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10 イベント発生
しおりを挟む国王陛下がジェリコを突き飛ばしたとほぼ同時に、バルコニーから矢が放たれた。ジェリコは矢に当たらずに済んだが、矢は陛下の腕をかすめた。陛下の袖は破れ出血したようだが傷は浅かったらしく、国王は手振りで大丈夫だと広間の皆を安心させた。
近衛騎士が奥のバルコニーの扉を開いたが、時すでに遅く誰もおらず首を振る。が、その時最後尾の出口に一番近いバルコニーの扉が勢いよく開いて、黒ずくめの男が飛び出してきた。男は近くにいた人々を押し退けて出口へ向かう。将棋倒しになった人の悲鳴や、騎士達の「追え! 奴が犯人だ!」という怒声、グラスが割れる音などで広間は騒然となった。
だが今度はステージの方から悲鳴が聞こえて来た。「きゃぁ~っ、陛下」
悲鳴を上げたのは王妃だった。国王はジェリコに倒れ掛かっている。少し近づくと国王の顔が蒼白になっているのが分かった。
医者はすぐに到着した。国王陛下は床に横たえられて診察を受けているが様子がおかしい。
「矢じりに毒が塗られていた様です。解毒剤を使いましたが、その……」
「何なのです? はっきり言いなさい!」
王妃が声を荒げている。
「我が国ではまだ未知の毒物のようでして、解毒剤が思う様に効いておりません」
「で、では医務室へ運びなさい。そこになら別の解毒剤があるでしょう!」
王妃が医者に命令したが、国王と同じくらい青ざめている医者の顔には無駄だと書いてある。するとクレアがジェリコの後ろから出てきて、国王の腕に手をかざした。
「私がやってみます。許可願えますか?」
クレアの視線を受けて王妃は震えながらうなずいた。クレアは左手を国王の腕に静かに置き、右手の平を傷口に向けた。その右手の平から淡い光が放たれた。冬の日の雲間から差し込む日差しの様に、その淡い光からはぬくもりさえ感じられた。
周囲の者も、ジェリコも王妃も固唾をのんでその光景を見つめている。広間は静まりかえり、一分が一時間のように感じられた。実際は二、三分しか経過していないと思う。蒼白だった陛下の顔に血の気がさし、ゆっくりと瞼が開かれた。
「ああっ、陛下! 気が付かれましたか」
初めに声を掛けたのは医者だった。広間からは拍手がわき起こり、王妃もほっとしたのか玉座に倒れ込む様に腰掛ける。今頃になって怖くなったのか、ジェリコだけがガタガタと足を震わせ立ち尽くしていた。そうよね、国王陛下が庇ってくれなければ、あそこに倒れているのはジェリコだったんだから。
「解毒されたようです。クレア様はなんと素晴らしい神聖力をお持ちなのでしょうか!」
「私は出来る限りの事をしたまでです」
クレアが謙遜している後ろで、国王は護衛騎士を伴い医務室へ向かったようだ。王妃は広間に残りジェリコをなだめている。ジェリコは随分とショックを受けた様子ね。でも国王陛下が大変な時こそジェリコが率先して事に当たるべきなんじゃないのかしら。やっぱりジェリコは国王の器じゃないわね。
クレアをそっちのけで、王妃が今にも卒倒しそうなジェリコを広間から連れ出そうとすると、クレアがふらついて膝をついた。近くにいた近衛騎士がクレアに手を貸している。
「すみません、どこかで休ませて頂けませんか? 少し疲れが……」
ここで初めてジェリコは我に返り、傍にいた騎士達に向かって言った。「誰か、クレアを控えの間に連れて行ってくれ。私は部屋に戻らせてもらう」
王妃もジェリコもいなくなり、広間には招待客だけが取り残されてしまった。みな気まずそうに帰り支度を始めたり、なんとなくグラスの残りを飲み干したりしている。
あーあ、お客様を放って行っちゃうなんて……。でもでもでも、おかしいわ。こんなの全然ゲームのイベントとは違う。確かに聖女様は活躍したし、国王夫妻のクレアに対する好感度は爆上がりだろうけど、ジェリコが肝心なところでクレアを置いてけぼりにしてしまうなんて。そして何より、狙われるのはジェリコじゃなくて陛下だったはずなのに。
ま、私としては何もせずに妨害出来たようなものだから助かったけれど。ジェリコの態度にクレアは少し傷ついたんじゃないかしら。この隙を狙ってアロイスがクレアを気にかけてあげれば、クレアの気持ちも少しはアロイスに傾くんじゃない?
さて、身バレする前にさっさと撤退しないと。私はワゴンを片付けるふりをして広間から出た。着替えるためにキッチンの倉庫へ戻らなければならない。広間から出て長い廊下を曲がろうとした時、クレアが前方のドアから出てくるのが見えた。
咄嗟に私は身を隠した。クレアに見つかっても、クレアは私の事を黙っていてくれるだろう。でもなんとなくそうしてしまったのは、クレアが廊下で人の気配を気にしていたからかもしれない。
クレアは広間の方へ戻ろうとこちらへ向かってくる。どうしよう、このままだと鉢合わせちゃう。
と、いきなり背後の壁の大きなタペストリーが揺れて、出てきた手が私の体を引っ張った。
「あっ……んむむむっ」
声を上げようとすると口を塞がれたが、耳元で聞き慣れた声が囁いた。「俺だ、アロイスだよ」
「あおいふ!」
「しっ、声を出すな」
クレアの足音が近づいてきて、そのまま通り過ぎて行った。アロイスはこっそり確認してから手を離した。
「行ったぞ」
「はぁはぁ……く、苦しかった。アロイス! よく城に忍び込めたわね! それによくこんな場所を知ってたわね!」
天井から床まで垂れ下がっているタペストリーの裏には、ちょうど二人が身を隠せる位のスペースが空いていた。
「偶然だ。それよ……」
「ああああっ! その恰好! まさかバルコニーから出て来た怪し……むぐぐ」
「しっ! 大きな声を出すなって!」
私はまたアロイスに口を塞がれてしまった。だってアロイスの恰好は、さっきバルコニーから出て来た黒ずくめの怪しい男と同じなんだもの。でも大きな声を出したのはまずかったわね。もう静かにすると目で訴え、コクコクと2度うなずいた。
「クレアが大広間の二つ隣の控室に入って行った。様子を見に行くぞ」
私を開放したアロイスは先立ってそっと廊下を進んで行った。それにしてもアロイスは何でバルコニーなんかにいたのかしら。まさか、クレアのことでライバルを蹴落とそうとジェリコを狙ったんじゃあ……。
「おい、おい! ジーナ!」
「はっ! あっ、この部屋にクレアが居るのね。じゃあ早速入って…」
いけない、つい考え事に気を取られてしまったわ。ドアノブに手を掛けようとした時、中から話し声が聞こえて来た。アロイスは身振りでこの場に留まるように合図して来た。
「私の邪魔はしないと約束したではありませんか!」
「私どもはちょっとしたお手伝いをして差し上げたのですよ。回りくどい事をせず、さっさと事が運ぶようにとね」
「それは余計な事です。今後この様な手出しは無用に願います」
「好機があればためらわずに利用する、そうあらかじめ申し上げていませんでしたかな」
「とにかく…今は好機ではありません。それに私のやり方に従って頂く約束のはずです」
足音が聞こえる。どうやらドアに向かって来ているみたい。私も今度は素早く反応した。アロイスと共にさっきのタペストリーの場所まで全力で走り、またその裏に隠れた。
隠れたと同時にドアが開きクレアが出てきて、また私たちの前を通り過ぎて行った。
「ねぇ、これどういう事? さっき話していたのってクレアなの?」
「…分からない」
アロイスは一言言ったきり、黙ってしまった。しばらく待ったがその控室からはもう誰も出てこない。私たちはタペストリーの裏から出てまたドアの前に立った。もう話し声も何も聞こえない。アロイスがそうっとドアを開けて中を窺ったが誰もいないようで、私も中に入ってみたが、もう部屋は空だった。ドアからは誰も出てきてないのに…。
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