37 / 45
37ルーカス、冷水を掛けられる
しおりを挟むイライザの調査の結果、エミリア様を劇場のバルコニーから突き落としたのはジュリア・セドゥだと判明した。夜だったとはいえ、人でひしめき合うバルコニーでは近場に居た数人がジュリアの顔をはっきり見ていたのだ。
イライザはすぐにも告発して警備隊に捕まえてもらう方がいいと主張したが、エミリア様には何か考えがあるらしく、告発は保留された。
後日、セドゥ親子がゴールドスタイン家を来訪した折、うまく事が運んだらしく、告発もしないとエミリア様から説明があった。
鉱山組合の事業の方も融資が通り、理事についてのゴタゴタも収束したようで、エミリア様はやっと一息付けると安堵されていた。
ジュリア・セドゥはもうエミリア様に手出しして来ないと思うが、結局モーガン卿との婚約は解消されてしまったから、逆恨みしているかもしれない。エミリア様の警護体制は通常に戻ったが、まだ完全に安心するわけにはいかないと僕は思う。
ジュリアはエミリア様に嫉妬心を抱いていても、大人しくしているべきだったんだ。そうすればあのまま自分の愛するモーガン卿と結婚する事が出来ただろうに。
モーガン卿は婚約解消後、足繫くエミリア様の元に通ってくるようになってしまった。本人は『友達』だからと言っているが、彼の恋愛感情がエミリア様に向いているのは誰の目にも明らかだ。
ほら、言っているそばからまたやって来た。
「やあルーカス! 今日も良く晴れていい日だね」
何がいい日なものか、こんな風に週に1度はやって来て『花屋の前を通りかかったから』と巨大な花束を持ってきたり、『新しい菓子屋がオープンしたから』とスイーツをどっさり持ってきたり、エミリア様だって迷惑しているに違いない。
「今日はどこのお店がオープンしたんですか?」
僕の少し嫌味がこもった質問に、モーガン卿はケロッとして答える。
「どこもオープンしてないよ。今日はエミリアを観劇に誘いに来たんだ。以前あんなことがあって嫌な思い出になってしまっただろうから、それを刷新するためにさ!」
そんなデートみたいな勧誘をエミリア様が承諾するはずはない!
そう思っていたのに後日、エミリア様はモーガン卿と観劇に出掛けてしまった。まさかエミリア様はモーガン卿に気持ちが傾いているのでは・・。そう思うと居ても立ってもいられなくなり、僕は騎士団の訓練場で一心不乱に剣を振った。
だめだ、こんなのではいけない。僕はエミリア様の幸せを願っているんだ、モーガン卿はエミリア様を大切にしてくれるだろうし、身分も見た目も申し分ない方だ。エミリア様もモーガン卿をお好きならそれで万事めでたしじゃないか!
「ルーカス、集中してないな」
振り向くと父上が後方に立っていた。ああして腕組みをしているのはお説教の前触れだ。
「いえ・・そうですね」
「闇雲に剣を振っても何の鍛錬にもならないぞ。それならやらない方がましだ」
もっと色々言われるかと思っていたが、それだけ言うと父上は騎士団の建物の中へ戻って行った。
「はあ~」
僕はその場に仰向けに寝転がった。傾き始めた太陽が、それでもまだ焼けるような熱い日差しを否応なく浴びせてくる。眩しい日差しはエミリア様を想う僕の気持ちの様で、思わず腕で日差しを遮った。
「はあ~僕は何をやってるんだ・・」
もう一度だ、今度こそ集中して・・
「きゃ~っ、大丈夫ですか? きっとお日様にやられたんだわ! 失礼します、えいっ!」
顔に水を浴びせられた驚きで、心臓が飛び跳ねた。
「っつ! つめた・・」
腕のお陰で顔には掛からなかったが、首と頭がぐしょ濡れだ。びっくりして体を起こすと、心配そうな顔をした女性がこちらを覗き込んでいる。
「気が付かれました? あなた、ここで倒れていたんですよ」
「えっ、いや僕は・・」
「私の叔父が敷地内に住んでいるんです。お茶の用意も出来ているはずですから行きましょう。水分を取らないといけませんわ!」
女性は僕の腕を引っ張ってずんずんと歩いて行く。何が何だか分からないまま、僕はついて行くしかなかった。
「あ、あのちょっと」
「あ、私は怪しい者じゃございませんわ、こちらのお嬢様の侍女長の夫になったのが、私の叔父ですの」
振り返り、笑顔を見せながら女性は付け加えた。でも歩みは止めずに。
「ノーマ・アンドーゼと言います」
「ああ、先生の姪御さんですか」
「あら、叔父をご存じですか」
「ええ、今日の午後のお茶に招待して頂いてます」
ここでようやくノーマは足を止めた。驚いたせいなのか、もう先生の家に着いたからなのか定かではないが。
そしてタイミングよく扉が開いてアンドーゼ先生が出て来た。
「おや、ルーカス。丁度よかった、今呼びに行こうと思っていたところでした。それにしても・・天気はいいようですけれどねぇ」
僕の濡れた頭と空を見比べながら、先生は僕を招じ入れた。
「ほんっとうに申し訳ありませんでした」
アンさんに借りたタオルで頭を拭きながら、何度も頭を下げるノーマに僕は笑顔を返した。
「いえ本当に大丈夫ですから。あんな所に寝転がっていた僕が悪いんです」
「この子は深く考える前に行動してしまうタイプなんですよ、驚いたでしょうルーカス」
どうやらノーマは僕が太陽にやられ、熱病で倒れたと勘違いしたらしい。まずは体や頭を冷やすのが大事と記憶していた彼女は、手元にあった冷たい井戸水(レモネードを冷やすための物)を僕に浴びせたのだ。
ノーマは少しおっちょこちょいだが、明るくてとてもいい子だ。僕より3つ年下で、アカデミーを卒業した後に、高位貴族の侍女になるための行儀見習いをしにアンさんの元へ通ってきているそうだ。
それから何度かアンドーゼ先生に招かれる事があり、その度にノーマが同席した。最近はイライザも一緒に先生のお宅にお邪魔するのだが、イライザはノーマと僕が付き合っていると勘違いしている。
「私とルーカスの仲じゃない、隠す事なんてないわ。それとも何? 団長にはまだ知られたくないからなの? 分かったわ、団長には言わないわよ」
「違う、違うって。ノーマとは付き合ってないよ」
「あ~あ、好きだけどまだ付き合ってないって事ね。早く交際を申し込んだ方がいいわよ、ノーマみたいな天然な子はきっとモテるわよ」
確かにノーマと話していて楽しいとは思う。でもそれはイライザと話して楽しいと思う気持ちと変わらない。
今何を考えているのか? 僕と一緒に居て楽しいと感じてくれているのだろうか? もっと笑ってほしい笑顔が見たいと思う相手は、僕には一人しかいない。
0
あなたにおすすめの小説
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない
紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。
完結済み。全19話。
毎日00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる