39 / 45
39エミリア、チャリティオークションに参加する
しおりを挟む「まあ、ルーカスの?!」
「そうなんです。夫が外交官をしておりますので、結婚してからは国外に居て。でもそれまではよくルーカスからエミリア様のお話を伺ってましたのよ」
「そうですか。ルーカスはそろそろ来ると思います、別件を済ませてからこちらに来る予定なので」
「ルーカスに会うのも久しぶりだわ! そういえばエミリア様の護衛騎士をしているんでしたわね」
私とスーザンはしばらく立ち話をした。スーザンはルーカスの子供の頃の話をしたり、赴任先の外国の話を聞かせてくれた。彼女は話し上手で、今日会ったばかりとは思えない程、私達は打ち解けた。
「まだまだおしゃべりしたいですけど、もうすぐ始まりそうですわね」
ガーデンに居たほとんどの人がオークション会場である屋敷の中へ入って行った。もう外に居るのは僅かな人数とスワンソン家のメイドや従者だけだった。
まだルーカスは来ていない。先に会場へ向かうか迷ったが、もう少しだけ待つことにしよう。
「私はもう少しルーカスを待ってから中に入りますわ」
「では私は先に入りますね。スワンソン夫人にご挨拶しなければ」
私は手にしていたグラスをテーブルに戻した。顔を上げると正門へ続く遊歩道にルーカスの姿が見えた。ルーカスも私に気づいたようで、少し歩を早める。
その時だった、後方で突風と共に大きな音がして、振り返ると幾つかのテーブルや飲み物の乗ったワゴンがひっくり返っていた。地面にはメイドが尻餅をついた状態で上を見上げ、空に浮かぶそれを見て悲鳴を上げた。
メイドの視線の先には、巨大なコカトリスがひとりの従者の胴体を鷲掴みにして飛び去る姿があった。まだガーデンに残っていた客や他のメイド達もパニックを起こし、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。空からは何匹かのコカトリスが滑空して、人々を襲っている。
子供の頃の恐怖が蘇る。後ずさりながら遊歩道へ視線を戻すとルーカスが必死に駆けてくるのが目に入ったが、足が震えて立ちすくんでしまった。
「エミリア様っ! 建物の中へ、早くっ!」
ルーカスへ剣を抜いて屋敷を指した。そ、そうだわ、中へ避難するのよ。早く、早く。頭では分かっているのに震える足が言う事を聞かない。
騒音と悲鳴を聞きつけて屋敷から人が出て来た。高位貴族が連れていた護衛騎士や、退役軍人らしき男性達だ。扉に近い人達から屋敷の中へ助けて行く。
ルーカスも私の元へ駆け寄り、コカトリスの襲撃から庇う様に肩を抱いて屋敷の方へ誘導する。
「お怪我はありませんか? 歩けますか?」
私に話しかけながらも、素早く周囲を見渡し状況を把握しようとしている。ルーカスが来てくれて私の恐怖は少し和らいだ。肩を抱く腕の力強さが足の震えを静めてくれた。
「怪我はないわ、行きましょう!」
私の瞳を覗き込んで決意を発見したルーカスは頷いた。私達は走り出した。コカトリスが巻き起こす暴風に煽られて飛んでくるティーポットや、折れた枝をかいくぐりながら屋敷の扉を目指す。ほんのわずかな距離なのに、山二つを越えるような遠さに感じる。前方でコカトリスと剣を交えている騎士が石化してしまった。
「ああっ!」
「大丈夫です。目指す屋敷の扉だけを見て、足を止めないで」
もうすぐそこまで来た時に、他の個体よりはるかに大きなコカトリスが、根元から引き抜いた灌木を扉の前に落とした。近くの窓ガラスが割れ、地響きと共に土ぼこりが舞い上がる。そのコカトリスに倣って他の個体まで、散乱したテーブルや馬車の車箱をつかみ、扉の前に落として積み上げていく。
「と、扉が塞がれてしまったわ・・」
「こんな知能がコカトリスにあるなんて、聞いたことがない」
私は茫然と扉を見ていたが、ルーカスの反応は素早かった。
「他の入り口を探しましょう、ここへは前にも来た事がありますか?」
「いえ、無いの。だから屋敷の構造は不案内よ」
「では建物伝いに走りましょう。開いている窓があればそこからでも中へ」
私が子供の頃、公爵邸にコカトリスが現れた時は、公爵家の騎士団が大勢いた。襲って来た数もこんなに多くはなかったはずだ。後方ではあちこちで悲鳴があがっている。上空に消えていく声は、人々がコカトリスに連れ去られている事を指していた。
と、例の大きい個体のコカトリスが突然、私達の前を急降下してきた。行く手を阻むように旋回を繰り返し、威嚇してくる。ルーカスはその目を覗き込まない様にしながら剣を振るっている。流石と言うしかないルーカスの素早くも力強い剣さばきに、苛立ったコカトリスは大きな雄叫びを上げた。
ギャーーッ!
カラスが威嚇する時の様な鳴き方で、でも声はニワトリのように甲高く不快な音が周囲に響き渡る。その雄叫びが合図となって他のコカトリスが集まって来てしまった。
私を自分の後ろに下がらせ、ルーカスは前に出て応戦する。私の背後は屋敷の壁だから、ルーカスは前後左右から襲って来るコカトリスを相手している。いくらルーカスの腕が立つとはいえ、この状況ではいつかやられてしまう。どうしたらいいの?!
その時、背後の壁にある窓を叩く、コツコツという小さな音が聞こえて来た。背後を見上げると頭上の窓から男性が二人、顔を見せて合図を送っている。私が頷くと静かに窓が開いた。
気配に気づいたルーカスがコカトリスの鋭いくちばしを剣で切りつけながら叫んだ。「逃げて下さい!」
それでも私は躊躇った。ルーカスをこのまま置いて行くなんて・・。躊躇う私を見た男性の一人が囁いた。「もうすぐ近衛兵が来ますから」
それを聞いたルーカスも私を後押しする。「僕は大丈夫です、僕を信じて!」
私は戦うルーカスの背中に向かって言った。「分かったわ、信じるわ」
男性二人が窓から半身を乗り出す。私が上げた両腕を掴んで二人が私を引っ張り上げた。少しずつ持ち上げられ、頭が窓枠まで来た。部屋の中にはもう何人かの男性が居て、私を助けている二人を後ろから支えて援護している。
「壁に足が付けば支えにして下さい」
私は言われた通りにした。上半身が部屋の中に入る、ああ、助かった。
その瞬間、ぐいっと物凄い力で私の体が外側に引っ張られた。掴んでいた男性の手も離してしまい、体は宙に浮いた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること
大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。
それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。
幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。
誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。
貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか?
前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。
※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる