44 / 45
44エミリア、お気に入りのガゼボに行く
しおりを挟む「はぁはぁ・・エミリア様。こちらにいらしてたんですね」
「そんなに急いでどうしたの?」
「ジェーンがネックレスを見たってイライザが教えてくれて、それにカーティス副団長もだって聞いて・・」
息を切らしながら必死に話すルーカスだが、内容が取り留めがなくて何を言いたいのか分からない。
「落ち着いてルーカス。ここに座ったらいいわ、あいにく飲み物は用意してないけど」
「だ、大丈夫です」
呼吸が落ち着くのを見ていたが、待っていられないとばかりにルーカスはすぐ話し出した。
「ジェーンは新人のメイドです、素晴らしい真珠が付いたネックレスだったってイライザに話に来てました。とても興奮していて」
私はすぐに先ほどのメイドを思い出した。アレクが贈ってくれたネックレスを目ざとく見ていた子ね。
「イライザはモーガン卿がとうとうエミリア様に求婚したに違いないって。それに少し前にカーティス副団長も公爵様ご夫妻の前で正式にエミリア様に求婚されたとも」
まったくイライザの情報網と勘の良さには脱帽ね。騎士にならずに社交界に出ていたら、お母様顔負けの情報通になっていたのじゃないかしら。私は仕方なく事実を認めた。
アレクもカーティスも私に求婚したと聞いたルーカスの顔に、怒りとも不快とも取れるような表情が浮かんだ。自分の事を好きだと言った私が二人に求婚された事が気に入らないのだろうか? そう思うと私の中にも苛立ちが芽生えた。そもそも私の気持ちに返事すらくれなかったのはルーカスの方だわ。
「確かに二人に求婚されたわ。でもルーカスにはどうでもいい事でしょう?」
「僕は・・僕はエミリア様に謝らなくてはいけません。以前お茶の席で、前世の記憶の全てを覚えている訳ではないといいましたが、あれは嘘でした。忘れている事もありますが、エミリア様が寄せてくれた好意の事は忘れられるはずがありません」
覚えていないと嘘をつくくらいに迷惑だったという事なのね。
「本当の事を言ってくれてありがとうルーカス。あの時は私も舞い上がっていて子供じみた事を言ったわ。今でも好きだなんて言われて、迷惑だったでしょう。あの事は忘れてちょうだい」
「そうじゃないんです、迷惑だなんて思ってません。僕こそあの時は稚拙な態度を取りました。エミリア様は僕ではなく、前世のルーカスをまだ好きなんだと気付いて動揺したんです」
私の中に戸惑いが生じ始めた。それは今のルーカスが私に好意があると受け取っていいのだろうか?
「でもルーカスはルーカスでしょう?」
「そうです、前世の記憶はあります。でも僕はあのルーカス本人ではありません。今のこの僕を好きになって欲しいと‥そう思ってしまったんです」
考えるよりも体が先に反応する、心臓がドキドキと大きく脈打ち始めた。じゃあやっぱりルーカスも私を・・。
「だけど魔物退治に駆り出され、お側を離れてよく分かりました。それでもいいと、僕の中に前のルーカスを見ていても、それでもいい。僕は副団長にもモーガン卿にもエミリア様を渡したくありません」
備え付けのテーブルを挟んで、ルーカスは真っすぐに私を見ながら訴える。彼の目を見ていると、その気持ちは本物だと思えた。歓喜に胸はますます高鳴るが、30歳を目前にした冷静なエミリア・ゴールドスタインが私の肩にそっと触れる。
子供の私を拒絶したルーカスの気持ちが、今になってやっと分かったわ。
「ルーカス、私はあなたより8つも年上なの。ルーカスにはもっと今の自分に合った人がいるはずよ」
「僕はエミリア様が好きです、年の差なんて僅かじゃないですか!」
普段はあまり感情を表に出さないルーカスが激高している。そういえばアレクが屋敷に来た時も不機嫌そうにはしていた気がするわ。でも私はルーカスの感情の波に流されない様に落ち着こう。
「ルーカスなら分かるはずよ、あなたの為を思って私がこう言っているって。私も立場が逆転してようやく、あの時のルーカスの気持ちを理解したわ」
「くっ」
こんないい方は卑怯かもしれない。でもこれがルーカスには一番有効だと、私は分かっている。
「身近にだってあなたを思ってくれている人がいるでしょう? 年も近いし、結婚して家族を儲けて幸せになれるのよ」
「そんな人はいません!」
「でも彼女は‥ノーマはあなたに好意を持っているでしょう? 二人が一緒に居るのを見て、私も気づいたの。私とルーカスとでは釣り合わないって」
ノーマでも私の知らない誰かでも同じ事。ルーカスは年の近い人と結婚して子供を儲け、幸せな家庭を築くべきよ。前世では戦いに明け暮れて、家庭を持つ暇もなかったと聞く。せっかく生まれ変わったんだもの、前世で得られなかった幸せを求めなければ勿体ないわ。さあ、もうこれだけ言えば分かってくれるわね。
私は立ち上がり、ガゼボの階段を下りる。
「ノーマの気持ちに僕は応えられません。僕はノーマをそんな風に思えない」
「どちらにしても、騎士団を辞めて‥もう私の元から離れて」
「僕を追い出してあの二人のどちらかと結婚するんですか? 望んでもいないのに?」
ルーカスの暗い声が追いかけて来た。
「どうして望んでいないって思うの? 二人とも、ルーカスよりは私にふさわしいと思うわ。そうよ、今のルーカスなんて私は嫌いよ!」
背後にルーカスの気配がした。でも私は頑なに、前方で揺れている白樺の枝だけを凝視する。
「僕を見て下さい、僕を嫌いだと言いながらどうしてそんな顔をするんです」
今私は、一体どんな顔をしているのだろう? 苦しくて苦しくて胸が押しつぶされそうで、今にも嗚咽が漏れそうな顔だろうか。
ルーカスの腕が私を振り向かせた。その顔を見てはいけない、木漏れ日に透けた緑の瞳を覗き込んではいけない。言ったばかりの言葉が嘘だとばれてしまうから。
「なぜこんなにあなたの近くに生まれ変わったか、私には分かります。死に際に私は神に願ったんです、エミリア様、あなたの幸せを。エミリア様の幸せには私が必要なんです。だからこんな形で生まれ変わったんだ」
とうとうこぼれ落ちてしまった私の涙を指で拭いながら、ルーカスが言った言葉は確信に満ちていた。
「それに前世の私は原因不明の病に侵されていました。エミリア様が成人されるまで生きていられなかったかもしれない。もし結ばれたとしても一緒にいられる時間はごく僅かしかなかったでしょう」
夕闇の中でルーカスは優しく微笑んでいる。その暖かい笑みを見ると、私は応じてしまいたくなった。彼が求めるなら、と。
「神の粋な計らいを無下にしないで下さい。どうか僕を選んで・・」
ルーカスの手が私の頬に触れた時、屋敷の方角からランプの揺れる光が現れた。
「エミリア様、夕食のお時間が過ぎております。お迎えに上がりました」
エレンが心配そうにランプを掲げて私を覗き込んだ。
「手間をかけてごめんなさいね、エレン。ちょっと話し込んでしまって。行きましょう、ルーカス」
掲げたランプをすぐ下げたのは、エレンが私の泣き顔に気づいたからだろうか。でもエレンは何も言わなかった。
辺りはすっかり暗くなっている。虫達が騒がしく競い鳴く庭を抜けて、私達は屋敷に戻った。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること
大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。
それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。
幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。
誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。
貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか?
前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。
※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる