【完結】知っていたら悪役令息なんて辞めていた

久乃り

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第70話 〇〇令嬢、登場!

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 ブロッサム領での討伐の後、特にゲームのイベントらしいことは何も起きなかった。強いていえば、秋口に王子たちのゆりかごから、子どもがでてきたことぐらいだ。ゲームのストーリーとは違ってしまったけれど、二年生からマイセルが転入してくるのはおなじになった。
 そんな話を、学年末で年末の講堂で聞かされていたものだから、ロイは退屈をしていた。セドリックの背中に隠れて若干眠っていた。

「ロイ・ウォーエント!出てきなさい」

 講堂の壇上に、学園の生徒ではない女性が現れた。さっきまで、学園長がいた場所だ。
 呼ばれたロイはだいぶびっくりしたけれど、全く見覚えのない女性だった。

「あれ、誰?」

 セドリックの背中に隠れたまま、ロイは壇上の女性を見る。一年は壇上から一番遠いところにいるせいで、目を凝らしてもよく分からない。

「縦ロール…?」

 壇上の女性を見て、ロイはゆっくりと考えた。すっかり忘れていたけれど、前世の記憶。アーシアが主人公の魔術学科サイドで見たことがある。

「ぅあ、あっあああっ」

 急に記憶を取り戻して、ロイはだいぶでかい声を出してしまった。セドリックはそんなロイを振り返って凝視する。せっかく隠していたのに、これでは自分から場所を教えてしまったことになる。

「そこねっ」

 そう叫ぶと、壇上にいた女性はふわりと宙に浮き、ゆっくりとロイの目の前に降りてきた。ふわふわでボリュームのあるスカートの中は、みっちりと白いレースのようなものが詰め込まれていた。クリノリンと呼ばれる骨組みで形が作られているタイプではなく、パニエと呼ばれる類のものでボリュームを出して、スカートの形を作っているのだろう。

 そのおかげで、女性の下着が丸見えになることはなかった。けれど、パニエは、下着の一種にカウントはされないのだろうか?はしたなくはないのだろうか?なんてことをロイは一瞬考えた。

「ロイ・ウォーエント!」

 そう言って、腰に手を当て、人差し指でロイを指さすポーズを決める。

(あ、これ、イベントのやつ)

 ロイは相変わらずセドリックの背中にしがみついたまま、どこか第三者目線でいた。
 そもそも、こんなことしちゃうご令嬢って、どうなの?という、思いが出てくる。はしたないとか、そういう日本人的な貞操観念は、やはり、ゲームの世界には適合しないようだ。

「お前!お前のせいでっ!!」

 たぶん、なんか、歯ぎしりをされている。
 腰に手を当てて、相手を指さすポージングは、昔漫画で読んだことのある「白〇麗子でござ〇ます」のイメージだ。

「ロイ・ウォーエント!お前ごとき子爵子息が、侯爵令嬢であるわたくしを、蹴落とすだなんてっ」

 キーって言う悲鳴が聞こえてきそうな感じで、目の前の女性がまくし立ててくる。
 それを眺めながら、ロイは必死でこの女性の名前を思い出していた。たぶん、アレだ。王子の婚約者だ。レイヴァーンの婚約者はマイセルだから、アレックスの方だ。

「ユースル・クガロア!」

 ようやく思い出せたので、ロイは思わず口にしてしまった。
 が、それがよろしくなかった。

「おっ、お前ごときがわたくしの名前を呼び捨てるなんてっ」

 ユースルがますます怒ってしまった。もう、キーではなくムキーって感じになってしまった。侯爵令嬢なのに、なんだか可哀想なぐらいだ。

「えと、あの、さ、落ち着きなよ」

 こんなふうになった女性を見たことがないロイは、とりあえずユースルをなだめようとした。興奮している女性なんて、推しの話をしている時の姉ぐらいしか知らない。適当に相槌をしていたら、怒られた上に余計に興奮されたことを覚えている。
 今回は、ユースルが何をしに来たのか分からないから、話を聞いてみようと思ったのだ。

「えと、俺になんの用かな?」

 こんなことを言いながらも、ロイはしっかりとセドリックの背中に隠れてはいた。セドリックの後ろから、顔だけ出している状態だ。背中を押された状態になっているセドリックは、ロイを見下ろしながらも、目の前ユースルをチラと確認する。
 家格で考えれば、セドリックは公爵家だ。ロイは子爵家だから、ユースルよりだいぶ下になる。緩和剤として、セドリックが、間にいた方が良さそうだ。

