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道標
ソレの正体
しおりを挟む「シャオンおまえ……魔女だろ……?」
何をふざけたことを言っているんだあいつは……
全くもってバカバカしい。
そんなのは物語の中だけの話で実在するはずが無いじゃないか。
そうハッキリと断言出来るのに、僕の心は動揺を隠せないでいた。
大通りの人混みをかき分けながら目的地へと急ぐ足に力が入らない……
すり抜ける人混みがスローモーションのように見える……
あれから何十分も経っているのに、あいつの少しハスキーな声が何度も何度も耳に木霊していた。
「違う、違うっ!なんで僕がそんな得体の知れない者なんだ!あるわけないだろっ!!」
口から思わず漏れた声は周囲にも届いたらしく、何事かと振り向かれた。
なにをしているんだ僕は……少し冷静になれ。
─────シャオンは特別な存在なのよ。
不意に母が言った言葉を思い出した。
幼い頃、僕は母と二人で各地を点々としながら逃げ回るような生活を送っていた。
なぜ悪いこともしていないのに隠れて暮らさなければならないのかと母に尋ねた時、母はしばらく沈黙した後、そう答えたのだ。
特別な存在……
それが魔女だったのだろうか?
僕は左胸の心臓の真上部分を服の上から握りしめた。
あいつの言う通り、女の姿に戻った時にハート型のアザがここに浮き出てくる……
ツクモ・カガミ……おかしな奴だ。
伝統と格式のあるメタリカーナ国立魔法学校の制服をだらしなく着崩し、護身用の魔具だか知らないが派手なアクセサリーや鎖なんかをジャラジャラと身に付け、ズボンは規定のものですらない。
髪は染めているのか見たことのないピンク色だ。
まともに授業を受けている姿なんて見たことがない。
いつも退屈そうにしている。
なのに──────……
三白眼の鋭い目で僕を見透かしてくる。
まるで全てが分かっているかのように……
あいつといると調子が狂う。
あんな不真面目な奴の言うことを信じるなんて、全くどうかしている。
僕は邪念を振り払うように首を左右に振った。
周りの建物も途絶えて舗装もない道を月明かりだけを頼りに進んでいくと、ようやく目的地である自然公園の入口へとたどり着いた。
政府によって維持・管理がされた自然のままの大地と野生動物だけが棲む領域だ。
満月の夜に残忍な手口で殺されている事件……
今までに五件あった。
場所も被害者も手口も共通点は何もない。
一見関連性がないように思える事件だが、時系列順に遺体が発見された場所を地図上で結ぶと星のマークが浮かび上がってくる。
きっと…僕が追っている欠けた星の印の奴らに関係しているはずだ。
遺体の状態から見て殺人は別の場所で行われた可能性が高い……
この自然公園はその星の形のちょうど中間地点に当たる。
ここは以前は野生動物を見に来る観光客で賑わっていたのだが、半年前に生息していた全ての野生動物が不可解な死を遂げ、封鎖された。
その出来事が起きた次の満月の夜から殺人事件は始まっている……
犯人は被害者達を何ヶ所も傷付けながらいたぶるように殺していた。
ここならどんなに泣き叫んでも誰にも気付かれることはないだろう。
動物達を殺戮しつくし、次は人間を狙ったのだろうか……?
虫唾が走るくらいに狂った殺人鬼だ。
この広い自然公園を一晩で全て見回るのは不可能に近い。
僕は持っていた魔導書をめくり〈ラウンドイアー〉と唱えた。
遠くの小さな音まで聞き分けることが出来る、身体能力を向上させる魔法だ。
目を閉じて、微かな物音にまで集中する。
どこだ…どこにいるんだ……?
木々のざわめき
水の流れる音
虫の鳴き声────────……
ここから東に800mの所で自然とは違う物音をキャッチした。
男の人の…恐怖におののく叫び声……
何者かに追われてさらに奥へと移動しているようだった。
やはり僕の推理は正しかった。
急がないとっ……!
「神よっ、どうかお救い下さい!」
年老いた神父の十字架を持つ手は震えていた。
その願いは神には届いていないらしく…十字架は真っ赤な血で染まり、体中から血が吹き出ていた。
もう限界なのだろう……
神父は大きな岩山の窪みへと入ると、崩れるようにしゃがみ込んだ。
「おいおいじいさん、もう追いついちまったじゃねえか。つまんねえな~。」
岩山を覗き込んだソレは今にも死にそうな神父を見て恍惚の笑みを浮かべた。
神父が握りしめた十字架を強引に奪い取ると、口の中にがぶりと流し込んでゴクリと丸呑みした。
「わ…私の十字架が……!」
ソレは絶望する神父の頭を鷲掴みにし、窪みから無造作に引っ張り上げた。
神父にはもう、抵抗する力など残ってはいなかった……
「その人を離すんだ!!」
草木の生い茂った荒野を走り抜け、息を切らしながらやっと追い付いた。
被害者である神父を頭上高くに軽々と持ち上げているソレ……
目を疑うようなものがそこにはいた。
体長3mはあろうかという巨体。
全身が硬そうな茶色の濃い毛に覆われていて、背中が異様に盛り上がり、手足は丸太のように太かった。
ゆっくりとこちらを振り向いたその顔には、頬の辺りまで裂けた口に何本もの鋭い牙が生えていた。
先の尖った耳がピクピクと動き、大きくて黄色い目が僕を映してギラつく……
なんなんだこれは──────……?!
「たす…たすけて……」
消え入りそうな声で神父が僕に助けを求めて来た。
怯えている場合ではない……早く助けないと彼の命が危ない!
