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55 主人公2
しおりを挟む朝が来ても昨夜の本のセリフが頭にこびり付いて離れない。
私は横になったまま、ベッド脇の引き出しからハンカチを取り出した。アロイスが痛めた手首に巻いてくれたハンカチ。返しそびれて、しまいこんであったのだ。
アロイスに会いたい。多分、私には何もできない。それでも会いたい。アロイスの声が聞きたい。クリストファーに手紙を出して、王宮に入れるようにお願いしてみよう。
ところが今日は朝から予想外の来客があった。
応接間とは名ばかりでソファとテーブル、窓際の小テーブルに安物の花瓶に入った庭で咲いていた花があるだけの空間に、ランディス子爵夫妻とブリジットが立っていた。
私はトレーの上の茶器をテーブルに並べ、ソファを彼らに勧める。
「朝から大勢でお邪魔してごめんなさいね」
口火を切ったのはランディス子爵夫人だ。それを合図にブリジットが手土産のお菓子だと、立派な包みを手渡してきた。
私の正面に座ったランディス子爵はまず深々と私に頭を下げた。
「この度は息子が大変なご迷惑をお掛けしました事をお詫び申し上げます」
ランディス子爵とは初対面だ。がっしりした大柄な体格にマロンクリーム色の髪もレニーとそっくりだ。今は軍を退いているらしいが、軍人らしい物腰は健在だ。
「いえ、もう済んだことですし……それより裁判はどうなったのでしょうか?」
「これは当事者のみの秘匿事項で、クリコット令嬢も当事者である事から話すことを許可されております」
まるで上官に報告をするような口調でランディス子爵は語り出した。
「まず裁判が開始される前に、王宮で会議が開かれました。国王陛下と、フェダック大公家のご子息、ラスブルグのコリウス教総本山の司教様と王室近衛兵団の隊長殿、最高裁判官のテスク侯爵閣下の五人でです」
「お兄様が貴族とはいえ、これは前代未聞の事なんです。でもフェダック様が陛下に献言下さって実現したんですわ」
ブリジットが付け加える。
「そこでマホーニー司教様が、レニーはまじないを掛けられて洗脳されていたと証言下さいました」
「まじないを掛けた者は捕えられ、尋問中に白状したと証言してくれたらしいんですの」
ブリジットはランディス子爵の通訳みたいに補足、解説してくれる。
マホーニー司教は呪術を研究していて本も書いているらしい。だから密告があって捕えられたその者の尋問に立ち会ったそうだ。そして二,三日前から反抗的だった態度が嘘の様に消えたレニーは、ここ数か月の出来事をはっきり覚えていないという。日々の記憶が部分的にしかないらしいのだ。
ランディス子爵には誰が『まじないを掛けた』か、『なぜそんな事をしたか』という点は国家機密に関わる為に教えられないと言われたそうだ。その代わり、レニーはランディス家の領地である北方の小さな町へ、向こう十年の追放と、罰金刑という軽い処分が下された。
「多分、王室転覆を企む輩にお兄様は利用されたんですわ。黒幕は貴族かもしれませんわね。だからかん口令が敷かれたんじゃないかと思ってますの。まぁ予想ですし、ここだけの話ですけれど」
「レニーは処分を受け、もうすぐ首都を出ます。ジーナさんには本当に申し訳なかったと、出来る事ならいつか会って謝罪したいと申しておりました」
ランディス子爵夫人もレニーに付いて行くのだろうか、そんな私の考えを見透かしたように夫人は言った。
「私も北方の領地へ一緒に行くつもりですわ。あの子の更生を見守りたいと思います」
ランディス子爵は帰る前に慰謝料として相当額のお金を置いて行った。これは私にはとてもありがたかった。ルドルフに美味しい物を食べさせてあげられる。
玄関まで見送り、ドアを閉めようとするとブリジットが駆け戻って来た。
「ジーナさん、あの、私とはお友達でいて下さるかしら? 厚かましいかもしれないけれど……」
私は皆まで言わせずブリジットの手を両手で握りしめた。
「もちろんよ! またアカデミーで会いましょう」
ランディス一家が帰った後、入れ替わりにクリストファーが来訪した。
「ちょうど良かったわ、連絡しようと思っていたの」
「じゃあアロイスに会いに行くことに決めたんだね?」
「ええ、最短でいつ行けるかしら?」
「今からでも。王室には了解を得ているから」
王宮へ向かう馬車の中で、ランディス一家の訪問をクリストファーに報告した。クリストファーは表向きの話とは違う事実を教えてくれた。
ブリジットは最終的にレニーが立て籠もった礼拝堂には来なかった。だからあそこで起きた事を知らないのだ。アロイスがキツネに変えられたことももちろん知らない。表向きにはレニーを扇動した賊が大立ち回りをしてケガ人が出た。その中にアロイスがいる、と聞かされているだけだ。
ランディス家もレニーを利用した黒幕がいて、そいつらが王宮で騒動を起こしたと解釈してくれたので助かった。その黒幕がクレアだと知っているのは、本当にごく少数なのだ。
「じゃあクリストファーしかいないと思っていたクレアは、誘導尋問にひっかかったってわけね」
「誘導尋問……上手い言い回しだね。そう、マホーニー司教に証言をお願いしたのは、彼が教会側の人間だから。教会側は聖女が黒幕だったなんて、本当は認めたくない筈だろう? だからこそ彼の証言は本当だと受け入れられると踏んだんだ」
「マホーニー司教は人徳者として有名だものね」
王宮の離宮には初めて足を踏み入れる。王宮とは大きな灌木の林に隔たれているが、泉のある庭園はそれなりに整えられ離宮も美しい造りだ。
でも人気が無い。王宮には大勢の人が行き来しているのに、ここはひっそりと静まり返っている。と、正面の扉が開き、キツネを抱いたハーリン先生が現れた。
「アロイス!」
私の呼びかけに反応して、アロイスキツネはハーリン先生の腕から飛び降りた。私に駆け寄り、くるくると周囲を走り回る。
「良かった、元気そうね!」
時折ジャンプも混ぜながら駆け回る姿は、私に会えてうれしいのだと教えてくれる。犬と猫の中間の様なキツネの声も初めて聴いた。
あれ、何か違和感がある。
「アロイス、少しだけ我慢していてね。私がきっと人間に戻る方法を探して来るから」
しゃがんでアロイスキツネの頭を撫でる。キツネはまた甲高い鳴き声を発した。
違和感の正体が私の心臓を貫いた。アロイスは喋れないのだ。さっと顔を上げ、ハーリン先生を見たが、彼は無言で首を振る。
鼓動が早くなる。キツネを抱き抱え立ち上がったが、足の震えを堪えるのがやっとで前に踏み出せない。
「彼はもう話せないんだ、ジーナ」
いつの間にか隣に立っていたクリストファーが残念そうに私を見る。
「う、嘘……」
「でもあなたの事は認識しているようで安心しました」
ハーリン先生もキツネの頭を撫でながら言う。でもその顔は少しも嬉しそうではない。
「中に入ってお茶にしましょう、ランディス君の話も聞かせてください」
お茶をしながら何を話したのか、私は少しも覚えていない。帰りの馬車の中で、どうしてハーリン先生があそこに居たんだろうと漠然と考えいたが、家に着いた途端それもどうでもよくなってしまった。
「あら、ジーナ。帰って来たのなら夕食の支度にかかってちょうだい」
お母様は動揺している私の様子など、気にも留めずに催促してくる。返事どころか視線すら向けずに、私は自室へ直行した。
「ジーナ、ちょっと、返事なさい! ジーナ!」
引き出しが幾つか付いた、ベッド脇の小さな家具。それを机代わりにしてノートを置いた。アロイスから聞いた呪いに関する事、前世でのゲームの知識。残念キャラだったアロイスについて、覚えている事を全て書き殴った。
「あとは? もっと何かあるはず、たったこれだけなはずがないわ。忘れてるだけ、思い出すのよ、私!」
忘れている訳ではなかった。ゲーム内でのアロイスについての情報はほぼ無いに等しく、この世界でのアロイスについて、私が知っている事もほんのわずかだった。
私はレニーの背中を追いかけながら、自分でも気づかない内にアロイスに恋していた。けれどその実、アロイスの事をほとんど知らなかったのだ。
私はアロイスを助けられない。
ぽたぽたと落ちる涙がノートに染みを作っていくのを、私は唇を噛みしめ、嗚咽をこらえながら見下ろした。
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