夜カフェ〈金木犀〉〜京都出禁の酒呑童子は禊の最中でした〜

花綿アメ

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第3章

五 秘密はなぜ漏れた

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 五


 がくっと肘が落ちて目を覚ました芽依は、うたた寝をしていたことに気付く。
 まどろみながら窓の外へ目を向けると、わずかに見えるビルとビルの隙間から、夜空が明るく色づき始めている。
 そろそろ始発が走る頃だと思い、芽依は腕を大きく伸ばした。
 街が朝陽に包み込まれていく瞬間は見ていて気持ちがいい。そんな瞬間を味わえるのは、ここ夜カフェ・金木犀ならではだった。
 芽依はテーブルに頬杖をつき、窓の外をしばらく眺めていた。
 身の上に降りかかっている状況を忘れさせてくれる自然の光。一日の始まりはパワーがある。ここを出れば現実が始まる。けれども今日は元気だ。弱気になってばかりでなく頑張らねば。
 芽依はトレイを手にもって席を立った。すると「ありがとうございました」と、声がかけられた。芽依は「ごちそうさまでした」と小さくつぶやき店を出た。
 清々しい空気。今日は暑くなりそうな予感がした。
 芽依は駅へ向かって歩き出す。

「落ち込んでいても仕方ない。私には物語を書き上げる使命がある。今は、それだけに生きよう!」

 決意を新たにした芽依。さらなる試練が控えているとも知らず、芽依は朝の東京駅へと向かって歩き出した。

 芽依が店を出ていくと、すぐに夜カフェ〈金木犀〉は閉店した。
 看板を店内へとしまう天童は、空を見上げて夏の訪れを感じた。
 入り口扉に吊り下げているアイアン製の看板をOpenからcloseへくるりと回す。
 閉店した店内。店にはエスプレッソとロイヤルミルクティーが残っていた。
 二人の座るテーブルに置かれているのは例の冊子——東京ファンタジー。夜景をバッグに書かれた白抜きのタイトルが目を引く見るものの目を引くタイトルだった。

 東京を舞台とした大人のファンタジーがここに発動。『~終電を逃したら、あやかしのいる夜カフェに出会いました~』を特別掲載。

その街には、終電頃からひっそりとオープンする夜カフェがあった。その店の名は夜カフェ・〈カナリヤ〉。そこでは、カフェラテのようにほろ苦くも甘い雰囲気の店主が夜迷い人へ癒しのひとときを提供している。
その日、店にやってきたのはマッシュルームカットの男性。まるでロイヤルミルクティのようにやさしい髪色を持つ彼は、ラテを一口飲むと悩みを店主に打ち明けた。「僕、アイデアを盗まれてしまったんですよ。人間に」すると、店主はこう答える。「それなら、私があなたのお悩み、お引き受けいたします」
その店には、秘密があった。それは、古に犯した罪を償うために、禊を課せられたあやかしのいる夜カフェだということ。彼らは復讐を目論んでしまうのだが………。
——


 三人は、カウンターテーブルに置かれている東京ファンタジーの冊子を眺めなていた。開かれているのは、例の物語のあらすじと思われる見開きのページ。
 腕を組んで、難しい顔を見せているのは、夜カフェ〈金木犀〉の店主・天童シュウシだ。

「あからさまですね。容姿も、店のことも、それに僕らの事情まで詳細に書かれている」

 すると、足を組んで座っていた鴑羅(ぬら)が呆れた口調で言い放つ。

「天童、その喋り方やめてくれ。もう店は閉めてある。その仮面は剥がして喋ってくれ」
「はあ。……わかったよ」

 すると、さらに鴑羅の隣に座っている鞍馬天(くらまてん)は、鴑羅の言葉の意味が分からぬ様子で、店主の天童を見つめた。

「だっる。バレバレじゃん、この店」

 そう言い捨てた天童に、鞍馬は驚いて目を見開いた。

「て……天童さん?」

 天童は椅子をカウンターの中に椅子を持ってくると、どずんと腰を下ろし、ふんぞり返って足を組む。

「人間様ってのはさ、基本勝手なのよ」

 そして自分で入れたブラックコーヒーを、肩肘を付きながら、ずずずと音を立てて飲んだ。

「でもまあ安心していいよ。俺、これを書いたヤツを見つけることくらいは簡単に出来るから。そしたら必ず潰してやるよ」
「潰す? で、でも、天童さんはそんなことは出来ないんじゃ……」
「そうだぞ、天童。俺たちは禊を課せられた身。人間への手出しはご法度だ」
「そんなの、バレなきゃいいんだよ」
「ダメに決まってるだろう。お前、いつまで禊を伸ばすつもりだ」

 そう言われて、天童はため息をついた。

「ごめんごめん、今のは冗談。言葉のあやってやつ? 気持ちはそのくらいあるよって意味ね。はあ、にしても、ここ最近は落ち着いて暮らせてたのに」
「……すいません。僕のせいですよね」
「天くんのせいじゃないよ。まあそう落ち込まないで」

 天童はカウンターから腕を伸ばして、天の肩を慰めるように叩いていやった。

「ところで、このことを話したのは俺たち以外にいるのか?」
「例の調香師と、天童さんと鴑羅さん以外にはお話ししていません。通っている病院でもこんなことは話せませんので。仕事のトラブルで病んでしまったとしか言ってません」
「そっか。大変だね」
「そうなると、やはりその例の話を持ちかけてきた人間が怪しいことになるな」
「パクったやつに決まってるよ」
「まさかこんなことをする人だったなんて。……信じてたのに」
「こう言っちゃあ悪いけど、人間は人間ってだけで、俺たちあやかしと大して変わらないくらいずるいもんだよ?」
「偉そうに。お前がいうな」
「そうだなあ。とりあえず、この作家をしょっぴいて聞き出すことが先かな」

 天童はフリーペーパーを引き寄せると、記事の最後の書かれていた作家の名前に目を止めた。

「作・mei……。meiってペンネームかな。天くん、この名前に覚えはある?」
「いえ、全く」
「発行元に問い合わせればすぐわかりそうだな」
「そうだね。確か、出版業界で禊してるやつが居たから久しぶりに連絡してみるか」
「……ありがとうございます」
「どんな罠を張ろうかな。なんだか、血がうずくよ」
「天童、罠もだめだ」
「わかってるよ。鴑羅ってマジ冗談通じないよね」

 天童は頬杖をついてふてくされると、ページの最後に書かれているmeiという名前を指先で二度ほど叩きながら言った。

「meiちゃんだかmeiくんだかしらないけど、覚悟しとけよな?」
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