29 / 45
29エミリア、城下町のお祭りを見に行く
しおりを挟む私がアカデミーを卒業して公爵家に戻ってからしばらくは、お母様も私の結婚相手探しを中断していた。それはアレクと私が付き合っていると勘違いしたままだったからだが、アレクと私の付き合いが終わったと知るや、カーティスを再び推しまくってきた。
何年もの攻防の末、カーティスと私を結婚させるのは諦めたようだが、未だに『まだ間に合うわ、20代と30代では子供を産む大変さが天と地の様に違うと言うもの。今ならまだ間に合うのよ』と言い続けている。
パーティーやお茶会などの社交活動をほとんどしない私に対して、最近はビジネスにかこつけて私が年頃の男性と接触するように、お母様は仕向けて来た。商用で夜会に呼ばれていくと必ず独身の男性がいて私のエスコート役を買って出たり、領地の査察に出掛けても関係のない家の子息が現地の案内のおまけに付いてきたりしていた。
ルーカスとイライザが公爵家騎士団に入団したその後だが、ルーカスは私付きの護衛騎士に抜擢された。団長の令息だからだとか、私とアカデミーで親しかったからだとか、周囲に色々取り沙汰されたとイライザが教えてくれた。だが決め手は剣の腕だというのが事実らしい。
新入り騎士は入団後すぐに先輩騎士と一本勝負の立ち合いをするのが恒例だが、ルーカスは20人とやって全勝したらしいのだ。
「ルーカスが強いのは知ってましたけど、あそこまでとは思いませんでした。本来は5人と勝負で、私は2勝3敗です。先輩たちは5人全員が負けてしまったので、見物していた騎士が次々とルーカスに挑んでいったんです」
イライザは当日の様子と、2勝しかできなかった事を悔しそうに語ったが、何よりも残念に思うのは私の護衛騎士に選ばれなかった事だと言った。
「ルーカスが文句なしに強いので、ルーカスが選ばれるのは当然かもしれません。でも実戦経験が少ないルーカスと組ませるのはベテランでなくてはいけないだなんて・・」
しょげているイライザを元気づけたくて、私は今日の護衛にイライザを加えて欲しいと団長に要請した。
今日は王太子殿下に3人目の王女が誕生した祝賀パーティーなのだ。女性の騎士は珍しいし華やかさもあっていいから、と私は理由付けた。
イライザは王宮に入るのはまだ2回目だそうで、少し緊張した様子が見られる。女性の騎士が珍しく、注目を浴びていたので余計かもしれない。本来なら当主のお母様が来るべきなのだが、これもやはり私が次期当主となる人物である事、独身である事を周囲にアピールせしめんとするお母様の術策なのだ。
公爵家の一人娘に群がる貴族は多い。特に、いい相手に恵まれず持て余している次男三男がいる家にとって、婿を迎えたい公爵家は絶好の獲物だ。もしくは金持ちの公爵家と親しくしてその恩恵に少しでもあずかろうというハイエナ精神の輩だろうか。次から次へと私に挨拶という媚を売りに来る貴族に辟易していた居た時だった。
「やあエミリア!」
アレクだった。どうやら私が周囲との交流に疲れ果てているのを見て助けに来てくれたらしい。
「ルーカスとイライザ! 久しぶりだね、騎士団の制服がよく似合ってるよ二人とも」
アレクは私を広間の端のソファ席まで連れ出してくれた。
「助かったわ。もう次から次へと挨拶が途切れなくて困っていたのよ」
「そうだろうと思ったよ。それにしてもこうして4人でいるとアカデミー時代に戻ったみたいだね」
「今回はエミリア様を助けてくれたので、感謝いたしますわ。モーガン卿」
「ははは、僕はイライザには嫌われてると思っていたよ」
「そうですわ。私からエミリア様を奪おうとなさるんですから」
「いや、正直だね。でもそれは失敗したんだから、もう無罪放免してくれ」
「僕はまだモーガン卿がエミリア様に好意を持っていると考えていました」
ずっと黙っていたルーカスが初めて口を開いた。ルーカスの表情は硬い。今やアレクより高くなった身長で見下ろすようにアレクをじっと見ている。
アレクも真顔でルーカスを見上げたが、すぐ笑みを浮かべて頭を振った。
「僕はこの間婚約したんだ、今日もその人と一緒に来てる。そういう事だからもう行くよ。それとエミリア、この間の投資の件は上からのOKが出そうだ。その時にまた!」
アレクが立ち去るとイライザはまじまじとルーカスの顔を覗き込んだ。
「そんな怖い顔のルーカスは初めて見たわ。どうしちゃったのよ」
「どうもしない。僕らは今仕事中だよイライザ」
何か、ルーカスは虫の居所が悪いのかしら。私もこういった社交界は苦手だし、ルーカスも騒がしいパーティーは好まないのかもしれない。それなら早く引き上げるに越したことは無いわね。
王女ご誕生のお祝いの贈り物はもう済んだ。王太子殿下にもご挨拶したし、帰ってもいいわね。
馬車で城下町に通りかかると、町でも王女ご誕生を祝うお祭りが開催されていた。道端では大道芸人が曲芸を披露し、楽隊が音楽を奏でている。
「賑やかですね」
外を見ているルーカスは楽しそうにそう言った。こういう賑やかなのは私も好きだわ。気取った王宮のパーティーよりずっと気楽でいい。
「ちょっと降りてみましょうか」
「かなり混雑しています、大丈夫でしょうか」
御者に馬車を止めるよう合図しようとしたが、イライザが外を覗き込みながら不安そうに言った。
「優秀な若い騎士が二人もついているんだもの、問題ないわ」
お祭りの賑わいは思った以上の混雑を招いている。子供の頃にも一度、城下町のお祭りに来たことがあるが、アンの手を放してしまい迷子になってひどく叱られたわね。お祭りに来たのはあれ以来だ。
「向こうの、ボールを使って芸をしているのを見てみたいわ」
その大道芸人の方へ向かおうとするのだが、ほんの何メートルかの距離なのになかなか前に進まない。人の波に飲まれてイライザはどんどん離れていく。
「イライザ、そっちじゃないわ・・」
イライザを追いかけようとした所へ、こちらに向かってきた男性と私はぶつかってしまった。よろける私をルーカスが抱きとめた。
「エミリア様、イライザは自力で戻ってこられるでしょう。どうか僕から離れないで下さい」
私の肩をしっかり抱いたルーカスは、私の瞳を覗き込みながら真剣な目をして言った。ルーカスの淡い緑色の瞳が私の瞳を捕える。
ドキン! うっ。
えっ、ドキンですって?!。私の目の前にいるのはあのルーカスじゃないのに、どうして? 混乱して立ち尽くす私はルーカスから目を離す事が出来ない。だがルーカスは私の手をしっかりと握って、目的へ向けて歩き出した。
「この手を離してはダメですよ」
いつもと変わらない爽やかな笑顔に戻ったルーカスに、私は急に自分が恥ずかしくなって目をそらしてしまった。
もう周囲の喧騒は聞こえない。聞こえるのは耳元でうるさく脈打つ心臓の音だけだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること
大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。
それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。
幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。
誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。
貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか?
前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。
※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる