紅い瞳の魔女

タニマリ

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儀式

記憶の断片

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───── 次会った時は口にさせろ。



僕のおでこにキスをしてツクモはそう言った。
あの時の母と同じことをして……

母は僕のところに戻ってくることはなかった。
ツクモも…きっともうダメなんだと思った。

でもツクモは、ピンピンして僕の前に現れた。
そして涙が止まらない僕に約束してくれたんだ。



俺はずっとシャオンの側にいる。
シャオンを残してどこかに行くようなこと…もう二度としないから……って。




約束………

………したんだ────────










……ここは…どこだ?

いつの間に気を失ってたいたのだろうか……



瞼を開けるとたくさんの天窓からそそぐ眩い光が目に飛び込んできた。
壁には何枚もの白くて長い布が垂れ下がり、光に反射してヒラヒラと輝いていた。

硬い大理石の椅子に座っていた僕は、真っ白なドレスに着替えさせられていた。
こんなに胸元が大きくはだけた服なんて初めてだ。これでは胸のハートマークが丸見えになってしまう……
手で隠そうとしたら、母からもらったペンダントがなくなっていることに気付いた。
代わりに金属製の輪っかが首にはめられている……
中央にはジョーカーが手に持っていた魔女封じの玉が埋め込まれていた。


「お~いっ無理やり外そうとするな。爆発して首が吹っ飛ぶぞ?」


首輪に指をかけて引っ張っていたら、ジョーカーが垂れ下がる布をかき分けながら入ってきた。
背後には顔まで覆った真っ黒な甲冑を着た七人衆が控えていた。
ツクモの胸を刺した青いマントの男がいる……
今直ぐにでも殺してやりたいくらいなのに、手も足も、体中が異常なほど重たい。
椅子の左右には香炉が置かれていた。
この香りのせいなのだろうか……先程から僕の周りにだけ煙たいくらいにモウモウと充満していた。


「……ここは…どこだ?」
「本部の大聖堂にある儀式の間だ。今からここで“始まりの儀式”を執り行なう。」


……始まりの儀式?

その言葉に戸惑っていると、部屋に子供達が七人通されてきた。
みんな無表情で、横一列に並べられた椅子に静かに座った。
一体今からなにを始める気なのだろうか……


「魔力を持たない人間が魔力を得るための儀式だ。二千年前に魔女が人間に魔力を与えたのと同じことをする。」


そう言えばジョーカーはホールに集まった団員全員の前で、二千年前に魔女が自分に従順な人間にだけ魔力を与えたと言っていた。
それを僕にもやれというのか?


「悪いがそれは無理だ。僕には魔女の記憶がない。」
「そんなこたあ分かってる。あのリハンがかけたのだからちょっとやそっとじゃ解けないってこともな。」

ジョーカーはつかつかと僕の前までくると、胸の部分にあるハートを拳で強く叩いた。
その衝撃でウッと息が止まりそうになった。



「魔女の血だ。ここから流れ出る魔女の血を飲むと人は魔力を得られるんだ。」





僕の血で、魔力が───────……?





「ここ50年の間で人間の魔力は随分弱まってきた。この始まりの儀式を行うことで新たな“アダムとイブ”を誕生させる。」


僕にはそんな力があったんだ──────
だから烈士団は僕のことを捕まえようと、あれだけしつこく追い回してきたのか……

ジョーカーは先の尖った細いガラスの棒を取り出すと、胸のハートの部分にズブリと突き刺した。

あまりの痛さで声も出ないっ……


「アダムとイヴとは壮大な魔力を持ち、後世にも同等の魔力を受け継ぐことの出来る前身者だ。これからの人間にとって、必要不可欠な存在となる。」


ジョーカーがスローと唱えるとガラスの棒が空洞になり、先端から鮮やかな赤い血がドクドクと流れ落ちた。
ジョーカーはその血をピッチャーに集めると、小さなグラスに少しずつ注いだ。

グラスは全部で七つ。

七人衆がそれを受け取り、子供達の横に一人ずつ立った。



「飲ませろ。」



意識が混濁《こんだく》しているのだろうか……子供達は一切抵抗することなく、差し出されるがままに血の入ったグラスに口をつけた。


あの子達がそのアダムとイヴになるのか────


僕の血であの子達が強い魔力を得るのならばそれは喜ばしいことなのかも知れない。
何人の子供に血を与えることが出来るかは分からない。
でも……このまま血をしぼりとられて死んだとしても、一人でも多くの子供達の未来に繋がるのなら、僕が魔女として生まれてきた意味があったのかも知れない……



血を飲み干した全員が体勢を大きく崩し、床に転がって苦しみ始めた。
目を血走らせて喉を掻きむしり、体液を垂らしながら激しくのたうち回る姿に言葉を失った。
なん…なんだ、これは………?

一人、また一人と目の前で事切れていく。


「こりゃ全員ダメだな。片付けろ。」


なにを…なにを言っているんだ……?
僕の血を飲めば魔力を得られるんじゃないのか?!

七人衆が動かなくなった子供達を物でも扱うかのようにして隣の部屋へと運んでいった。
ジョーカーが低い声で、次のを呼べと支持を出した。

「待てジョーカー!これは一体どういうことだっ?!」
「適合者にだけ血を与えれる魔女の特殊能力とはわけが違うんだ。この儀式の場合多少の犠牲はやむを得ない。」

人魚の肉も不老不死になるといいながら人間には猛毒だった。大半はその毒にやられて死んでしまうと……
僕の血でも、全く同じことが起こるということか……?
また新しい子供達が横一列に並べられた椅子に座った。

「死ぬような儀式と分かっていてまだ続けるのか?!なにも悪いことはしていない子供なんだぞ!!」
「こいつらは世界各国から集められた奴隷だ。我々が守る価値などない。それが新たなアダムとイヴになるチャンスを与えられたのだ。とても光栄なことだろ?」

ジョーカーはまたスローと唱え、僕の鮮血をピッチャーに集めた。
血をしぼりとられる痛みで意識が飛びそうだ……
子供達の横にグラスを持った七人衆が立ち、ジョーカーの飲ませろという冷徹な声が響いた。


「ジョーカー止めろっ!!なぜ平気でこんな酷いことが出来るんだ?!貴様には人の心が無いのかっ!!」


ジョーカーに掴みかかろうとして立ち上がったとたん足がふらつき転んでしまった。
煙のせいで体が思い通りに動かせないっ……

突然ジョーカーがゲラゲラと笑い始めた。
この状況のどこに笑う要素があるというのだろうか……
気が狂ったかのように爆笑するジョーカーを呆然としながら見つめた。


「はぁー……心ね~。魔女ごときが偉そうに抜かしやがる。」


ジョーカーは床に伏したままの僕の髪を強く引っ張って頭を持ち上げると、首輪を指さした。

「それがなんだか、おまえには分かるか?」

なにって…僕にとっては忌々しいものでしかないのだが……
魔女封じの玉だと答えると、ジョーカーはそうじゃないと言って首を左右に振った。


「ヒント。元々は二つあった。」


ジョーカーは手で七人衆に指示を出し、子供も一緒に部屋から下がらせた。
広い部屋には僕とジョーカーの二人だけになった。
この大きさの赤い玉が二つ……思い付くのはこれしかなかった。


「……もしかしてこの玉は魔女の瞳なのか?」


ジョーカーはピンポーンと言うと手からカラフルな紙吹雪を出して大はしゃぎした。
こいつの妙なテンションの高さは凄く苦手だ。


「詳しくは二千年前に、魔力のなかった人間に特殊能力を使って魔力を与えた最初の魔女の紅い瞳だ。魔女の特殊能力の対価は自らの命だ。それなのに…我々人間のために力を使ってくれたんだ。」