「なんの用?なんの用ですってぇ!!お前、お前がアレックス様と契りを交わしたせいでっ!わたくしはお役御免と婚約破棄を言い渡されたのよっ!!」

 なるほど、本来なら、ユースルはアレックスとの間に子どもの核を生成する予定だったというわけだ。婚約者だから、核を生成出来たら結婚に至る予定だったのかもしれない。学園にいないから、卒業しているとなると、少し年上ということになる。

「あぁ、そぉだねぇ、さっき、学園長がそんなこと言ってたねぇ……」

 ちょっと、だいぶ寝ていたけれど、その辺は聞いていた。何しろ、顔見せだからとマイセルが、赤ちゃんを抱っこしてきたものだから、テリーに無理やり壇上に頭を向けさせられたのだ。

「お前ごとき子爵子息が!アレックス様と、アレックス様と契りを交わすだなんてっ!!わたくしの方が魅力的ですのにっ!」

「先程見たと思うのだが、あの赤子はアレックス様だけではなく、レイヴァーン様ともちろんマイセル様三人のお子様だ」

 セドリックが改めて解説なんかをするものだから、ユースルがキッときつい眼差しでロイを睨みつけた。

「な、な、な、なっ、なんって、破廉恥な」

 物凄い声量でユースルが、叫んだ。
 しかも、ロイを睨みつける目付きが物凄くきつい。

「は、ハレンチ?」

 意味が分からないから、ロイは小首をかしげる。

「アレックス様だけでなく、レイヴァーン様、はてはマイセル様とまで?三人の王子様方のお相手を一度に!!?」

 ユースルは、正しくキーっとムキーって、感じでハンカチを噛み締めた。そうして何故か、力なく床にへたり込む。

「し、信じられませんわ…子爵子息が王子たちの三人ものお相手を…するだなんて……ああ、わたくしのようなか弱き侯爵令嬢には、到底無理な閨です事」

 ユースルが、とても侯爵令嬢とは思えないようなことを口にした。間違ってはいないけれど、こんなところで、そんな大声で言って欲しいことではない。

「あ~、その~、そーゆーことはぁ」

 ロイがユースルを、何とか黙らせようと口を必死で動かしてみると、不意に誰かが前にやってきた。

「ロイ」

 正体に気がついたセドリックが、ロイの口に手を当てる。

「みっともないよ、ユースル。王太子問題ならこのとおり、私たちの子どもが生まれたことにより解決した。私たち三人の魔力を注いで核を作り、マイセルの編んだゆりかごで育てて生まれてきた」

 アレックスがそう言うと、マイセルが抱いている赤ちゃんをそっと見せてきた。いつの間にかにテリーがそばに控えている。

「ロイがね、双子なのに優劣を付ける必要は無い。と言ってくれたから、私たちは共有することにしたんだ」

 アレックスはそう言って、ロイに向かってウインクをしてきた。レイヴァーンもマイセルの隣に立っている。

「私たちは双子として、生まれてきた。同時に生まれたはずなのに、第一第二と優劣付けられてしまった。それは私たちが望んだことではない。周りが勝手にしたことだ。だから、私たちは自らで選んだのだ。王冠も玉座も二人で共有する。元は一つであったのだから、分かち合うのではなく、共有することを選んだ」

 レイヴァーンがそう言って、マイセルの肩を抱くと、アレックスも同じようにマイセル肩を抱く。

「王太子になるための条件、跡継ぎ問題はクリアした。魔用紙での証明もなされている」

 ゆりかごに貼り付けたはずの魔用紙をアレックスが持っていた。魔道具の一種だから、必要な時に取り出せるらしい。ユースルが魔用紙を見つめると、少しして魔用紙が消えた。

「魔用紙で契約されなければ核はなされない。私はお前と契約を結ぶつもりは無い」

 だから婚約破棄なのだ。と、アレックスがつめたく告げる。その他にも、器役と言う、名誉を果たしたロイを罵った。とか、親子2代でとか、質の良い魔力だった。とか、ここで言わなくてもいいんじゃないの?って思うようなことを王子たちが口にした。
 確かに、ゆりかごのための蔓草集めも手伝ったけど。

「なんの努力もしない者など願い下げだ」

 キッパリとアレックスが告げると、ユースルは大粒の涙をポロポロとこぼし、もう一度ロイを、キツい目で睨んだ。

「ロイ・ウォーエント!お前のような破廉恥な男など、わたくしは認めませんわ!!覚えてらっしゃい」

 そう、捨て台詞を吐くと、ユースルは転移魔法で姿を消した。

「早く忘れて……」

 ロイは小さな声で呟いた。
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