1 / 13
新たなる同居人
しおりを挟む「えっと……小麦粉にバターと玉子を混ぜたものにリンゴを乗せて焼けばいいんだよね?」
麻袋に入った小麦粉をボールに入れようとしたら勢い余って部屋の中が真っ白になるくらいに飛び散ってしまった。
ケホケホとむせながらも木べらですくったバターのかたまりを入れて玉子を10個ほど割り入れた。
なんかすっごくボコボコしてて混ぜにくいな……
まあもうこの中にリンゴを丸ごと入れて竈《かまど》で焼いちゃえばいっか。
………うん、なに?
僕みたいな美少年が粉まみれになってなにをしてるかだって?
見ての通り、アップルタルトを作ってるんだっ。
なぜって……?
それは僕のご主人様である魔王様が、今街で人気のアップルタルトを大変気に入っていて、直ぐに食べたいから買ってこいと言われたからなんだ。
今は真夜中だから人間達は寝ている時間でお店も閉まっていますと説明したのだけれど、魔王様は一言、開けさせろと当然のように言い放った。
とにかく魔王様はわがままで気が短くて、こんな無茶ぶりは日常茶飯事だ。
だいたいこんなに広い城に仕える使用人が僕ひとりだけってのが有り得ない。毎日忙しくて目が回りそうなのに余計な仕事を増やさないで頂きたい。
なんてことを言えるわけがなく……
怒らせるとものすっごく怖いから、言うことを聞くしかない……
まあ僕は美少年な上に頭も良いし器用だから、これっくらいのお菓子なんてちょちょいのちょいと再現できる……はず、だったのに………
焼きあがったものは見るも無惨な代物だった。
なんだこの真っ黒でベチョっとした小麦粉の成れの果ては……
タルトのあのサクサク感はどこいった?
「────────……ミル、エミル!!」
ヤバっ、魔王様が僕のことを呼んでいる!
粉まみれになった体をはたきながら魔王様が待つ玉座の間へと急いだ。
そうそう、君は悪魔と魔物の違いってわかる?
悪魔と魔物ってのはごっちゃにされがちなんだけど、全くもって似て非なるものなんだ。
簡単に言えば悪魔は造形が美しくて強くて聡明な種族で、魔物は人の形さえ成していない野蛮な生き物なんだ。
魔王様と僕はもちろん悪魔だ。
数いる悪魔の中でもトップに君臨しているのは言うまでもなく魔王様なんだけれど、魔王になれる条件はたったひとつ“一番強い者であること”だ。
つまり今いる魔王を倒せば君も今日から魔王になれるんだ。単純明快なシステムでしょ?
「何度も呼ばせるな。二秒で来い。」
うわっ……超不機嫌そう………
二秒で来いって……僕にアップルタルトを買いに行かせてたこと忘れてない?
街まで出かけてたら20分でもアウトだったんだけど……
口から出そうになった不満をぐっとこらえ、玉座に座る魔王様の前に膝まづいて片手を胸に当てて頭を下げた。
僕は前魔王の時からこの城に仕えている。この魔王様に代わってからはかれこれ150年てところかな。
魔王は魔物達に関する全権力を握っている。
魔物にとって魔王からの命令は絶対で、死ねと言われたら問答無用で死ななければならない。
魔王様が魔王になられた初めの頃は、魔王の座を奪おうとする他の悪魔達や人間の勇者達がこぞって戦いを挑んできたりもした。
でも魔王様の魔力は歴代の魔王達の中でも群を抜いていて、誰も傷一つすら付けられなかったんだ。
騒がしかったのは最初の十数年ほどで、それからもチラホラ無謀な悪魔がチャレンジしてきたものの、最近ではそんな馬鹿もいなくなり……
すっかり平和で静かな暮らしに落ち着いてしまっていた。
そのせいか、魔王様は“つまらん”が口癖になっていた。
「アレを取って来い。」
………は?アレ?
魔王様の指差す森の方を窓から顔を出して覗いてみたが、真っ暗でなにも見えない……
「……アレってどこですか?」
「さっきから鳴いていてうるさい。」
鳴くものなの?なんだアレって………超怖いんだけど。
魔王様が手の平の上で創った小さな玉を闇夜に放つと眩いばかりに輝き出し、辺り一面を昼間のように明るく照らした。
相変わらず魔王様が創り出す魔法はケタ違いだ。
僕は目に魔力を集中させてもう一度指を差していた方向を注意深く見つめた。
川の岩場になにかがひっかかっている……
カゴに乗っていて柔らかな布に包まれた人間の………
………──────────赤ちゃん?!!
赤ちゃんを乗せたカゴは再びゆっくりと流れ始めた。
あの先には大きな滝がある。滝つぼになんか落ちたら一溜りもない。
助けに行こうと慌てて部屋から出ようとしたら、魔王様はそれじゃ間に合わんと言って僕の首根っこをむんずと掴むと赤ちゃんのいる方向へとぶん投げた。
そんな無茶苦茶なっ……!!
僕の体は夜空に舞い上がり、木の枝を何本も折りながら地面に落下した。
ぃっっったあ~……!!
痛いなんてもんじゃないけど痛がっている場合じゃない。早く赤ちゃんを助けないと!
次第に速度を増すカゴを追いかけて水の中に足を踏み入れ、腰までずぶ濡れになりながらもなんとか救い上げた。
ずっと一人で泣いていたんだろう……赤ちゃんは顔を涙と鼻水でグシャグシャに汚しながら、今にも消え入りそうな小さな声を出し続けていた。
かなり弱っているけれどまだ息はあるみたいだ。
この声がうるさいくらいに聞こえてたっていうのだから魔王様ってかなりの地獄耳だよな。
城に向かってカゴから取り出した赤ちゃんを高々に見せると、窓辺に立つ魔王様が満足げな表情を浮かべた。
にしてもなんでわざわざ僕に取りに行かせるわけ?
魔王様の魔法を使えば遠くにいる赤ちゃんを部屋まで引き寄せるくらいわけないのに。
魔王様って、僕をいじめて遊んでる節があるんだよな……
「寝ているのか?つまらん。」
魔王様は赤ちゃんを無造作に抱き上げるなり呟いた。
さっきまでのご満悦な顔はどこへやら……いつもの退屈そうな顔へと戻っていた。
寝ているのではなく死にかけてるのだと思う……
力なく眠る赤ちゃんを魔王様はポイと僕に返した。
なんのために連れてこさせたんだろう……まさか食べる気とか?
まだ生きたままの状態で調理するなんて絶対にイヤなんだけど!!
でも魔王様の口から出た言葉はそれよりも恐ろしいことだった。
「面白そうだから飼う。」
かっ……────────飼う?
えっ……それって育てるってこと……?
この人間の赤ちゃんを?どうやってっ?
頭を撫でるだけの簡単なお仕事だと思ってない?!
「無理です!僕にはできません!!」
「じゃあできる奴を連れて来い。」
できる奴って誰?人をさらって来いっていうのっ?
無理だよそんなの!!
青ざめる僕を置いて魔王様は寝ると言って自分の寝室へと行ってしまった。
1
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる