【完結】知っていたら悪役令息なんて辞めていた

久乃り

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第43話 いざ、勝負勝負

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 剣の性能を確認するのに、子爵の前で試し斬りをすると話をしたのに、ガロはすげなく断ってきた。大好きな酒を前にして、我慢なんて出来ない。ということらしい。

 酒を渡したのはセドリックなので、それは仕方がない。誰だって好物を前にして、お預けは辛いだろう。セドリックだって、早く剣を試したくて仕方がないのだ。
 ガロ工房を出た途端、どちらからともなく互いの手を握りしめて、転移魔法を展開していた。転移魔法も上手く使いこなせるようになったから、セドリックも遠慮なくなった。ロイ任せにしておくと、座標の位置がたまに酷いのだ。

「ただいま」

 ロイが元気よく挨拶をすると、そこでは子爵夫婦がのんびりとお茶を楽しんでいた。

「おかえり、待っていたよ」

 ウォーエント子爵はカップを静かに置いて、そう言うと今までとは違う笑みをセドリックに向けた。

「早速だが、ダンジョンに行こうか」

 子爵は隣に座る夫人の手を取ると、ゆっくりと近づいてきた。ロイとセドリックは初めから手を繋いでいたから、そのまま子爵は息子であるロイの手を取った。

「では行こう」

 流石に領主である子爵は、大地からの補助も得て、なんの苦もなくダンジョンへと転移させた。

「なかなか、手頃な魔物がいるようだ」

 到着するなり子爵が示した先には、キメラがいた。しかも一体ではない。

「アレを倒すの?」

「新しい剣の性能と、英雄の技を見せてくれないか?」

 子爵はそう言うと、テーブルセットをそこに並べた。空間収納からだしたのか、先程のものなのか、区別がつかない。白いテーブルクロスが敷かれ、ポットからは熱いお茶がカップに注がれた。

 何も無い空間からお菓子の載った皿が出てきて、夫人の前に並べられた。更には花の活けられた花瓶も出てきてテーブルを飾る。
 どうやら子爵夫妻は、ロイとセドリックが魔物を倒すところを眺めながらのんびりするつもりのようだ。

「俺が先ね」

 ロイがそう言って、剣を片手にキメラのいる部屋の中央に躍り出た。子爵夫妻は自分たちの周りに結界を張っているようで、のんびりとお茶を口にしている。夫人であるアリアナが、ロイに向かって手を振っていた。

「行っくぞぉ」

 ロイはアリアナに手を振り返しながら、壁を蹴りキメラのよりも高い位置に到達した。身体強化の魔法をすばやくかけていたようだ。ロイの足元から、魔法が光のように放出されているのが見えた。セドリックは、その様子を目を細めて見ていた。

「ギガ〇ラッ〇ュ」

 ロイの剣が光を帯び、剣先から電流のようなものが小さく弾け出した時、ロイはそう叫んで剣を大きく振り回した。その動きは何かを斬るような動きではなく、ただ大きく自分を中心に振り回したに過ぎなかった。

 しかも、口にしたのはセドリックが、聞いたこともないような呪文だった。けれどロイの言葉に従って、剣からは魔力が放出された。
 おびただしい雷が、青白い光を放ちながら、ロイを中心として弧を描くように広がっていく。キメラたちはロイに襲いかかろうとしていた体勢から一転、空間に放たれた青白いカミナリから逃れようと、体を反転させた。

 だがしかし、体の大きなキメラたちは、螺旋状に伸びてくる雷を、避けきることが出来なかった。雷であるからには、電気のようなもので、一瞬の衝撃でキメラの動きが止まり下へと落ちていく。落ち切る前に体勢を立て直し、浮上しようと試みるキメラへ、追い打ちをかけるように下にまちかまえていたセドリックが剣を振った。

「喰らえ」

 セドリックの剣から放たれたのは炎で、まるで火龍の如くキメラ目掛けて突き進む。咆哮をあげて火竜を打ち消そうとキメラは藻掻くが、体勢が整わない状態では、勢いのある炎を、打ち消すことは出来なかった。
 一匹が炎に包まれると、残りが反撃の為に身を翻す。

 身体強化をして空中に浮いていたロイは、自分目掛けて大口を開けてきたキメラに、迷うことなく剣を突き立てた。キメラの前足が振りかぶる直前に、剣から再び雷を落とす。口を開けていたキメラは、そのままその口の中に雷を飲み込んだ。

 攻撃を受けたせいで、キメラは勢いよく下へと落ちていく。それを眺めながら、下にいるセドリックは地をかけてきたキメラに剣を構えた。
 柄にはめ込まれた光の魔石からの波動が強まるのを手のひらで感じ取る。それを、感じるままに剣を動かせば、セドリックの立ち位置が変わらないまま、飛び込んできたキメラは真っ二つになり地面に落ちた。

 ロイが落としたキメラが、口から異臭を伴う煙を吐きながらもロイを狙った。後ろ足で立ち上がり、前足がロイを狙って空を切る。だが、セドリックがついでと言わんばかりに剣から炎を放ち、その炎でキメラを消滅させた。

「素晴らしい」

 振り返れば、子爵が椅子から立ち上がり拍手をしていた。夫人も満足そうな微笑みを向けている。

「いい、魔石が出たよ」

 一つを拾い上げ、ロイは子爵夫妻の元に駆け寄った。見せられた魔石をみて、さらに夫人が微笑む。

「素敵、水の魔石の中に雷が閉じ込められているわ」

「これは、魔石として使うより、加工した方が価値がありそうだ」

 楽しそうな会話を聞きながら、セドリックは残り二つの魔石を拾った。1つは大きな火の魔石だったが、もうひとつは、中に金粉を閉じ込めたような火の魔石となっていた。これも宝石としての価値の方が高そうな見た目だ。

「こちらも夫人に似合いそうです」

 そう言ってセドリックが差し出すと、夫人は手を叩いてよろこんだ。

「これを私に?」

「ええ、お差し支えなければ」

 言いながら、セドリックはチラと子爵を見た。
 子爵はセドリックと目が合うと、口の端を軽く上げた。どうやら気分を害したりはしなくて済んだようだ。

「なかなか素晴らしかった」

 子爵はそう言うと、セドリックの手を取り上下に振った。おそらくこれは、夫人と握手を交わすなということなのだろう。セドリックは子爵に手を握られたまま、半歩ほどテーブルから離れた。これで夫人からはだいぶ離れられた。

「ねぇ、問題ない?」

 ロイが子爵に尋ねると、子爵は頷いた。

「ああ、大丈夫だ。砦のダンジョンへの挑戦を許可しよう。もちろん、お友だちも一緒に」

「ありがとう」

 子爵から許可が下りたのを聞いて、ロイは喜びそのまま子爵の首に抱きついた。なかなかの喜び方で、子爵に、手を握られていたセドリックは驚きのあまり逆に子爵の手を強く握ってしまった。
 おかげで、子爵とセドリックは離れられないまま、その間にロイが入り込む形となり、ロイは二人の腕にまたがっていた。

「あ、ごめん」

 冷静に見るととてもおかしな状態なのだけれど、どうにもならないので、セドリックは目配せをしてゆっくりと子爵の手を離した。両手が自由になった子爵は、そのまま自分の首に抱きついている息子であるロイを抱きしめた。

「大きくなってもすることは変わらないな」

 そんなことを言いながらも、ロイをゆっくりと下ろした。目線がずっと、セドリックに注がれていたのが物凄く気になるところだ。

「じゃあ、今日はこれで帰るね」

 ロイはそう言って、夫人に手を振ると、セドリックの手を取り転移魔法を発動させた。セドリックはロイのするように身を任せたので、到着した場所を見てしばらく考え込んだ。

「……………」

「坊っちゃま方だけのお帰りで?」

 背後からすぐに声がして、セドリックは理解した。ここはウォーエント子爵家の食堂だ。

「うん、お腹がすいちゃったから、なんかちょーだい?」

 ロイが小首を傾げて口にすると、すぐにメイドがワゴンを押してやってきた。サンドイッチと果物がすぐさまテーブルに並べられた。

「旦那様と奥様は、またダンジョンでお散歩されていらっしゃいますか」

 そんなことを言いながら、執事が丁寧な手つきでお茶をいれてくれた。

(ダンジョンで散歩とか、普通じゃないだろう)

 セドリックは、未だに馴染めないウォーエント子爵家の当たり前を目にして、黙って出されたものを口にするのだった。
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