36 / 45
36エミリア、モーガン卿に謝罪される
しおりを挟む「お茶を淹れ直して参ります」
セドゥ親子の声が聞こえなくなると、アンがテーブルの上で冷め切ったお茶を片付けながら言った。
「イライザを呼んで欲しいわ。イライザの分のお茶も用意してくれたら、今日はもう帰っていいわよ、アン」
新婚なのだから早く帰ってあげないと、そう言いかけた言葉を私はぐっと飲み込んだ。アンは50歳を目前にゴールインしたこの結婚の話をされるのをとても嫌がる。本人たちが幸せならいいことだと思うのだが、アンは必要以上に恥ずかしがるのだ。私が子供の頃、アンはずっと年上だと思っていたが、私付きの侍女になった頃はまだ20代だったのだわ。年増だとか、私は随分と失礼なことを考えていたみたいね。
そんな風に思いながらアンの背中を見送っていると、ニールが声を掛けて来た。
「やりましたね!」
「ええ、あなたのお陰よ。ありがとう」
「妹が敬愛するエミリア様にご助力ができ、私としても歓喜に堪えません」
ニールがほころんでいると、まだ開け放たれたままのドアからイライザが入って来た。稽古着姿で頬が上気している。
「どうしたの? 何がそんなに喜ばしいの?」
「イライザ、剣術の稽古だったの? 呼び出してごめんなさいね」
「いえ、ちょうど終わった所でした。ご用はセドゥ家の事でしょうか?」
「ええ、掛けてお茶をどうぞ。稽古の後は喉が渇くでしょう」
私はイライザがお茶を飲んでいる間に、先ほどのセドゥ親子とのやり取りを話して聞かせた。
「やりましたね!」
兄と同じセリフを、手を叩きながらイライザは言った。
「これもコークス家のお陰よ、ニールは短い期間で本当に良くやってくれたわ」
「いえ、お礼を申し上げなければいけないのはこちらの方です。エミリア様がなぜうちの領地に目を付けられたのか存じませんが、これでコークス家は持ち直す事が出来ます」
「そうです、エミリア様がうちの領地を視察したいと言われたときは驚きました」
イライザも兄に同調した。
「視察したのはコークス領だけではないのよ。組合員の領地を近場から順に見て行っただけ。組合の古い記録に、閉山した鉱山を更に深く掘り下げた所、別の鉱石の鉱脈が見つかった事があるとあったからなの」
「それがたまたまコークス領だったわけですね。ですが、採鉱する費用や人員の手配、隣の領地の買収に掛かる費用の出資まで、エミリア様には本当にお世話になって・・」
「私は投資をしたの。これからコークス領は大いに潤うでしょうから、私はおいしい思いをさせて頂くことになるわね」
私のウインクを合図に3人は声を上げて笑った。
「それにしてもジュリア・セドゥの嫉妬心は凄まじいですね。実際、モーガン卿とエミリア様の間に何かあった訳ではないのに・・えっ、ないですよね?」
『また私だけが知らないんじゃ?』という不安げな表情がイライザの顔をよぎる。私は慌てて否定した。
「ないわ! アレクだってビジネスでこの屋敷に足を運んでいたのよ」
そのアレクが私を訪ねて来たのは、セドゥ親子の騒動があった数日後だった。
「今日はまずビジネスの話からさせて貰うよ」
アレクはまず鉱山組合への融資が通った事を報告してくれた。これで一安心だ。融資が危うくなって、工事が止まっていた鉄工所の拡張を再開できる。
「それから・・君には本当に申し訳ない事をした。ジュリアから聞いたよ、君をバルコニーから突き落としたと。僕は近くに居たのに気づきもしなかった」
ジュリア自らアレクに告白するとは意外だった。
「ジュリアはあなたの婚約者かもしれないけれど、あなたのせいではないでしょう? でもジュリアがあなたに話すとは思わなかったわ」
「エミリアは黙っていてくれるつもりだったんだね。いや、本当に申し訳ないよ。君にもルーカスにも大けがを負わせて・・僕が浮ついていたからこんなことに・・」
ジュリアがアレクに話したのは、先日の公爵家での件で父親と口論している所をアレクに聞かれてしまい、仕方なくの事だったらしい。
「僕のせいでなはいと言ってくれたけど、ジュリアは僕とエミリアの仲を嫉妬してやった訳だし・・正直に言うと、僕も君と再会してジュリアへの気持ちが揺らいだのは事実だから」
ふう~と大きく一息をついてから、アレクはまた話し始めた。
「ジュリアとは銀行の上司に紹介されて付き合いを始めたんだ。実はアカデミーの頃から好きだったと言われてね、僕も悪い気はしなくてさ。何年か交際してから婚約を決めた」
ジュリアがアレクの事をアカデミーの頃から好きだったのだとしたら、私と付き合っていると噂が流れた時はショックだったでしょうね。それでも時を経て、やっと付き合いが始まり、婚約までこぎ着けたと思ったら私が現れて・・。
「あの・・デビュタントの事も聞かされたよ。だから今度も銀行の融資を通す為に僕は利用されているんだと、『目を覚まして!』と言われたよ」
「今度は私が謝る番だわ。融資の事は違うけれど、デビュタントの話は本当よ。私、お母様をけん制するためにあなたとお試し期間を設けることにしたの。ひどい事だわ、あなたの気持ちを利用して・・本当にごめんなさい」
アレクは優しく笑って言った。
「もう昔の事だよ。ジュリアから聞かされた時は少しショックだったけど、君が僕を利用しようと思わなければ、お試しもしなかっただろう? 僕はあの時間がとても楽しかった。君の気持ちを引き寄せる事は出来なかったけど、大切な思い出を残せたんだ」
私は自分の良心がチクチクと痛むのを感じた。アレクがソファから少し身を乗り出して、真剣な表情を私に向けた時、彼がこれからどんな事を言おうとしているのか分かってしまったから。そしてアレクが以前と同じ答えを聞かされることになるのを知っているから。
「エミリア、僕は婚約を解消した。これはジュリアが君にした事のせいだけじゃない、君への気持ちを自覚したままジュリアと結婚するのは誠実な態度じゃないと思ったからなんだよ」
私は思わずアレクから目を逸らしてしまった。
「アレク、私・・」
「ごめん、困らせてしまったね。今日はもうお暇するよ、それじゃあ」
アレクは私の返事を遮るように立ち上がった。彼もまた以前と同じ答えが返ってくるのを分かっていたのかもしれない。
アレクが去った後、私も重い腰を上げた。メイドを呼んで外出の支度をする。融資が決定したのだ、朗報を組合に届けなければ。
護衛として馬車に一緒に乗り込んだのはルーカスだけだった。色々な事が片付き、もう通常の体制に戻っても問題ないだろうと判断したのだ。
「モーガン卿がいらしていたのですね、馬車が出て行くのを見ました」
「ええ、融資が通った事を伝えに来てくれたの」
「屋敷まで足を運んでくれたのですか・・わざわざ」
ルーカスにしては珍しくとげのある言い方に、私は驚いた。ルーカス自身も自覚しているのか言った後すぐ、苦い顔をして窓の外に視線を向けた。
「ジュリアがした事を知ったそうなの。それで謝罪をしてくれたわ、ルーカスにも申し訳なかったと」
「結婚はどうするんでしょうね・・」
「婚約は解消したそうよ」
「そうですか・・エミリア様は、あのっ・・いえ、何でもないです」
ルーカスはこの件については消化不良の様だった。だが彼が何を言いたかったのか、私も追及はしなかった。
0
あなたにおすすめの小説
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない
紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。
完結済み。全19話。
毎日00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる