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27エミリア、イライザをなだめる
しおりを挟む私が思った以上にイライザは機嫌を損ねていた。
アレクとのお付き合いはお母様の目をくらませるカモフラージュであって、アレクには申し訳ないが私にアレクに対する恋愛感情はない。
私はその秘密をこっそりイライザに打ち明けることにした。アカデミー内では誰かに聞かれるリスクがある。そう思った私は週末に、人気のあるカフェでお茶をしようとイライザを誘った。
「休日にお誘い頂くなんてほんとに嬉しいですわ。しかも私とエミリア様の二人きりなんて!」
ルーカスもアレクもいない二人だけのお出かけとあって、既にイライザは上機嫌だ。私はあえてアレクの話を持ち出す必要はないかもしれないと思いかけていた。
「エミリア様はモーガン先輩のどこをお好きになられたのですか?」
カフェの入り口から離れた窓側の席に着いた途端、イライザは単刀直入に私に尋ねた。
「ま、まずは注文をしましょうか。ここはショートブレッドの種類が沢山あることで有名らしいわ」
注文した品がテーブルに並べられると、待ちきれない様子でイライザは再度同じ質問をした。
「あのねイライザ、この話は秘密にして欲しいの。私とあなただけの秘密よ」
二人だけの秘密! イライザは身を乗り出し、ダイヤモンドの様に目を輝かせて秘密は絶対に守ります! と誓った。
私はお母様に婚約者をあてがわれそうな事、その回避策としてアレクの好意を利用する形になっている事を話した。
「アレクに好感は持ってるわ、でもそれは友人としての気持ちなの。イライザもアレクはいい人だと思うでしょう? それと同じなの」
「いえ。私にとってモーガン先輩はエミリア様との時間を割く邪魔者でしかありませんから。でもそれ以外はいい人かもしれませんね」
イライザはあっけらかんと言った。その時、私達の席を横切る令嬢が軽く会釈してきた。あれは先日イライザに難癖をつけて来たセドゥ家のジュリアね。こちらも軽く視線を交わして会釈する。今の話を聞かれたかしら? でもクラスの違う彼女からアレクの耳に入るとは思えないから、きっと平気ね。
そのアレクも私に自分の気持ちを押し付けるような事はしなかった。たまに音楽会や観劇に同行したが、それ以上に進展する事もなく、また後退する事もなかった。
アレクは卒業式の時にまた会えるか私に尋ねた。
「会おうと思えばいつでも会えるわ」
「それはお試し期間が終わって、君の中で結果が出たという事?」
「ええ、そうね。私達は友達のままがいいと思うわ」
モーガンは私の答えを予想していたかのように寂しげな微笑を返して言った。
「じゃあ友達としてまた会おう、いつか」
「卒業おめでとう、アレクサンドル・モーガン」
そう言った私の手に口づけを落として、モーガンはアカデミーを卒業した。
____________________
「あの‥私少し不穏な考えがよぎったのですけど」
スーザンが落ち着かない様子でティーカップを持ち上げたり、ソーサーに戻したりを繰り返している。
「何かしら、アレクの事?」
「いえ‥モーガン卿とお付き合いされているように振る舞ったのは、エミリア様のお母様の目を欺く為にですわね?」
「そうね。二人の間ではお試し、表向きには交際を否定も肯定もしなかったわ。お母様には付き合っていると言ったけれど」
「まさか、今回婚約されたのも同じ理由なのではないですか? ご結婚はしないといつも私におっしゃってましたよね?」
スーザンが不安に思うのも無理はない。スーザンは妙に鋭い所がある人だし、確かに最近まで私は結婚に興味はないとスーザンに話していた。この昔話の中でも同じことを言ったわ。
「この婚約も偽装ではないかと思ったのね‥‥それは続きを聞いて貰えたら真偽が分かると思うわ」
_________________
モーガンが卒業して私は10年生になった。
そしてこの年、イライザは念願かなって私と同室になった。イライザが私と同室になるとルーカスも私の部屋に遊びに来るようになった。
男子寮、女子寮とも行き来できるのは夜の7時までと決まりはあるが、兄妹で在席している生徒もいるので立ち入り禁止にはなっていない。
今日も夕食が終わった後そのままルーカスは部屋に遊びに来た。
「あら、いつものメンバーね。いらっしゃい」ずっと同室のベティ・ロズウェルが出迎えた。
「ロズウェルさん、こんばんわ。今日は母が送ってくれたクッキーを持ってきました」
ルーカスが持って来たクッキーを囲みながら、課題に出された魔獣の種類についての話になった時だった。
「あっ、そういえば私、またひとつショックだった事がありますの!」
イライザはそう言って、キッとルーカスを睨み付けた。
「な、なんですか? 僕なにかしましたか?」
「ルーカスのお父様はゴールドスタイン公爵家の騎士団長だそうじゃないですか!」
「ええ、そうね。私が生まれる前からルーカスのお父様は騎士団にいらっしゃるわ」
「私・・私は2年もエミリア様のお傍におりますのに、この間初めてその事を知ったのですわ! ルーカスもエミリア様も全然教えて下さらないんですもの!」
ああ、またイライザの困った性格が‥と思ったがベティが上手くあしらってくれた。いっぺんに知るよりも少しずつ発見があった方が楽しみが長く続くと。
割と単純なイライザはすぐ納得した。「そういう考え方もあるのですね。勉強になりましたわ!」
「という事は、ルーカス君はアカデミーを卒業したらお父様と同じ道を行かれるのかしら?」
「はいミス・ロズウェル、そのつもりで騎士科を専攻科目にしております」
これを聞いた途端、イライザはいきり立った。
「まあっ! じゃあルーカスは卒業してからもずっとエミリア様の傍にいられるって事?! そんなのずるいわ、私も公爵家の騎士団に入団します!」
「イライザ‥あなたは家政科を専攻科目にしてるんでしょう? それに今から騎士団を目指すって無謀ではなくて?」
「なぜです? 公爵家の騎士団は男性しか入れないのですか?」
「そんな事はないわ。女性でも大丈夫よ」
そうは言ったが、今まで女性が公爵家の騎士団に入団したことは無い。
ゴールドスタイン家の騎士団はかなり規模が大きい。それは王室から要請があった時に、連合を組んで有事にあたるという取り決めの元で許可されているからだ。大きな騎士団を有してもいいけど、何かあったら協力してもらうよという事だ。
それ故に入団審査はかなり厳しい。王室近衛隊に並ぶほど審査基準が高いのだ。
「もしかしたらルーカスが審査に落ちて、私の方が受かるかもしれませんわよ!」
イライザのこの自信はどこから湧いてくるのだろう?
「僕は騎士科では学年トップです!」
珍しくルーカスがイライザと張り合っている。父親が騎士団の団長だからといって審査に加味されることはない。でも騎士科での成績がそれほど優秀なら入団できる可能性は高い。
イライザは小柄な少女で伯爵令嬢だ。剣に触れた事すら無いだろう。彼女が騎士団に入団するのは相当厳しいのではないかと私は思った。
そう思っていた。
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