ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三

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24 落ち着かない朝と転入生

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 ガチャン

 私の手から滑り落ちたお皿は、派手な音を立てた割には無事に洗い桶に着地した。

「ああ、もうまたやっちゃった。割れなくてほんとに良かったわ」

 朝食の支度をしている時、そして終わったそれを片付けている今。お茶のカップにスープを注ごうとしたり、コンロに火がついていないのにずっと気づかず鍋を乗せたままだったり、今みたいに食器を落としたり……。

 今朝の私は全く集中力に欠けている。

 その原因は自分でもよく分かっていた。これから私はアカデミーへ行くわけだけど……狩猟大会後、初めてレニーに会うからだ。

 気持ちはそわそわして落ち着かず、母の愚痴にも上の空で私の耳には届いていなかった。  

 私、レニーと両思いなのよね。私の勘違いなんかじゃないわよね、まさか妄想を現実だと思い込んでるわけじゃないわよね。

 レニーに会ったらまずなんて言おうかしら。

 『狩猟大会、お疲れ様でした。いい獲物が獲れた?』それとも『この間の事、本当なの?』ってすぐ確認するべき? それともそれとも……ああ、どうしよう、なんて言おう。いえ、恥ずかしくてまともに顔を見られないかもしれないわ。

「ジーナ、あなたまだ居たの? アカデミーに遅れるんじゃなくて?」

 キッチンに顔を出した母が怪訝そうに私に向かって言った。

「いけない! 行ってまいりますっ」

 うだうだと考え込んでいてすっかり遅くなってしまった。本当は早めに行って、アロイスにあのクリストファーの話をしておこうと思ったのに。


 ぎりぎり乗合馬車に間に合い、アカデミーの教室に入る。賑やかな教室でアロイスの方を見ると、みんなの話の輪には入らず、いつものようにひとり片肘を付いて窓の外を見ていた。

 レニーは、レニーは……窓際に三,四人で固まって談笑している。私を見ると笑って、手を挙げてくれた。

 ドキン、と大きく心臓が跳ね上がる。何と話しかけようか散々悩んだけど、あの男子の輪の中に入って行く勇気はない。でもレニーが輪を抜けてこちらに近付いて来た。

「おはよう、ジーナ。この間はその……房飾りをありがとう」

 照れ臭そうに頭を掻きながらレニーは耳を赤く染めた。

「あの、狩猟大会の結果はどうだった?」

「それがね、今年は去年の倍も射止めたんだ。その内、大きいクマが1頭いて……なかなかいい成績だと思う。集計はまだまだ先だけどね」

「凄いわね! きっと上位に入賞出来るわ!」
「だといいけど。これもきっとジーナの房飾りのお陰だよ」
 
 二人の周囲の温度だけ五度は上がった気がする。いつもと変わらないはずのレニーの声がやけに優しく聞こえるわ。

 微笑んで見つめ合う私たちを現実に引き戻したのは、近くに着席した女子二人の会話だった。

「今日ね、転校生が来るんですって!」
「あら、こんな時期に?」

「このクラスの担任教師と話していたんだから間違いないわ」

 へえ~、このクラスって転校生の受け入れ専門なのかしら。クレアといい、アロイスといい。

「それで転校生は女子生徒? それとも……」

「男子生徒よ! それもすっごくカッコいい人だったわ。かっこよくて、品がいいの! 緩やかなウエーブのかかった肩までのブロンドでね、背は高くて瞳は深い深い森の様な緑なの!」

「どちらの家門のご子息かしらねぇ」
「婚約者様はもういらっしゃるのかしらぁ」

 いやいや、まだ来てもいない転校生なのに、そこまで?

 そこへ担任教師が入って来た。後ろに男子を従えている。確かに背は高いわね。レニーにはかなわないけど。でもブロンドというよりは黄色っぽい茶色ね、あの髪色は。深い深い緑の瞳というのは的確……えっ!

「今日はみなさんに転入生を紹介します。クリストファー・フェダックさんです。フェダックさん、簡単な自己紹介をお願いします」

「隣国のシュタイアータから編入して来ました。ラスブルグとシュタイアータの友好関係をより深める為に、この国の事をしっかり学びたいと思っています。みなさん、仲良くしてくださいね」

 堂々としていながらも、柔らかい笑顔で挨拶が終わると、みんなは礼儀正しく拍手をする。

 私も唖然としながら、みんなにつられて無意識に手を叩いていた。すると私に気づいたクリストファーが私に向かって手を振った。

 ピタリと拍手が止んだ。多くの女子生徒が周囲を見渡し、誰に手を振ったか確認している。「え、知り合いがいるの?」「ちょっと、今誰に笑いかけたの?」「私の方を見たわ! お目に留まったのよ!」

 教室はにわかに騒然となり、教師は咳払いをしてみんなを落ち着かせた。

 一時限目の授業の後、クリストファーはあっという間に大勢の生徒に取り囲まれた。

「クリストファー様ってラスブルグではどちらに滞在されてるんですの?」
「あら、名前呼びだなんて、いくら同じクラスになったからと言って馴れ馴れし過ぎるわよ、あなた」

 クリストファーの席と私の席は近くはないが、女子生徒が興奮して放つ嬌声は甲高く、よく聞こえて来た。

「名前で呼んだくらいでどういう事?」

「シュタイアータのフェダックといえば大公家よ。シュタイアータ皇国の皇王様の弟君がフェダック大公様なの! だからフェダック様は皇位継承権第三位の高貴な方なのよ」

 へえ~クリストファーってそんな血筋の人だったの。どうりで立派な馬車に乗ってるわけね。当のクリストファーは、早速自分の個人情報をバラされた事に苦笑いしながら訂正を入れた。

「僕は次男の方なのでね、皇位継承権は第四位なんですよ」

 それでも高貴な身分に変わりない。クリストファーが何か言う度に女子達は歓声を上げる。

 そしてこの教室内に、いえ、このアカデミーの中に自分以上に注目を集める存在が居る事を良しとしない人物が一人。

 ジェリコは若干引きつった笑みを浮かべながらクリストファーに近付いた。

「どうも、わたしはジェリコ・コーディー・サーペンテインだ。我が国とシュタイアータの親睦を深める事については、わたしも大いに賛成だよ。だからまずはこの国を代表して、わたしと君がまず仲良くなるのはどうかな?」

「ああ! あなたは噂に聞く第二王子のジェリコ殿下ですね。殿下の方からお声掛け頂くとは光栄です」

 クリストファーは立ち上がってジェリコと握手を交わした。礼儀正しく持ち上げられたジェリコの顔に満足そうな笑みが広がった。

「今日のランチはわたしが食堂に案内しよう」と、ジェリコの口調は先ほどよりわずかに柔らかくなった。

「同郷のクレアも一緒がいいだろう」とクレアを誘いながら、私を見てニヤリと笑う。

 キーッ、何よ、あの『先を越してやった』という得意そうな顔は! でもまあいいわ、今日はアロイスに話したい事もあったし。でもクレアを取られたなら、レニーと二人だけのランチもいいかもしれない!

 ところが午前最後の授業が終わり、ランチに誘おうとレニーに声を掛けた時だった。

「レニー、君も一緒にランチに行こう。先日の狩猟大会の話をしようじゃないか」

 私の行く手を遮るようにジェリコが進み出て、レニーを誘ってしまった。レニーは私とジェリコの顔を見比べながらオロオロと困惑している。レニーがジェリコの誘いを断れないのが分かっているのは、ジェリコだけじゃない。私はため息をそっと飲み込んで笑顔を取り繕った。

「レニー、行って来て。私は大丈夫」

 あの鬼の首を取ったみたいな顔じゃあ、ジェリコは私が狩猟大会の日に矢筒飾りを誰に送ったか見当がついたみたいね。その上で嫌がらせしてくるなんて、ほんと嫌な奴。

 私がジェリコ一行の後ろ姿を見送っていると、クリストファーが振り返って肩をすくめて見せた。ふ~ん、クリストファーの態度からすると、ジェリコとの交流はしぶしぶって感じね。ていうか、もう二度と会うことは無いと思っていたのに、どうして!!

 でもまずはアロイスに報告しないとだわ。

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