団員の前で魔女のことを罵りまくっていた口調とはまるで違う……
それどころか、ジョーカーは最初の魔女に敬意を払うかのように手を合わせて祈った。


「……魔女は極悪非道の魔物じゃなかったのか?」
「まーさか。烈士団が都合の良いように勝手に言ってるだけだ。本来魔女は女神のように優しい魔物だ。千年前の二番目の魔女も、人間を魔物から守るために命を落としてあの境目を築いてくれたんだ。」

ジョーカーは僕の胸に刺さったままだったガラスの棒を抜き取り、治癒魔法をして傷を塞いでくれた。



「勘違いするなよ。だからといって俺は魔女の味方ではない。」




古くからこの島には魔女の力を無にするなにかがあるとされていた。
そして十五年前にようやく、魔女封じの玉と呼ばれる赤い玉が発見されたのだという……
それは地下深くにある鮮やかに細工された石棺の中から見つかった。
簡単には見つけられないように、土と同化する魔法がかけられたそれは最初の魔女が眠るお墓だった。
魔女の体は長い年月により朽ち果てていて、二つの瞳だけが棺には残されていた………


当時の総長はテンチム校長から跡を継いだ三剣士の内の一人であるキングであった。
キングは人間の魔力が薄れてきたせいで烈士団の権力が弱体化していくことに苦慮《くりょ》していた。


「そしてキングの野郎はとんでもないことを思い付いた。この玉を一つ使って、二千年前と同じようにして強い魔力を持つ人間を人工的に創ろうとしたんだ。」

ジョーカーは感慨深く周りを見渡すと、両手を大きく広げた。

「まさにこの儀式の間に、十五年前百人もの奴隷の子供が集められた。そして…玉を細かく砕いて混ぜたオレンジジュースを全員に飲ましたんだ。始まりの儀式だと銘打ってな。」

ジョーカーの沈痛な横顔を通して、その当時の様子がありありと浮かんできた。
きっと子供達は喜んで飲んだのだろう。
ジュースなんて甘い飲みもの、初めてだっただろうから……


「……地獄絵図だった。それだけの犠牲を払っておいて、生き残って力を得たのはたった一人……たった一人だけだった。」




ジョーカーは親指を突き立て、黙って自分を指さした。




……えっ……


生き残ったのは…ジョーカー………?





「だが赤い玉は魔女の生き血の代わりにはならなかった。魔力は想像していた壮大な量には遠く及ばず、後世への受け継ぎも皆無《かいむ》。奴隷出身の失敗作のクズだなどと毎日罵倒されたよ…まがいものを創ったのは自分らのくせに。」

そこまで蔑《さげす》まれた目に会いながら、現在ジョーカーが烈士団のトップに君臨している。
それは彼の意地によるものなのだろうか。
それとも…目の前で亡くなっていった仲間に対する、彼なりの弔《とむら》いなのだろうか……

「少しお喋りが過ぎたな。どうだ、チンカスみたいな人生だろ?」

目の前に居るのは憎ぶべき相手であるのは変わらないのに、言いようのない雑念とした感情が湧き上がってきた……



「ああそうだ…質問されてたな。人の心は無くしたのかと。」


ジョーカーは僕を無造作に抱えると大理石の椅子に放り投げるようにして座らせた。




「そんな甘ったるいもんでこの世界が救えると思うかっ?境目だっていつ無くなるか分からない。子供の命がどうでもいいとは思わないっ……だかな、誰かがこの儀式を行わなければ全人類が地獄という言葉では表せられない世界の終わりを味わうことになるんだ!!」




ジョーカーは怒鳴るようにまくし立てると両手で顔を覆い、深いため息をついた。
その姿が僕には行き場のない悲しみを抱えて泣いているように見えた……


「一日だけ猶予を与える。このために集めた867人の子供を可哀想だと思うのなら、死ぬ気で魔女の記憶を呼び戻せ。」



そう言うと、僕を残して部屋から出て行った。













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