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38エミリア、思い出せなくなる
しおりを挟むあれからアレクは頻繁に屋敷へ来るようになった。
大きな花束を抱えてきたかと思えば、店一軒丸ごと買い占めたかと思う位のスイーツを持参して私を驚かせた。
あいにくこの日は使用人の休暇日にあたり、最低限の人数しか屋敷に残っていなかった。だから沢山のスイーツは公爵家の騎士団にもお裾分けする事にした。
一番喜んだのはイライザだ。
「わぁ~凄いですね。ケーキに焼き菓子に・・こんなに沢山! 間違えて作ったという量じゃないですね」
「うちで作った物じゃないの。新しい菓子屋がオープンしたとかで」
「ああ、モーガン卿ですか!」
アレクの噂は騎士団にまで届いているのね・・。スイーツをテーブルに並べていたイライザが私に顔を近づけながら声をひそめた。
「今回もやはりカモフラージュ役なんですか?」
「えっ?!」
「モーガン卿です。また奥様にお見合いを勧められたとかですか?」
「違うわ! あの事に関してはアレクに謝ったばかりよ。あんな事、してはいけない事だったわ」
「私としてはエミリア様がお幸せならどなたでもいいんですけど。今となっては公爵家の騎士ですから、エミリア様が他家へ嫁がれない限りはお側でお仕えできますから」
「そうね、私はずっとここに居るつもりよ」
そう、私はルーカスとの思い出を大切にずっとここに居るの。もう恋なんてしたくない、私の胸にはルーカスの面影だけが刻まれていればいい・・少し足を引きずりながら歩くルーカス、日に透ける木の葉の様な緑の瞳で私に笑いかけるルーカス・・・・はっ!
その時、突然恐怖が私を襲った。冷たい真実の手が私の心臓を鷲掴みにする。うそ、有り得ない。私が・・そんな・・。
私はルーカスの顔を思い出せなかった。
彼の歩き方やシルエットは浮かぶのに、顔をはっきりと描き出せない。考えてみるともうしばらくルーカスの事を思い返していなかった。いくら20年経っていようと、私がルーカスの顔を忘れる事なんてないと思っていたのに!
「エミリア様! ルーカスが迎えに来てますけど」
「えっ、だ、誰が来てるですって?」
「ルーカスです。チャリティオークションに出品する物を選びに行かれるご予定だと」
「あっ、そのルーカスね。では私は行くわね」
「あのルーカス以外にどのルーカスがいるのかしら・・あらっエミリア様、顔色がお悪いですわ。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ。今日の暑さにやられたのかしらね」
ドアの外に出ると確かにルーカスが私を待っていた。ルーカスもイライザと同じことを思ったのかもしれない、私の顔色を見るなり静かに言った。
「日陰を歩きましょう」
歩きながらルーカスは何気ない話を私に語って聞かせた。私に返事を求めるような内容ではなく、ただ「こうだった」「ああだった」と。彼の静かな口調を聞いている内にやっと私の動揺は収まって来た。
「ご気分は・・いかがですか?」
「ありがとう、どうにか落ち着いて来たわ」
「良かった。でも蔵まではもう少しあります」
そう言うとルーカスは私の手を取って速足で歩きだした。そして振り向きながら無邪気な笑顔で付け足した。
「さ、急がないとディクソンさんにどやされますよ!」
ドキン! うっ。
ああ! もう誰も愛さないと決めていたのに、どうして私の心臓は裏切るの!? もう気づかない振りは出来ない。私の胸の高鳴りを別の事のせいには出来ない。どうしてルーカスはそんな顔をして私に微笑みかけるの? どうしてよりによって私はまた、同じ名前の人を好きになってしまったの? 年だって随分離れているのに・・。
私が何も返さないので、ルーカスはもう一度振り向いた。
「あっ、顔色・・良くなりましたけど今度は赤過ぎます。もしかして熱が・・」
繋いでいた手をそのまま私の額へ持ってくるルーカス。払いのけるわけにもいかず、私は少し下を向いた。
「・・じゃないわ」
「えっ、何ですか?」
ぼそりとした私の呟きにルーカスは耳を私の方へ傾けた。ルーカスの顔が近づくと胸の鼓動が更に早くなる。ドキン、ドキン、ドキン・・。
「ディクソンじゃないわ。結婚したんだから、もうアンドーゼなのよ」
「そうでした! つい呼び慣れている方が出てしまいました・・ええと熱は無さそうですね」
「大丈夫よ、あまり待たせると本当にアンにどやされるわ。行きましょう」
ルーカスと目を合わせることが出来ず、俯いたままで返事する。落ち着いて、私の心臓。私の気持ちがルーカスに知れたら、ルーカスは護衛騎士としての仕事がやりづらくなるだろう。それにこの気持ちだって一時的な物かもしれない。トラブルが起きて忙しかったりしたせいで、不安な気持ちから誰かに頼りたくなったんだわ・・。
チャリティオークションの当日は快晴だが風の強い日だった。招待客は夕方から始まるオークションまで、広い侯爵邸のガーデンで飲み物を片手に談笑したりして時間をつぶしている。このオークションを主催しているのはスワンソン侯爵夫人で、慈善家の彼女が年2回開催するこのチャリティはもう30回を超えていた。
「あの、失礼ですがもしやゴールドスタイン家の方でいらっしゃいますか?」
よく響く明るい声で話しかけて来たのは、黒っぽい髪色の溌溂とした女性だった。私より少し年上だろうか。
「はい、そうですわ。エミリア・ゴールドスタインです」
私が名乗ると女性は弾けるように破顔した。
「やっぱり! 今日はゴールドスタイン家のお嬢様がお見えになるとスワンソン夫人から聞いていたので、お会いできるのを楽しみにしてましたの!」
「あの‥どなたでしたかしら?」
「まあ私ったらすっかり舞い上がってしまって、自己紹介を忘れてましたわ! 私、スーザン・ウェルチと言います。ウェルチ伯の妻で、ルーカスのいとこですの!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「嫌だわ、エミリア様ったら!」
「だってここは大事な所でしょう? 私達が初めてお会いした場面ですもの」
「そうですけれど・・私、子供みたいにはしゃいでしまって、今思い出しても本当に恥ずかしいわ」
「私と会ってあんな風に喜んでもらえるなんて、私としてはとても嬉しい思い出なんだけれど」
「そうね! それにしてもあの時は大変でしたわね」
「本当に。私も2度も襲われるとは考えてもみなかったわ」
そう、あの日私はコカトリスに襲われたのだ! またしても!
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