14 / 49
第3章
三 阿倍野芽依、無職になる
しおりを挟む
一
一ヶ月後——。
曇天の空が広がっていたその日。『原稿はこちらでfixとさせていただきます』とのメールが届いたとき、芽依はハローワークにいた。
芽依はスマホをしまうと、渡されていた番号札を握りしめてため息をつく。
(私、縁起が悪すぎだよね……)
その日、芽依はハローワークにいた。
東京ファンタジーの企画が進む中、なんとか繋ぎ止めて働いていた派遣先であったコールセンターが事業閉鎖となったのだ。芽依はふたたび、現在、完全無職となっていた。
東京ファンタジーの企画を担当することになり、状況は180度変わっていくかと思いきや、ルーレットの針はまた180度回って、結局無職のコマに辿りついた。
一方で、企画は順調に進んでいいた。
あれから林田はクライアントと打ち合わせを済ませ、芽依の用意した企画書で展開することが正式に決まったことを知らされた。
スポンサーも大絶賛してくれたという話を聞き、芽依は自信を取り戻していた。
そこで、この度の企画の走りとして、ちょっとしたショートストーリーを都内各所に配布するフリーペーパーで展開しないかという打診を新たに受けたことを聞かされた。
フリーペーパーは都内各主要駅に設置されるもので、わずか10ページほどの月刊タイプであったが、宣伝効果は大きいことに間違いなかった。
芽依は物語の執筆に合わせ、フリーペーパーでの連載まで決まったのだ。
無職の自分が置かれているこの上京は何なのだろうか。
だが、今の芽依にとっては、企画で得る原稿料だけが唯一の収入源である。貯金を切りくずしながらであれば、しばらくは一人暮らしも続けられるかもしれない。
そうは思ったものの、やはり不安は拭いきれず、芽依はハローワークを訪れていた。
(こんな私が東京ファンタジーとか書いてるなんて笑える。いや、笑えない……)
林田になんて言えばよいだろうか。実は無職になっちゃいましたといっても、林田は変わらず、企画に置いてくれるだろうか。
自らの行末について考えると、どういうわけか悪い未来しか見えてこなかった。芽依は逃避する意味でも、企画の成功のために全力を尽くすことを誓う。
「番号札、202番の方、3番窓口へどうぞ」
芽依の持つ番号が呼ばれ我に返った芽依は、メガネをかけた男性が待つ3番のカウンターへと向かった。
………………………
午後十一時過ぎ——丸の内。
芽依は、夜カフェ〈金木犀〉へと向かっていた。
電車はまだ走っている時間帯であるが、駅舎は消灯しているため、駅前は、広場の外灯だけが広場を照らし、やや薄暗くある。
そのおかげもあってか、芽依の暗い面持ちもわかりにくくなっており、その暗さにありがたさを覚えた。
求職相談の結果、面接先は見つからなかった。
人手不足の企業は多いため、また別のアプローチを試せばきっとすぐに見つかりますよと、相談員より励ましの言葉を寄せられたが、その保障はどこにもない。
とりわけ、今の時代に活かせるようなスキルも資格も持ち合わせていない芽依はあらためて途方に暮れた。
正社員でなくとも、派遣でも契約社員でも構わない。とにかく、この状況が続久野だけは避けたい。
このままが続いてしまえば、アパートを引き払わなければならなくなる。そうなれば家無しだそこまで追い詰められたとしても、芽依は実家へは帰りたくなかった。
(ほんと落ち込む。どうしよう……)
横断歩道を渡り、丸の内の街中を歩きながら、芽依はこの状況を別の視点で考えてみることにした。
つまり芽依は今、翌日を気にする必要のない身になったのだ。
もっとポジティブに考えれば、好きなだけ夜カフェ〈金木犀〉に行ける——。
(嬉しいけど、やっぱり嬉しくない……)
やはり現実の重みの方が勝った。
願わくば、実家には帰らず生きていきたい。それだけだった。
芽依とすれ違う人は皆、家路へと向かう人たちであろう。
なのに自分には理由がない。
そして芽依は、夜に抗うように灯りを灯した夜カフェ〈金木犀〉を見つけると、涙が出そうなほど嬉しくなった。
孤独な夜であろうと、ここはあり続ける。
そして芽依は、店の戸を引いて中へと入ていった。
一ヶ月後——。
曇天の空が広がっていたその日。『原稿はこちらでfixとさせていただきます』とのメールが届いたとき、芽依はハローワークにいた。
芽依はスマホをしまうと、渡されていた番号札を握りしめてため息をつく。
(私、縁起が悪すぎだよね……)
その日、芽依はハローワークにいた。
東京ファンタジーの企画が進む中、なんとか繋ぎ止めて働いていた派遣先であったコールセンターが事業閉鎖となったのだ。芽依はふたたび、現在、完全無職となっていた。
東京ファンタジーの企画を担当することになり、状況は180度変わっていくかと思いきや、ルーレットの針はまた180度回って、結局無職のコマに辿りついた。
一方で、企画は順調に進んでいいた。
あれから林田はクライアントと打ち合わせを済ませ、芽依の用意した企画書で展開することが正式に決まったことを知らされた。
スポンサーも大絶賛してくれたという話を聞き、芽依は自信を取り戻していた。
そこで、この度の企画の走りとして、ちょっとしたショートストーリーを都内各所に配布するフリーペーパーで展開しないかという打診を新たに受けたことを聞かされた。
フリーペーパーは都内各主要駅に設置されるもので、わずか10ページほどの月刊タイプであったが、宣伝効果は大きいことに間違いなかった。
芽依は物語の執筆に合わせ、フリーペーパーでの連載まで決まったのだ。
無職の自分が置かれているこの上京は何なのだろうか。
だが、今の芽依にとっては、企画で得る原稿料だけが唯一の収入源である。貯金を切りくずしながらであれば、しばらくは一人暮らしも続けられるかもしれない。
そうは思ったものの、やはり不安は拭いきれず、芽依はハローワークを訪れていた。
(こんな私が東京ファンタジーとか書いてるなんて笑える。いや、笑えない……)
林田になんて言えばよいだろうか。実は無職になっちゃいましたといっても、林田は変わらず、企画に置いてくれるだろうか。
自らの行末について考えると、どういうわけか悪い未来しか見えてこなかった。芽依は逃避する意味でも、企画の成功のために全力を尽くすことを誓う。
「番号札、202番の方、3番窓口へどうぞ」
芽依の持つ番号が呼ばれ我に返った芽依は、メガネをかけた男性が待つ3番のカウンターへと向かった。
………………………
午後十一時過ぎ——丸の内。
芽依は、夜カフェ〈金木犀〉へと向かっていた。
電車はまだ走っている時間帯であるが、駅舎は消灯しているため、駅前は、広場の外灯だけが広場を照らし、やや薄暗くある。
そのおかげもあってか、芽依の暗い面持ちもわかりにくくなっており、その暗さにありがたさを覚えた。
求職相談の結果、面接先は見つからなかった。
人手不足の企業は多いため、また別のアプローチを試せばきっとすぐに見つかりますよと、相談員より励ましの言葉を寄せられたが、その保障はどこにもない。
とりわけ、今の時代に活かせるようなスキルも資格も持ち合わせていない芽依はあらためて途方に暮れた。
正社員でなくとも、派遣でも契約社員でも構わない。とにかく、この状況が続久野だけは避けたい。
このままが続いてしまえば、アパートを引き払わなければならなくなる。そうなれば家無しだそこまで追い詰められたとしても、芽依は実家へは帰りたくなかった。
(ほんと落ち込む。どうしよう……)
横断歩道を渡り、丸の内の街中を歩きながら、芽依はこの状況を別の視点で考えてみることにした。
つまり芽依は今、翌日を気にする必要のない身になったのだ。
もっとポジティブに考えれば、好きなだけ夜カフェ〈金木犀〉に行ける——。
(嬉しいけど、やっぱり嬉しくない……)
やはり現実の重みの方が勝った。
願わくば、実家には帰らず生きていきたい。それだけだった。
芽依とすれ違う人は皆、家路へと向かう人たちであろう。
なのに自分には理由がない。
そして芽依は、夜に抗うように灯りを灯した夜カフェ〈金木犀〉を見つけると、涙が出そうなほど嬉しくなった。
孤独な夜であろうと、ここはあり続ける。
そして芽依は、店の戸を引いて中へと入ていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる