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第4章

五 気になる名前

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 五


 心療内科クリニックで倒れ、薬を増やして様子をみることになった芽依は東京ファタジーの新しいプロットの構想に苦戦していた。
 あれから発作も起こることなく、診察を終えて家へ帰ってきた芽依。病院を出るときに、ロイヤルミルクティー男子の姿があったかどうか、気にする余裕はなかった。
 新しい薬の効果がいいのか、気持ちがとても落ち着いて楽である。
 この状況で無理をしてはならないとわかっていたが、この気分が安定しているうちにと思い、芽依は執筆に全力を注いでいた。
 だが、何度書き直そうとも、いつの間にか書いているものが当初の物語、は夜カフェ〈カナリヤ〉になってしまうのだ。
(ああ、だめだ。他のアイデアが出てこない……)
 一度頭の中で組み立てた設計図は。簡単に消えてくれはしなかった。
 芽依は、目頭を抑えて悩み込む。
 いっそのこと、ここはきっちり謝罪して、あらためて夜カフェ・金木犀を舞台にした物語を作らせてもらう許可を得た方が近道なのではないかとさえ思えた。そうすれば、もう一度、あの金木犀ラテだって飲めるのだ。
(いやいや、それは私情にすぎない……)
 林田や松井も、夜カフェというコンセプトは否定していない。むしろ引き継いで欲しいという要望が出ているくらいだ。
(それならなおさら、夜カフェ〈金木犀〉にお願いしたほうが……)

「林田さんに相談してみようかな」

 無性に金木犀ラテが飲みたくなってきた。
 芽依はスマホを手にすると、履歴から林田の番号を探した。


 ******

 帰宅の人で溢れる午後七時過ぎの東京駅地下街。
 新作スイーツや美味しそうなテイクアウト商品に目移りしながら、芽依は駅構内を歩いて地上へと這い出てきた。
 芽依が足を向けたのは東京駅八重洲口。ここは、丸の内口側とは違った景観が広がっている。
 信号待ちの横断歩道。目の前の道路は渋滞していた。
 芽依のその日の目的は、夜カフェ〈金木犀〉へいくことだった。理由は、カフェラテ店主に、物語の許可取りをすること。
 吉と出るか凶と出るかまったくわからないが、芽依は覚悟の上だった。
(あれから林田さんからの折り返しもないし、ここは自分でやってみるしかない)
 昨夜かけた林田への電話は繋がることはなく、その後の折り返しもなかった。
 問題は保留にしていては先へは進めない。
 そのため、芽依はその日、東京駅まで出ていていた。
 金木犀の開店までまだ時間があるため、芽依は八重洲口方面を散策することにした。
 何かアイデアが転がってはいないかと、そんな期待をしながら、芽依は日本橋方面へ向かって歩いていた。
 すると、さっそく老舗デパートの建物が見えてきた。
 道路に面したショーウィンドウに、煌びやかに彩られた香水瓶が並べられていた。
 女心をくすぐる様々な形をした香水瓶に、芽依の心も否応なしに引きつけられた。
 そして立てかけてある看板にはこう書かれていた。
(パフュームコレクション?)
 
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