僕は〈デンデ〉を唱えてその化け物の脳天に電光石火で雷を落とした。
大きな体に電流がビリビリと走り、衝撃で投げ出された神父を僕は両手で受け止めた。
「この中で隠れていてください。」
岩山にあった洞窟まで運ぶと、神父は傷だらけの手で神に祈るように十字をきった。
「背中がガラ空きだぜえ。」
後ろを振り向くと化け物は余裕の笑みを浮かべていた。
僕のデンデをモロに受けたはずなのに、何のダメージも受けていない……?
そんなはずはないともう一発特大のをお見舞いしてやったのだが、化け物は何食わぬ顔で平気そうにニヤリと笑った。
僕の魔法が……まるで効いていない?!
「っんじゃあこっちから行くぜ?」
太い手を高く上げて握りこぶしを振り下ろしてきた。
間一髪でかわしたのだが体が風圧で吹き飛ばされてしまった。
化け物は薄気味悪い笑い声を上げた。
「いい反応じゃねえか。魔法も使えるし、おまえちったぁ楽しめそうだな。」
……なんてパワーだっ。
見た目もそうだが、全てが人間離れしている……
「なんなんだおまえは……欠けた星の奴らとは仲間なのか?!」
化け物の全身の毛が逆立ち、黄色い目がギラりと殺気立った。
「この俺が奴らの仲間だと?ふざけたこと抜かしてんじゃねぇええっ!!」
化け物の低く威嚇するような声に反応して木の根がボコボコと地面から這い出てきた。
蛇のようにうねりながら僕に向かって一斉に襲いかかってきた。
──────避けきれないっ!!
そう思った瞬間、背後から誰かの腕が僕をふわりと包み込んだ。
目の前には氷の分厚い壁が現れ、化け物からの攻撃を全て防いでくれた。
「あいつは狼男だ。」
僕を助けてくれたこの横顔は……──────
「なっ、なんでここにいる?!」
学校で見る腑抜けた印象とはまるで違う……
精悍《せいかん》な顔付きをしたツクモが、僕を守るように後ろから抱き締めていた。
………ツクモ…だよな?
なぜここに……?
まさかこいつっ、また後を付けてたのか!
「あれが狼男だと?正気か?!」
「別に珍しくはないだろ。魔女の方がよっぽどレアだ。」
そう言って僕の方を指さした。
狼男だ魔女だのと……こんな化け物を目の当たりにすると存在するわけが無いだろうと全否定は出来ない。
出来ないけれど……
頭がおかしくなりそうだ!
「僕は違うって言っただろ!!」
必要以上にムキになって言い返した。
それにいい加減、僕の腰に当てたこの手をどけろ!!
「気を付けろ。この狼男……恐らく何百年かは生きてる。」
ツクモはいつもの不真面目な雰囲気とはまるで違っていた。
「よくわかったな。三百年だ。」
狼男は自慢げに答え、それを聞いたツクモは眉をひそめた。
二人の会話に全く付いていけない。長く生きてるからってどうなんだ?
「そんだけ力が増すんだよ。それに狼男は特殊な毛で覆われていて電気系の攻撃がまったく効かない。デンデしかまともに撃てないシャオンには分が悪い相手なんだよ。だから行くなって言ったのに全然聞き分けがなってねえから……」
なんだその、まるで言うことを聞かない小さな子をたしなめるような口調はっ……!
「なんでツクモはそんなに詳しいんだ!」
「今はそんな質問、あとだあとっ!」
地面がまたボコボコとうねり出して無数の木の根が一箇所に集結すると、僕達目掛けて突進して来た。
「ブリザード。」
ツクモがそう唱えると猛吹雪が起きて木の根を全て弾き返した。
〈ブリザード〉は高度な風氷魔法だ。
確か氷系の攻撃魔法の中で最強クラスだったはず……もちろん学校ではまだ習っていない。
それをなんでツクモが?
それに、明らかにレベル3だった……!
「今の魔法はどういうことだ!さては…前に使い捨て魔具を使ったとか言ってたのも本当は自分で出したんだろ?!」
「後っつってんだろ、面倒くせえ奴だな!」
根だけでなく、周りに立つ木の枝も唸りを上げて襲いかかって来る。
ツクモは今度は〈ブリザス〉と唱えて僕達の周りに巨大なドームを創った。
〈ブリザス〉は造氷魔法で、氷を使っていろんな形が作れる使い勝手の良い魔法なのだが……
こんな大きな物を一瞬で創れるだなんて……
ツクモはなんでこんなにも魔法が使えるんだ……?
何本もの太い木が氷の壁にぶち当たって砕くような音がドーム内に響いてくる。
このままじゃ、あっという間に壊されてしまう……
「シャオン女に戻れ。男のままじゃ戦いづらいだろ。」
僕は首を左右に振った。
六歳の頃から男として過ごしてきたし、これ以上人前で女の姿を晒す訳にはいかない。
それに……自分が魔女だと認めるようで嫌だった。
「フルパワーでやれっつってんだよ!殺られんぞ!!」
狼男は巨大な木に両手を回すと、メキメキと音を立てながら力任せに引き抜いた。
それをバットのようにぶんぶん振り回してドームの壁を撃ち砕き、僕達を外へと叩き飛ばした。
「人間ごときが、三百年も生きた狼男の俺様に、敵うわけがねえだろうがあっ!!」
鋭く尖った幹が、倒れた僕に向かって矢のように猛スピードで迫ってきた。
──────駄目だ、もう避けきれないっ!!
「シャオン!」
僕を庇うように飛び込んできたツクモの腹に幹が刺さり、貫いた。
ツクモの体はそのまま勢いよく空高くに放り投げられていった……
「ツクモ……!」
まるで画像の荒い古い映画を見ているようだった。
ツクモは遠くの地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなってしまった。
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