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第7章
五 あやかしと人間
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五
「あの。もしかして、田野前さんも。その——」
「聞きましたよ。あなた、我々の正体をまったくの偶然で言い当ててしまった人間なんですって? なかなかのスキルをお持ちかとお見受けします。前世では何を?」
「えっ……。そんなことわかりません!」
「そうですが。ご紹介が遅れました。私は輪廻転生の禊を課せられたあやかし、玉藻前でございます。彼、天童くんとはもう長い付き合いでございます」
そして田野前はカウンター椅子に座ると、話をはじめた。
「あのお話。私も読ませていただきました。アイデアをパクられたあやかしの彼に同情してしまい、今後の展開に非常に興味を持っております」
「えっ、読んでくださったのですか?」
「もちろん。なにせよ、我々の世界線と瓜二つのお話でしたので。そこでアベノメイさん。厚かましいかと思われるかもしれませんが、あの彼に弁護士先生をご紹介して差し上げるという展開にするのはいかがですか?」
「えっ? 弁護士先生……?」
「僭越ながら、あのお話の続きを書かれる際のご助言でございます。私、知り合いに小さな訴訟を扱う弁護士先生と繋がりがあるんです。あやかしは人間を裁く側の職業には付けませんので、弁護士探しは難航するのは必至」
「あ、あの……。あれはお話の中の展開なので、実際に紹介していただかなくても大丈夫なんですが……」
「なんと。そうなのですか? あまりにリアルに書かれていたので、てっきりノンフィクションと思って読んでおりました。確か、鞍馬天さんも同じような目に遭われていましたよねえ。天童さん?」
「鞍馬さんをご存知なのですか?」
「もちろんです。彼とはお会いしたことはありませんが、お話は天童くんから聞いております。なにせ、人間界での生き方に悩むあやかしは、彼を求めてここを訪ねてくるんですよ」
「えっ?」
それは初めて聞かされた事実であったが、芽依が物語の設定に織り込んだ『悩みを引き受けるあやかし』と同じではないかと思い、驚いた。
「天童くんはこうみえても輪廻転生回数はあやかし史上最多を誇る大あやかしですからね。なかなか断酒出来ずに堕落していった男です。それでいて京都出禁も重ねております。シャバの空気はしばらく吸えないでしょうねえ」
「だが俺は、今生でも、俺の名は知れ渡っている。実に気分がいい」
「ね? 変わっているでしょう?」
そういうと、田野前はテイクアウトカップを手に席を立った。
「それでは、アベノメイさん。もしお仕事にご興味ありましたらいつでもお声がけください。この裏にある美術館。開館時刻は午前十一時から午後七時。金曜土曜は九時まで開館しておりますので。困った時はいつでもお越しください。では、よい夜を」
今日は金曜日。午後九時で閉館しているとしても、彼、田野前はなぜいまコーヒーを買いに来たのだろうか。
(やっぱりブラック……?)
奇妙な人だと思いながら、田野前が店を出ていくのを見送っていた。
「あの、天童さん。これは参考までお聞きしたいのですが、田野前さんのお仕事は具体的にどんな事をされてるんですか?」
「美術品の保管に関することってことくらいしか知らねえな。あいつも、ああ見えて人間とはうまくやれねえし、それにあいつ偏屈だろ?」
「そう、なんですか……」
「なあお前さ。あいつの助手やってやれよ」
「そんな! そこまで話しておいてよく勧められますね!」
「俺たちのタブーを知ってる強みを生かせるいいチャンスだぞ」
「そんなこと言われても。これからどうなるか、まだはっきり決まったわけじゃないので」
「いや、もうお前は降板決定だよ」
「でも……万が一ってことがあるかもしれない……。希薄とは……思いますけど」
「そういうこと言ってたら、いつまでも見つからねえぞ? こう言う時は自分から攻めていくのが勝利の鍵だ」
まともなことを言うじゃないかと、芽依は天童を見つめてうなる。
わかっている。芽依は飛び出す勇気が足りないのだ。
いいなと思っても、何か理由を探して後回しにしてしまう。
優柔不断に近い生き方でもあった。
人生において、大きな決断をしたのは実家を出たことだった。
切羽詰まっているというのに。なぜ今はあのときのような意思を抱けないのだろうか。
そんなことを考えていると、天童が店の外を眺めてつぶやいた。
「あいつ、今日来ねえのかな」
「えっ?」
「天だよ。まあ、いろいろ心配でさ。まさかお前と通ってる病院が同じとは驚いたけど。その病院、ヤブじゃねえだろうな」
「天童さん、本当に人間を信じていないんですね」
「あの。もしかして、田野前さんも。その——」
「聞きましたよ。あなた、我々の正体をまったくの偶然で言い当ててしまった人間なんですって? なかなかのスキルをお持ちかとお見受けします。前世では何を?」
「えっ……。そんなことわかりません!」
「そうですが。ご紹介が遅れました。私は輪廻転生の禊を課せられたあやかし、玉藻前でございます。彼、天童くんとはもう長い付き合いでございます」
そして田野前はカウンター椅子に座ると、話をはじめた。
「あのお話。私も読ませていただきました。アイデアをパクられたあやかしの彼に同情してしまい、今後の展開に非常に興味を持っております」
「えっ、読んでくださったのですか?」
「もちろん。なにせよ、我々の世界線と瓜二つのお話でしたので。そこでアベノメイさん。厚かましいかと思われるかもしれませんが、あの彼に弁護士先生をご紹介して差し上げるという展開にするのはいかがですか?」
「えっ? 弁護士先生……?」
「僭越ながら、あのお話の続きを書かれる際のご助言でございます。私、知り合いに小さな訴訟を扱う弁護士先生と繋がりがあるんです。あやかしは人間を裁く側の職業には付けませんので、弁護士探しは難航するのは必至」
「あ、あの……。あれはお話の中の展開なので、実際に紹介していただかなくても大丈夫なんですが……」
「なんと。そうなのですか? あまりにリアルに書かれていたので、てっきりノンフィクションと思って読んでおりました。確か、鞍馬天さんも同じような目に遭われていましたよねえ。天童さん?」
「鞍馬さんをご存知なのですか?」
「もちろんです。彼とはお会いしたことはありませんが、お話は天童くんから聞いております。なにせ、人間界での生き方に悩むあやかしは、彼を求めてここを訪ねてくるんですよ」
「えっ?」
それは初めて聞かされた事実であったが、芽依が物語の設定に織り込んだ『悩みを引き受けるあやかし』と同じではないかと思い、驚いた。
「天童くんはこうみえても輪廻転生回数はあやかし史上最多を誇る大あやかしですからね。なかなか断酒出来ずに堕落していった男です。それでいて京都出禁も重ねております。シャバの空気はしばらく吸えないでしょうねえ」
「だが俺は、今生でも、俺の名は知れ渡っている。実に気分がいい」
「ね? 変わっているでしょう?」
そういうと、田野前はテイクアウトカップを手に席を立った。
「それでは、アベノメイさん。もしお仕事にご興味ありましたらいつでもお声がけください。この裏にある美術館。開館時刻は午前十一時から午後七時。金曜土曜は九時まで開館しておりますので。困った時はいつでもお越しください。では、よい夜を」
今日は金曜日。午後九時で閉館しているとしても、彼、田野前はなぜいまコーヒーを買いに来たのだろうか。
(やっぱりブラック……?)
奇妙な人だと思いながら、田野前が店を出ていくのを見送っていた。
「あの、天童さん。これは参考までお聞きしたいのですが、田野前さんのお仕事は具体的にどんな事をされてるんですか?」
「美術品の保管に関することってことくらいしか知らねえな。あいつも、ああ見えて人間とはうまくやれねえし、それにあいつ偏屈だろ?」
「そう、なんですか……」
「なあお前さ。あいつの助手やってやれよ」
「そんな! そこまで話しておいてよく勧められますね!」
「俺たちのタブーを知ってる強みを生かせるいいチャンスだぞ」
「そんなこと言われても。これからどうなるか、まだはっきり決まったわけじゃないので」
「いや、もうお前は降板決定だよ」
「でも……万が一ってことがあるかもしれない……。希薄とは……思いますけど」
「そういうこと言ってたら、いつまでも見つからねえぞ? こう言う時は自分から攻めていくのが勝利の鍵だ」
まともなことを言うじゃないかと、芽依は天童を見つめてうなる。
わかっている。芽依は飛び出す勇気が足りないのだ。
いいなと思っても、何か理由を探して後回しにしてしまう。
優柔不断に近い生き方でもあった。
人生において、大きな決断をしたのは実家を出たことだった。
切羽詰まっているというのに。なぜ今はあのときのような意思を抱けないのだろうか。
そんなことを考えていると、天童が店の外を眺めてつぶやいた。
「あいつ、今日来ねえのかな」
「えっ?」
「天だよ。まあ、いろいろ心配でさ。まさかお前と通ってる病院が同じとは驚いたけど。その病院、ヤブじゃねえだろうな」
「天童さん、本当に人間を信じていないんですね」
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