39 / 61
39 アロイスとクリストファー、ジーナを慰める
しおりを挟むハーリン先生の聞き取りが終わり教室に戻ったが、レニーは来ていなかった。
三日後、レニーは長期で休学すると知らせがあった。本当は停学処分だが、レニーはこれまで何の問題も起こさず、むしろ模範的な生徒だったために温情で伏せられたようだった。
私はお昼休みの時間にブリジットを訪ねた。さすがのブリジットもかなり落ち込んで元気がなかったが、私とお昼に行きたいと言ってくれた。
「レニーはどんな様子?」
「それが、自分は悪くないと言って怒ってるんです。『奴が人の物にちょっかいを掛けるのが悪い』と。あんなお兄様は初めて見ました、まるで別人のようで……」
レニーはブルックスに謝罪に行くことも拒否しているという。
「このままだと今学期いっぱい停学で、留年になるとお父様が言っていました。聖騎士になるのも難しいだろうって」
聖騎士は転生前の世界ではエリートコースの警察官と言ったところだろうか。一度の暴力沙汰でエリートコースから外されるかどうかは知らないけれど、こちらの世界ではそれ位の清廉潔白さが求められる。
「私の、私のせいでレニーの夢への道が潰えるなんて……」
「ジーナさん、あなたに責任はありません。アカデミー側はきちんと調査してましたわ。あなたとブルックス令息は当番でペアになったけれど、ただそれだけ。あなたが色目を使ってブルックス令息がそれになびいたという様な事もなかったと」
「い、色目!」
私の驚きにブリジットは力なく笑った。
「ジーナさんが絡んでいるのかもしれないけれど、今回の事はお兄様の誤解です。ブルックス令息には大切にしている婚約者がいるらしいし」
そうだ、ブルックスには幼馴染の婚約者がいると聞いた事がある。ブリジットは大きなため息をついて言った。
「それなのに、お兄様は信じようとしないんです。誤解なんかじゃない、自分に非はないとそればかりで。とうとうお父様は反省するまで部屋から出るなと、謹慎を命じましたの」
ブリジットはランチの終わりにもう一度、私のせいではないと念を押して行った。
それでも私の気持ちのモヤモヤは晴れなかった。きっとクリストファーとの事があってレニーは私の交友関係に敏感になっていたんだわ。私がきちんとクリストファーを撥ね退けていたら。いえ、そもそも私がレニーにアプローチしていなければこんな事にはならなかったんじゃ……。
「おい、大丈夫か? それ」
放課後、ふらふらと歩いていた私に声を掛けて来たのはアロイスだ。隣にはクリストファーもいる。最近はよく一緒にいるみたい、いつの間に二人は仲良くなったのかしら。
「え、何かあった?」
アロイスもクリストファーも私の首から下を見ている。釣られて私も視線を落とす……なんと私はバートレットベーカリーのエプロンをしてアカデミーの廊下を歩いていたのだ!
「あれ、いつの間に……えっ、どうして??」
オロオロしているとクリストファーが後ろに回ってエプロンのリボンをほどいてくれた。急いでエプロンを外し、カバンの中に突っ込む。
「レニーの事が心配なんだろう、話を聞くぞ」
アロイスとクリストファーはカフェに私を誘ってくれた。今日はバイトもなかったし、二人と話すのも本当に久しぶりだった。
「ランディス君は病気か何かですか?」
熱々のお茶とコーヒーが運ばれてきた。クリストファーはコーヒーを一口飲んでから、私が当然知っているものとして質問をしてきた。
レニーは病気ではない。でももしかしたら一種の病気なんじゃないだろうか? そうでなければ温厚なレニーがあんな風に変わってしまうなんて考えられない。
「そうね! そうだわ、レニーはきっと病気なのよ!」
「お前、知らされてないのか? レニーの休学の理由を」
「えっ、アロイスは知ってるの? どうして?」
アロイスは一瞬『しまった』という顔をした。すぐ真顔に戻ったけれど、私は見逃さなかったわ!
クリストファーもアロイスの返事を待って、じっとアロイスの顔を見ている。
「たまたま……聞こえて来たんだ」
どういう状況で聞いたのかは分からないけど、もう知っているなら相談してもいいだろうか。何より、きっとアロイスなら親身になって聞いてくれるはず。でもどうしよう、クリストファーにまで知られるのはちょっと。
「僕が理由を知るのがまずいようでしたら、席を外しましょう。三十分ほどしたらまた戻りますね」
私の視線に気づいて、クリストファーは別に気を悪くする様子もなく店の外に出て行った。
「レニーはまさかお前にまで暴力をふるったりしてないだろうな?」
「まさか! そんなことは無いわ」
「ならいいが。でも焼きもちにしちゃ度が過ぎてないか?」
「レニーの誤解なの! ブルックスとは当番で一緒になっただけで、向こうも私に何かしたわけじゃないし」
「いや分かってるよ」
アロイスはムキになっている私を制するように手を挙げた。
「落ち着けって。レニーは勝手に誤解して、ジーナの知らない所でブルックスに暴行を働いたんだろ? 俺はいつかその誤解がお前に向くんじゃないかって心配してるんだ」
そんな事は考えてもみなかった。でもレニーは私を他の人から徹底的に遠ざけようとしている。二人だけのランチがそうだし、この間はデイビットが私に話しかけただけで一気に機嫌が悪くなった。私を名前呼びしたブルックスは暴行されて……。
ここ最近のレニーの様子を私は正直にアロイスに打ち明けた。
「ジーナ、酷な事をいう様だが、レニーのその態度、それは愛情じゃなくて執着じゃないのか」
「……っ」
私は気づかない振りをしていただけなのかもしれない。どこかで、アロイスの言う様にレニーのそれは私への愛情じゃないと、分かっていたのだと思う。人に指摘されても反論が浮かばない。それは何より自分自身がよく分かっていたからなんだわ。
そうだ、レニーは私の事なんか少しも好きじゃなかったんだ。ブリジットを助けた私に好感を抱いただけ、きっとその程度だったんだ。
なぜだろう、すごくショックな事実に気づいたのに衝撃が大きくない。今ここで泣き出してしまったっておかしくないのに、涙はおろか、事実が見えた事にすっきりさえしている自分がいる。
私が黙りこくったのでアロイスが狼狽えた。
「い、いやちょっと言い過ぎたかもしれない。好きだからこそ執着するんだろうし」
「ふふっ、アロイスったら慌てちゃって。大丈夫、私も薄々……」
そこへクリストファーが戻って来た。
「すみません、まだ時間じゃないんですがアロイス君に話しておきたい事案があって」
アロイスは席を立ってクリストファーと隅の方で話をしにいった。
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。しかしその虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。
虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【この作品は、別名義で投稿していたものを加筆修正したものになります。ご了承ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について
あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる