上 下
27 / 49
第6章

一 酒呑童子は禊の最中でした

しおりを挟む
 一


「酒呑童子?」
「そうだ。聞いたことくらいあるだろう」
「あの、日本を代表する妖怪の名前ですよね?」
「ああそうだ」

 そういわれ、カフェラテ店主はどこか誇らしげな返事をした。

「じゃあつまりこういうことですか? つまり天童さんや鴑羅さんはあやかしで、課せられた禊を償うために人間界で苦行をしいられている……と。ゆえに、私の考えた物語の設定は本当だと」
「まったくそのとおり。君は恐ろしい想像力の持ち主だ」

 エスプレッソ好青年は頭を抱えて答えた。
 カフェラテ店主。今生での名を天童シュウシと名乗るらしい。
 そして彼は古の大妖怪・酒呑童子なのだという。
 まず、この国において、数多のあやかしの類が伝承する。
 酒呑童子もそのひとり。いや、人ではないからどう数えていいのかわからないが、酒呑童子は源頼光によって退治されたことで有名な妖怪である。酒好きが興じてそのせいで罠にはめられ絶命した。その話は後世にまで言い伝えられ、その話を描写した浮世絵や物語は多数存在する、人気のあやかしである。

「時を経ても俺の名を知らないものはいない。実に誇らしいな」

芽依は、今までで一番生き生きとしたカフェラテ店主・天童の姿を目の当たりにした。

「お前は見たことがあるか。俺の首をはねたとされている刀を。童子切安綱どうじぎりやすつな。あれは実にいい太刀だった」
「はあ……」
「この俺を倒した見事な一振り。そうだろ、鴑羅」
「お前がすごいんじゃない。刀がすごいんだ」

 鴑羅はそのことを周知しているというより、聞き飽きたという様子で答えた。
 エスプレッソ好青年。彼の今生での名は鴑羅利氷と名乗る。
 東東大学出身の脳外科医というエリートである彼もまた、過去に大罪を犯した、ぬらりひょんの名で有名な大妖怪であり、天童と同じく、輪廻転生を繰り返して禊を行っているのだという。
 自らの物語で設定した話であるというのに、実際に行っていることだと聞かされると、とたんに信じがたくてならないから不思議だ。まるで何も知らないことをいいことに、化かされているように思えてならない。

「あの、ちなみに禊というのは、いったいどんなことを行っているんですか?」
「天童は禁酒だ」

(え、あからさまじゃない?)
 たしかに、酒呑童子は大酒飲みで、酒に酔ったところを源頼光によって成敗されたといわれている。

「そんなにお酒が好きなんですか……?」
「酒が好きだとかそういう話ではない。俺は酒を飲むあやかしなんだ」
「はあ」
「そして京都出禁だ」
「で、出禁!?」
「そうだ。俺は京都出禁をくらってそれは未だ解かれていない」

 天童は胸を張って誇らしげに答えた。

「俺は禊が済むまで京都に足を踏み入れることはできない。まあ、行きたいとも思わないからこれは大したことではない。そもそも、俺たちあやかしは好んであの地へ行こうとは思わない。あそこは奇怪な地だ。考えただけでぞっとする」
「じゃあ、鴑羅さんも禊を課せられてるんですか?」
「俺は、あやかしの総大将として、その治安を守れなかった責任をとるため、輪廻転生のもと禊を課せられている。俺に課せられた禊は人命を守ること。そのため、医者として、一人でも多くの人間の命を救うために身を投じている」

(なんてまともなあやかしなの)
 そして、もうひとり、カウンターの端で物静かに座っているロイヤルミルクティー男子。驚くことに、彼もまた、あやかしであった。
 鞍馬天狗くらまてんぐ。今生での名は鞍馬天くらまてん
 彼もまた、過去の過ちによる禊を受け、輪廻転生しているのだという。

「あの、こんなことお聞きして失礼かと思うんですが、鞍馬さんはどういう症状で通院されてるんですか?」
「うつなんだ。もう半年になる……」
「うつ病……」
「お前が書いたように、アイデアをパクられたことが原因でうつになったんだ」
「えっ! じゃあ、レシピを盗まれたというのは本当に?」
「うん。……そうだよ」


しおりを挟む

処理中です...