初恋~ちびっこ公爵令嬢エミリアの場合

山口三

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28エミリア、再会する

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 私は、私がアカデミーを卒業した後のイライザの動向を知らなかったし、あまり気にしてもいなかった。アカデミーを卒業した後は、大量に舞い込む舞踏会やお茶会などの招待はほとんど断って社交界には顔を出さなかったせいもある。

 だから今日この日までイライザに会う事はなかったのだ。8年後の今日、騎士団の入団式の場で。


 私は3年ほど前から毎年騎士団の入団式には顔を出すようにしている。今年もお父様とお母様の隣に座って、入団式のセレモニーに参加していた。

「今年はロスラミン団長のご子息が入団されるそうよ。エミリアは仲がいいんでしょう?」
「アカデミーでは‥そうでした。卒業してからは会ってませんわ」

「まあ、8年も会ってなかったの? 薄情な先輩だこと」

 親子の情すら薄いお母様に言われたくないが、私は笑って流した。

「子息の名前はルーカスだったか‥。それと今年は我が騎士団始まって以来初の女性の騎士が誕生するぞ」

 お父様のこの発言を聞いた時も、私はイライザの事を思い浮かべすらしなかった。

 今年の新たな入団員は5名。優秀な成績順に名前が呼ばれ、ルーカスは1番だった。その時のロスラミン団長の誇らしげな表情と言ったら!

 私の座っている席からは遠くて顔は良く見えなかったが、背がとても伸びたようでお父様のロスラミン団長と同じ位になっている。

 そして初の女性騎士は4番目に名前が呼ばれた。「イライザ・コークス、前へ出なさい」

 えっ、イライザ・コークスですって?! まさか本当にイライザは公爵家の騎士団に入団したの?


 任命式が終わると副団長のアーノルドが新入りを連れだって私達に挨拶をしに来た。

「公爵様、こちらが今年新しく入団した5名です」

 それぞれが公爵家への忠誠を誓い、きびきびと挨拶した。

 次はイライザは自分の番だ。赤毛に縦ロールの小柄な少女はすっかり大人になり、髪も短めのボブスタイルになっていた。言われなければ彼女だと気づかなかっただろう。イライザも当然ながら公爵家への忠誠を誓い、その後私の顔を真っすぐに見て言った。

「エミリア様、お久しぶりでございます。アカデミーでのお約束通り、私は騎士になりました! 1日も早くエミリア様専属の騎士になれるよう、精進致します!」

 挨拶を終えたイライザが1歩下がると、黒髪の青年が前に出た。

 黒い髪は太陽の光に当たる部分が青く輝いている。穏やかな表情に合う淡い緑の瞳は優しい光を湛えていた。
 ルーカスもイライザと同じく立派な青年に成長していた。遠くから見た様に父親と同じ位まで背が伸び、バランスよく付いた筋肉が精悍さをより高めていた。

 私は8年と言う歳月がどれほどの長さかを思い知ったような気がした。

 でもルーカスは型通りの挨拶をしただけで私には何も言わなかった。アーノルドが新人を連れて下がった後、両親には後輩たちと話をしてくると断って、私はすぐにルーカス達を追いかけた。普段の自分からは想像できない行動だった。なぜだろう、ルーカスの挨拶の中で私の事は言及されなかったから? 当然イライザと同じ様に、私との再会を喜んでくれるはずだと思い込んでいたから?

「イライザ、ルーカス!」

 私が声を掛けるとイライザは喜んで私の両手を握った。

「エミリア様、お会いしたかったですわ! でも騎士になるまでは、とずっと我慢していたんですの!」
「そうだったのね・・ルーカスもまるで別人の様に、大人になったわね」

「エミリア様はお変わりありませんでしたか? 8年もご無沙汰してしまい申し訳ありませんでした」

 やっぱりルーカスの態度はよそよそしい。私の思い過ごしだろうか、8年の歳月を経て、ルーカスがただ単に大人になっただけかもしれないのに。

「それは私も同じだから‥えっと、これから二人は騎士団の宿舎で生活するのかしら?」

 新入団員は1年間は宿舎での暮らしが義務付けられている。

「僕はそうです」
「私は準備が整うまで家から通う事になってます」

 イライザは初の女性騎士だった為、宿舎に女性用の設備が整っていなかったのだ。そんな雑談を交わしているとカーティス副団長が私達を見つけ、会話に混じった。

「ルーカス君がエミリア様の後輩という事は知っていたけど、まさかコークスまでそうだったとは!」
「カーティス副団長、どうぞ僕の事もルーカスと呼び捨てて下さい。僕はあなたの部下になったのですから」

「ははは、そうだね。私の中ではまだお父上と共に騎士団を見学に来られた小さなルーカスが頭から離れなくてね」

 快活に笑いながらもカーティス副団長の視線は私に注がれている。

「エミリア様、お暑くないですか? そろそろ新人歓迎会の準備が整う頃でしょう。中で涼まれてはいかがでしょう?」

 ルーカスの形式ばった態度はカーティスにも同じだ。よそよそしいと感じたのは私の思い過ごしだったのかもしれない。

 二人にはまた歓迎会で会おうと告げて、私はカーティス副団長のエスコートに従って屋敷へ戻る。去り際に二人の会話が耳に入ってきた。

「ねえルーカス、まさかエミリア様はカーティス副団長と何かあるんじゃないでしょうね?!」
「何かって‥僕は知らないよ」

「だって二人の雰囲気は何ていうか‥それに副団長はずっとエミリア様を見つめていたわ。あれは主人に向ける視線じゃないわよ!」

「僕は知らないってば、イライザだってエミリア様が幸せなら文句はないだろう?」
「文句を言いたいんじゃないわ。ルーカスだって動揺した顔をしてるわよ!」

「僕はエミリア様がお幸せになることだけが望みだよ・・」




 それから少しして屋敷内で新人歓迎会が行われた。いつもは30分もしない内に早々と引き上げるのだが、今回はイライザとルーカスがいる。飲み物を片手に3人で談笑していると、若い執事が私に来客を告げた。

「銀行の副支配人様がお出ででございます。お名前はアレクサンドル・モーガン様と承っております」

「ええっ、モーガンですって」

 私とルーカス、イライザの3人はお互い顔を見合わせた!


 応接間の扉を開くとモーガンがソファから立ち上がった。10年近い歳月が流れている割にモーガンはあまり外見に大きな変化はなかった。

「久しぶりだね、僕の事覚えてる?」

 今日は一体何度『久しぶり』という日だろう。

「もちろんよ、お久しぶりね。モーガン卿」
「できればまたアレクと呼んで欲しいけど・・今日はビジネスで来たんだ」

 アレクの卒業後の動向はすべてお母様からの情報で知っていた。お母様はアレクが卒業した後も私とまだ付き合いがあると、しばらく誤解したままでいたのだ。

 優秀なアレクは国内一の大銀行に入り、最年少で今の地位についた。確か去年の暮れに婚約を発表したと記憶している。

「今日は騎士団の入団式だったんだね、忙しい所を申し訳ない」
「いえ、私は特に何かをする訳ではないから。それよりルーカスとイライザまで騎士団に入団したのよ」

 アレクもイライザの入団には驚いていた。少しばかりの昔話の後、私の書斎に場所を移して私達はビジネスの話に移った。

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