16 / 61
16 犯人捜しとアーロン
しおりを挟む「アロイス、ちょっと相談があるんだけど」
ハーリン先生に聞かれてはまずいので、私は手当ての終わったアロイスを更に人気の無い場所まで引っ張って行った。
「どうした?」
「アロイス、キツネになって!」
「はあっ? なんでだよ!」
「キツネも臭覚が優れてるでしょ? ロザリオの匂いを追うの」
アロイスは目を丸くしたが、すぐ真顔に戻りため息をひとつ吐いて言った。
「何を言い出すかと思ったら……俺がキツネになってお前と犯人を追うのか? 犯人を見つけた後は? 相手が大勢だったらどうするんだ、俺はすぐには人間に戻れないんだぞ」
「ええっとぉ、そこまでは考えてなかったわ…」
アロイスはヤレヤレと呆れ顔で、少し思案してからこう言った。
「全く……そうだな、ハーリン先生に付いて来て貰え。キツネの事はどこかで飼っているのを借りて来たとでも言えばいい」
「そうね! ハーリン先生なら剣術の腕も確かだし! 後はチキンね…キッチンは黒焦げだから望みは薄そう」
「それは大丈夫だ。昼のサンドイッチに入っていたから食べないでおいてある」
アロイスの荷物からサンドイッチを取り出して来て、私達はまた人影のない場所まで移動した。アロイスはチキン入りサンドイッチを食べる。すぐには何も起きない。でも二分もしないうちにアロイスの頭にポンとキツネの耳が出現した。見ると尻尾も生えている。今度は顔にひげが現れていた。
「わああ、すごい。ねえ、尻尾に触ってみてもいい?」
そう言って尻尾に視線を移した瞬間に、アロイスはもうすっかりキツネの姿に変わっていた。
「だめ」
「ねえ、ちょっとだけ」
キツネになったアロイスはひとつブルッと身震いすると、私に背を向けて言った。
「時間がないんだから、行くぞ」
「むぅ」
私は仕方なくキツネになったアロイスを抱き上げた。柴犬くらいの大きさかしら。被毛が柔らかくてとても抱き心地がいい。尻尾は相変わらずモッフモフだ。無心に背中の毛を撫でながら、私はハーリン先生の元へ急いだ。
先生は私の提案に心底驚いたようだったが、シルバーブルーに輝くキツネを見てすぐ決心した。
「幸いにしてロザリオは白檀の香木を使用して作られています。キツネならその匂いを追えるでしょう」
教会は火事の後始末やらロザリオの捜索やらでごった返している。私とハーリン先生は難なく、中に入ることが出来た。キツネを祭壇の近くにまで抱き上げてロザリオの匂いを覚えさせる。アロイスはキツネになっても話せるけど、それは秘密だから目で合図した。
「さっ、行くわよ! アロ……、ア、アーロン!」
「それはキツネの名前ですか?」
ハーリン先生が聞いてきた、なぜだか笑いを噛み殺しながら。キツネにアーロンなんておかしいのかな。
「そ、そうです。可愛い名前よねえ、アーロンちゃ~ん」
ジロッと横目で私をひと睨みすると、アロイスは地面に降り立って駆け出した。私達は教会を出た所で、聖騎士団の人と一緒にいるレニーに遭遇した。
「レニー、どこかへ行くの?」
「これから屋敷に戻るんだ。もしかしたらブリジットは具合でも悪くなって屋敷に帰っているのかもしれない」
「そうね、きっとそうだわ。私はブリジットが犯人じゃないって信じてるわ。だからその証拠を見つけてみせる」
「妹を信じてくれてありがとうジーナ。じゃあ行くよ、騎士団の人を屋敷に案内しないといけないんだ」
レニーは意気消沈している。ジェリコの事だから屋敷にブリジットが居たとしても、ロザリオを隠し持っていないか捜索する気で騎士を向かわせたに違いない。教会は独立した権力を持ってるけれど、やっぱり第二王子のジェリコに歯向かうのは避けるわよね。
レニーが行ってしまうと、アロイスはまた駆け出して、裏の礼拝堂入り口の辺りでくんくんと匂いを嗅いでいる。そしてそのまま教会裏の林に入って行った。
林の中をずっと歩き続けてどれ位経っただろう、少し休憩しようと言いかけた時それは見えてきた。
「はぁはぁ……もう疲れて足が…」
「しっ、クリコットさん。建物が見えてきました。一旦そこの茂みに隠れましょう」
