男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三

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退院

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景子が帰った後、病院の面会時間終了間際ぎりぎりに馨が戻ってきた。

「パジャマを買って来た。あとタオルとかスリッパとか・・とにかく色々だ。あそこのクローゼットに入れればいいか?」
「すぐ買ってきて下さったんですね、ありがとうございます。しまうのは自分でやります」

「いや無理してはだめだ。俺がやるから」
「あの・・池田さんはもうお帰りに?」

「ああ、明日また来ると言っていたな。俺はしばらく京都と東京を行ったり来たりしなければいけなくなったんだが、なるべく足を運ぶよ」

「すみません・・色々と」

「いいんだ、俺が出来る事は何でもしたいから」そう言った馨の瞳は切ない色を浮かべていた。

 当の沙耶は馨の好意は馨自身が優しい人間だからだと勘違いしていた。短い期間でも夫婦の真似事をして一緒に暮らしていたから、気を使ってくれているのだと。


____________


 
 それから週の半分は馨か涼が見舞いに来ていたが沙耶の症状は変わらず、頭痛が軽減されただけだった。
 
「もうすぐ退院できそうなんです」

 入院してから4週間ほど経った頃、嬉しそうに沙耶が涼に話しかけた。

「沙耶さん、退院した後はぜひ馨君が都内に用意したマンションに移って欲しいんですが」
「高野の家じゃなくマンションへ・・。あの・・お恥ずかしいんですけど都内のマンションではお家賃を払えるかどうか」

 涼は一瞬キョトンとした顔をした後笑いだした。「あははは、沙耶さんらしいですね。洋服を買いに行った時と同じだ。家賃はいりませんよ、払うと言っても馨君は絶対に受け取らないでしょう」

「そこで住むようになったら池田さんは遊びに来てくれますか?」
「ええ、もちろんです。馨君と一緒に行きますよ」

「でも・・契約結婚は解除ですよね? 五瀬さんがそう望んでるんですから」
「えっ、馨君が望んでるんですか? というか、契約結婚の話を聞いたんですね」

「はい。私もそうしたいと思ってました。まだ思い出したことは何も無いんですけど、私はやっぱり自分が好きになった人と一緒に居たいですし」

(池田さんを好きだった事を忘れてるのに、こう言っていいか分からないけど。それに五瀬さんも早く景子と結婚したいだろうし・・池田さんだって私と五瀬さんが顔を合わせるのは快く思わないはずよね)

「五瀬さんの家に私の私物がまだ置いてあるんですよね? それを取りに行かないといけませんね」
「ええ・・ないと不便でしょうからマンションに移しておきましょう」

(契約結婚をしていた話を聞いたのか。その時に馨君が契約の解除を申し出たって事なのか? せっかく上手く行きかけていたのに・・馨君に会って話をしなければ)

 だが京都の事案で忙しい馨はなかなか東京に帰ってこられず、東京の業務を処理する涼も手一杯だった。



 次の週に退院した沙耶は馨が用意した都内のマンションに引っ越した。

「見晴らしがいいですね! 30階って展望台みたい」窓の外を眺めて沙耶ははしゃいでいた。
「夜は東京タワーがライトアップされて綺麗ですよ」

「池田さん、お忙しいのに病院からここまで送ってくれてありがとうございました」
「これくらい平気ですよ。まだ室内が寒いですね、何か暖かい飲み物を淹れましょう」
「あ、私がやります!」

 二人同時にキッチンに向かおうとして涼と沙耶はぶつかってしまった。

「うわ、大丈夫ですか?」
「はい・・ごめんなさい・・」沙耶は恥ずかしそうに頬を染めてうつむき加減になっている。

 涼は自分の両手がしっかりと沙耶の肩を掴んでいることに気づいて慌てて手を離した。

「す、すみません。お茶は・・沙耶さんにお願いします」

(やっぱり彼女は可愛い人だ・・馨君が真剣になってしまうのもうなずける。こんな純粋な人は僕らの周りにはいないものな)

 キッチンの扉をいくつか開けてティーポットと紅茶葉を探し出し、お湯を沸かしながら沙耶は考えていた。
(池田さんは恋人らしい行動は取らない様にしているのかしら。多分、何も思い出せない私を気遣っているのね。そうだわ、私だって心の準備がまだと言うか・・困ってしまうかも)

「あらっ」
「どうかしましたか?」大理石のキッチンカウンター越しに涼が覗き込んだ。

「紅茶を飲むのは少し後になりそうです。カップがありませんでした」
「これは・・準備に抜かりがありましたね。今から買いに行きましょう」

 涼と沙耶は電車で近隣の百貨店へ赴いた。

「他に足りないものはないでしょうか?」
「多分‥大丈夫だと思います。実際に生活してみないと何が足りないか分からないものですね」

「僕も実家暮らしだから・・不備があったのかも」

「私も独り暮らしは初めてです。なのでちょっとワクワクしてます。しかもあんな素敵なお部屋に住めるなんて夢みたいです」沙耶は無邪気に笑っていた。

「喜んでいただけて良かったですよ。食器には不備がありましたけど、インテリアはいいでしょう? インタリアデザイナーと打ち合わせしたのは僕ですからね!」

「そうなんですね! さすが、デザイナーさんのご子息ですね」
「ええ、そうですよ!・・・・えっ?」

「?」
「沙耶さん、僕が『キョウコ・イケダ』の息子だって思い出したんですか?」

「あっ! どうでしょう・・私深く考えてなかったです。池田さんのお母様は有名な服飾デザイナーで・・それから・・」

 沙耶の顔からは無邪気な笑顔が消えた。その代わり思い出せない不安と軽い頭痛がその表情を曇らせた。

「無理してはだめです。さ、帰って休みましょう」

 
 
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