れました。この辺りは察してくださった模様。

「この世界での成人は16歳です。ですから、高等部編はR18なのです」
「そ、そういうことか」

 酷く落ち込むセレスティン様にお話を伺うと、婚約していて、同じお屋敷にお住いではあるけれど、セレスティン様が成人するまでは性的接触を禁止されているそうなのです。ですが、ジークフリート様は既に成人済み。これだけ美しい婚約者に何もできないだなんて生殺しもいいところです。
 そんな妥協案なのか、セレスティン様が成人したら、ハスヴェル公爵家の離れにてお二人で過ごすことになっているというのです。これはもう、大人の階段を登るやつです。けれど、女の子と結婚したいセレスティン様にとっては死活問題というわけなのです。童貞卒業より先に処女喪失になる訳ですから。

「婚約破棄する裏技があります」

 私は初等部で最後に教えられたことをセレスティン様に伝えることにしました。これは貴族社会において良くあることの為、下位貴族の子どもたちが自分の身を守るために知っておかなくてはいかないことなのです。

「爵位が二個以上離れている場合の婚約は、下位の者が申し出れば教会にて無効とすることができる」
「なに、それ……」
「やはりご存知ありませんでしたね。基本家同士の繋がりのために結婚することはよくあります。けれど、爵位が上の方から申し込まれたら下のものは断れないでしょう?」
「うん、そうだった」
「ですから、未成年者が意に沿わない婚約をさせられた時は、成人してから教会に申し出れば婚約を取り消すことができるのです」
「え?まじで?」

 セレスティン様は大きく目を見開かれ、そしてとても嬉しそうに微笑まれた。

「はい。ですから、成人するまでの辛抱です。とにかく、この中等部では波風立てずに過ごされればよろしいかと思います。従順な婚約者として過ごせば、周りからの心象もよろしいでしょう」
「な、なるほど。権力に負けた感じでいればいいんだな?」
「はい、そうです。ジークフリート様は公爵家、セレスティン様は伯爵家ですから、ギリギリ爵位差が二個以上に該当します。しかも、婚約されたのは学園入学前とお聞きしております」
「うん。まだ6歳だった」
「それなら尚更ですね。成人したら一度教会に確認に行かれるといいですよ」
「分かった。ありがとう」

 セレスティン様はお礼を言いながら、温室の中をキョロキョロと見渡して、首をかしげました。なにか気になることがあったのでしょうか?

「あのさ、ここはなんか、イベントが起こるの?」

 こじんまりとして、何も無い温室を今更ながら不思議がっているようです。確かに、今は何も無い温室ですから。

「はい。ここは主人公が攻略対象たちの心情やステータスを確認するための温室です」
「え?そんなことがこの温室で?」
「はい。今はまだゲームが、動いていませんから、何も変化はありませんが、これからここに薔薇の花が咲くのです」
「薔薇の花?」

 セレスティン様は驚いた様子で温室の木を見つめました。そうしてようやくこの木が薔薇であることに気づいたようです。

「まだつぼみもこんなに固いのですが、これから皆様の心情やステータスに変化かが出てくると、薔薇の花が咲いてくるのです。カップリングが成立しそうになれば、その二人の瞳の色の薔薇が寄り添うように……」
「瞳の色?」

 セレスティン様は私の目を見つめてきました。お恥ずかしながら私の瞳は頭と同じくピンクなのです。

「主人公が攻略を始めると、恥ずかしながら私の瞳の色であるピンクの薔薇が蕾をつけまして、好感度の高い攻略対象者の瞳の色をした薔薇が寄り添うように咲くのです。攻略が進めば花はどんどん開いていきます。しかし、攻略に失敗して好感度が下がると、薔薇の花は散ってしまうのです」
「なに、それ……」

 セレスティン様は温室の設定に驚かれたようで、何度も目を瞬きされました。それは確かにそうでしょう。上位貴族であるセレスティン様はずっとこの学園に通われていたのに、この小さな温室にこのような仕掛けがあることを知らなかったのですから。まぁ、確かに少々古びた温室でしかもこの規模の小ささでは、お育ちのよろしい方々の目に止まることはまずないでしょう。しかも、花なんて咲いていないのですから尚更です。

「手入れをする人が間違えて蕾を切っちゃった訳じゃないんだ」
「はい。ご覧下さい。ここに蕾がございます」

 私はセレスティン様が見やすいようにまた固い蕾を手のひらで示した。

「あ、棘あるでしょ」

 私の行動にセレスティン様が慌ててしまった。

「大丈夫です。この薔薇、棘がないのです」
「へ?」

 セレスティン様はまじまじと薔薇を眺めました。濃い緑色の葉にしっかりとした茎、けれどそこに痛そう棘は存在しません。

「へぇ、棘のない薔薇ってあるんだ」
「品種改良で作られてはいますけど、こちらはゲームの仕様上そうなっているのです」
「ゲームの仕様……」

 そう、毎日攻略対象者の心情を確認すべく温室を訪れる私、主人公は嫉妬されてこの温室で突き飛ばされるというイベントがあるのです。その時にこの薔薇に棘でもあったら大惨事なのですよ。そんなわけで、ビジュアル的にも宜しくないということでこの薔薇には棘がないのでございます。
 って、その突き飛ばしてくるのがセレスティン様の確率が20パーセントほどあることは黙っておきましょう。

「皆様方の瞳の色の薔薇がさきますの」
「瞳の色の……」

 そう呟かれてセレスティン様は私の目をまじまじと見つめてきました。この距離でその行為は宜しくありません。ジークフリート様に見つかれば大惨事に繋がります。

「目もピンクだ」
「はい」
「セレスティン様は青くていらっしゃいますでしょう?可憐な青薔薇が咲きましてよ?」
「咲かせたことあるの?」
「……恐れながら、セレスティン様とジークフリート様がラブラブになると緑色の薔薇が寄り添うように咲き誇りまして……」
「うっ、緑色の薔薇って」

 きっと想像されたのでしょう。セレスティン様は分かりやすく眉をひそめられました。けれど、それさえも美しいのです。

「へぇ、面白いね。色んな薔薇が咲くのを見てみたい」
「…………私、攻略しませんわよ?」
「えぇぇぇ」

 わかりやすいぐらいにセレスティン様が不満を漏らしました。いやいや、私はしがない男爵令嬢なのです。いくら成績が良くても、ヒロイン顔だとしても、底辺貴族の分際でそのようなことをしてはヘイトが集まるというものなのです。

「見れなくもないのですけど」
「見れんの?」
「はい。薔薇が咲く条件は好感度なのです。何も私に対する好感度だけで咲くわけではございません。攻め様と受け様がお互いに惹かれ合うと寄り添うように咲き始めるのです」
「攻め様と受け様?」
「ああ、わからないですか?ではお教えします。ズバリ、セレスティン様は受け様筆頭にございます」
「なにそれ」

 セレスティン様が思いっきりしかめっ面をなさいました。うん、セレスティン様はその手の知識もない転生者なのですね。

「平たく言うと、攻め様は男役、受け様は女役になります」
「へ、へぇ」
「区別する方法はカバンです」
「カバン?」
「はい。セレスティン様、そのカバンはご自身で選ばれましたか?」
「ジーク様に買ってもらった」
「はい、それです。そこなのです。なんの知識もないセレスティン様は装いからジークフリート様に受け様仕様にされてしまっているのです」
「何それ」

 意味がわからないとでも言いたそうにセレスティン様は小首をかしげられました。

「ちなみに、アルト様はどのようなカバンをお持ちかご存知で?」
「俺と同じ肩掛けの、だけど?」
「では、モリル様とデヴイット様は?」
「手提げ?だったかな?」
「はい、それです」

 私がビシッとしてきをすると、セレスティン様は何度も瞬きをされました。そうですよね、意味が分かりませんよね。

「攻め様は手提げカバン、受け様は肩掛けカバンなのです。すなわち見た目、肩掛けカバンの方が見た目が愛らしく庇護欲がそそられますでしょ?」
「そ、うか、な?」

 そう言いつつもセレスティン様は自分のカバンを肩にかけたり手に持ったりと色々お試しになされている。あぁ、そんなところがまた、可愛らしい。

「こうやって持つのも可愛いと思うんだけど?」

 セレスティン様は両手で持ったカバンを体の前にして、少し膝を曲げたポーズを取られました。それは確かに可愛らしいのですが、それはアザといのです。

「セレスティン様、それではわかり易すぎます」
「……そうか、これじゃまるきり女の子だ」

 セレスティン様は改めてカバンを肩にかけ直しました。

「分かった。つまり俺は手提げカバンの男子生徒と仲良くしない方がいいんだな」
「はい。そうです。新しいお友だちを探される時の目安にしてください」
「分かった」
「私は毎日この温室で進行具合を確認しますので、何かございましたらお立ち寄りくださいませ」
「ありがとう。なんか嬉しい」

 セレスティン様ははにかみながら温室をあとにされました。そんなお顔はジークフリート様にしか見せてはいけない。そうは思いましたが、口には出せませんでした。
 しかし、セレスティン様はなぜ故この世界に転生してしまったのでしょう。
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