大きな灌木の陰に隠れて佇むその古びた小屋には、確かに明かりが点いていた。ただの木こりの小屋かもしれないが、一応確かめないとね。
気づくとかなり薄暗くなってきている。ずっと外にいると目が慣れて気付かなかった。
「私が様子を見てきます。あなたはここに居て下さい」
ハーリン先生は忍者みたいに素早くこっそり小屋に近づいて、私の視界から消えた。ほどなくして戻ってくると、コイン位の大きさのメダリオンを私に手渡しながら言った。
「レニー君の妹らしき女子生徒が囚われています。相手は三人だけのようですが、彼女を助け出しながら三人相手にするのは少し分が悪い。クリコットさんはアーロンと一緒に応援を呼んで来て下さい」
「分かりました、でもこれは?」
「ここからだと教会に戻るより林を西へ抜けて近くの町に出た方が早い。そこの警備隊にこのメダリオンを見せればすぐ協力してくれるでしょう」
アロイスの頭を撫でながらハーリン先生は話しかけた。
「アーロンちゃん、ここから五百m程戻ってから西へ行って下さい。十分も歩かない内に町が見えてくるはずです」
『アーロンちゃん』と呼ばれたアロイスがハーリン先生を睨みつけた様に見えたけど……よほどアーロンが嫌なのね。
一度座ってしまうと、疲労が溜まった体をもう一度動かすのは容易ではなかった。でも踏ん張らなくちゃ。ブリジットが犯人だっていうジェリコの考えが間違っていて良かったけど、彼女が心配だわ。レニーの為にも早く救出しなければ。
アロイスが先導してくれて、私は真っ暗になった林を無事に抜ける事が出来た。ハーリン先生が言った通り十分も歩かないうちに町の明かりが見えてきた。町に入ったらすぐ警備隊の詰め所を探さないと、そう考えながら歩いているとアロイスが小声で訴えて来た。
「おい、あそこに人がいるぞ。警備隊詰所の場所を聞けるんじゃないか」
「そうね。あのーすみませーん」
ついさっき火の手から逃れたと思ったら、今度は林の中を夢中で進んで来たおかげで、顔は煤だらけ、衣服も汚れ、木に引っ掛けてドレスの裾を破いたり、私はひどい有様だった。その上大きなキツネを抱いて、貴重なロザリオを盗んだ盗賊がアカデミーの生徒を拉致しているから助けてくれと訴えた時、警備隊の人達は疑わしい目で私を見下ろした。
「あ、そうだ。これ、これを見せて応援を要請しなさいとハーリン先生に言われました」
「これは! うむ、分かりました。拉致されている生徒の家にも使いを出しましょう。お嬢さん、乗馬は出来ますか?」
乗馬が出来ない私はこの町の警備隊主任の馬に乗せられた。先生の元へ戻る間にメダリオンの事を聞きたかったが、疾走する馬の背で片手にアロイスを抱きかかえ、もう片手で主任に必死にしがみつくのに精いっぱいだった。
「ほのかに明かりが見えます、あそこですね」
ハーリン先生と合流した警備隊の人達は簡単な打ち合わせをして、すぐ小屋に突入した。こちらは先生を含めて五人だ、きっと簡単に制圧してしまうだろう。私はアロイスキツネと茂みに隠れて待つことになった。
遠く離れて隠れている私の場所まで小屋の中の喧騒が聞こえてくる。でも数分もしない内に決着がついたらしく、静かになった。後ろ手に縛られた盗賊三人と、保護されたブリジットがハーリン先生と共に出て来た。
「良かった、無事だったのね!」
隠れていた茂みから出ようと立ち上がった時、首にひやりと冷たい物が突き付けられた。
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。しかしその虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。
虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【この作品は、別名義で投稿していたものを加筆修正したものになります。ご了承ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について
あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる