39 / 46
儀式
記憶の断片
しおりを挟む───── 次会った時は口にさせろ。
僕のおでこにキスをしてツクモはそう言った。
あの時の母と同じことをして……
母は僕のところに戻ってくることはなかった。
ツクモも…きっともうダメなんだと思った。
でもツクモは、ピンピンして僕の前に現れた。
そして涙が止まらない僕に約束してくれたんだ。
俺はずっとシャオンの側にいる。
シャオンを残してどこかに行くようなこと…もう二度としないから……って。
約束………
………したんだ────────
……ここは…どこだ?
いつの間に気を失ってたいたのだろうか……
瞼を開けるとたくさんの天窓からそそぐ眩い光が目に飛び込んできた。
壁には何枚もの白くて長い布が垂れ下がり、光に反射してヒラヒラと輝いていた。
硬い大理石の椅子に座っていた僕は、真っ白なドレスに着替えさせられていた。
こんなに胸元が大きくはだけた服なんて初めてだ。これでは胸のハートマークが丸見えになってしまう……
手で隠そうとしたら、母からもらったペンダントがなくなっていることに気付いた。
代わりに金属製の輪っかが首にはめられている……
中央にはジョーカーが手に持っていた魔女封じの玉が埋め込まれていた。
「お~いっ無理やり外そうとするな。爆発して首が吹っ飛ぶぞ?」
首輪に指をかけて引っ張っていたら、ジョーカーが垂れ下がる布をかき分けながら入ってきた。
背後には顔まで覆った真っ黒な甲冑を着た七人衆が控えていた。
ツクモの胸を刺した青いマントの男がいる……
今直ぐにでも殺してやりたいくらいなのに、手も足も、体中が異常なほど重たい。
椅子の左右には香炉が置かれていた。
この香りのせいなのだろうか……先程から僕の周りにだけ煙たいくらいにモウモウと充満していた。
「……ここは…どこだ?」
「本部の大聖堂にある儀式の間だ。今からここで“始まりの儀式”を執り行なう。」
……始まりの儀式?
その言葉に戸惑っていると、部屋に子供達が七人通されてきた。
みんな無表情で、横一列に並べられた椅子に静かに座った。
一体今からなにを始める気なのだろうか……
「魔力を持たない人間が魔力を得るための儀式だ。二千年前に魔女が人間に魔力を与えたのと同じことをする。」
そう言えばジョーカーはホールに集まった団員全員の前で、二千年前に魔女が自分に従順な人間にだけ魔力を与えたと言っていた。
それを僕にもやれというのか?
「悪いがそれは無理だ。僕には魔女の記憶がない。」
「そんなこたあ分かってる。あのリハンがかけたのだからちょっとやそっとじゃ解けないってこともな。」
ジョーカーはつかつかと僕の前までくると、胸の部分にあるハートを拳で強く叩いた。
その衝撃でウッと息が止まりそうになった。
「魔女の血だ。ここから流れ出る魔女の血を飲むと人は魔力を得られるんだ。」
僕の血で、魔力が───────……?
「ここ50年の間で人間の魔力は随分弱まってきた。この始まりの儀式を行うことで新たな“アダムとイブ”を誕生させる。」
僕にはそんな力があったんだ──────
だから烈士団は僕のことを捕まえようと、あれだけしつこく追い回してきたのか……
ジョーカーは先の尖った細いガラスの棒を取り出すと、胸のハートの部分にズブリと突き刺した。
あまりの痛さで声も出ないっ……
「アダムとイヴとは壮大な魔力を持ち、後世にも同等の魔力を受け継ぐことの出来る前身者だ。これからの人間にとって、必要不可欠な存在となる。」
ジョーカーがスローと唱えるとガラスの棒が空洞になり、先端から鮮やかな赤い血がドクドクと流れ落ちた。
ジョーカーはその血をピッチャーに集めると、小さなグラスに少しずつ注いだ。
グラスは全部で七つ。
七人衆がそれを受け取り、子供達の横に一人ずつ立った。
「飲ませろ。」
意識が混濁《こんだく》しているのだろうか……子供達は一切抵抗することなく、差し出されるがままに血の入ったグラスに口をつけた。
あの子達がそのアダムとイヴになるのか────
僕の血であの子達が強い魔力を得るのならばそれは喜ばしいことなのかも知れない。
何人の子供に血を与えることが出来るかは分からない。
でも……このまま血をしぼりとられて死んだとしても、一人でも多くの子供達の未来に繋がるのなら、僕が魔女として生まれてきた意味があったのかも知れない……
血を飲み干した全員が体勢を大きく崩し、床に転がって苦しみ始めた。
目を血走らせて喉を掻きむしり、体液を垂らしながら激しくのたうち回る姿に言葉を失った。
なん…なんだ、これは………?
一人、また一人と目の前で事切れていく。
「こりゃ全員ダメだな。片付けろ。」
なにを…なにを言っているんだ……?
僕の血を飲めば魔力を得られるんじゃないのか?!
七人衆が動かなくなった子供達を物でも扱うかのようにして隣の部屋へと運んでいった。
ジョーカーが低い声で、次のを呼べと支持を出した。
「待てジョーカー!これは一体どういうことだっ?!」
「適合者にだけ血を与えれる魔女の特殊能力とはわけが違うんだ。この儀式の場合多少の犠牲はやむを得ない。」
人魚の肉も不老不死になるといいながら人間には猛毒だった。大半はその毒にやられて死んでしまうと……
僕の血でも、全く同じことが起こるということか……?
また新しい子供達が横一列に並べられた椅子に座った。
「死ぬような儀式と分かっていてまだ続けるのか?!なにも悪いことはしていない子供なんだぞ!!」
「こいつらは世界各国から集められた奴隷だ。我々が守る価値などない。それが新たなアダムとイヴになるチャンスを与えられたのだ。とても光栄なことだろ?」
ジョーカーはまたスローと唱え、僕の鮮血をピッチャーに集めた。
血をしぼりとられる痛みで意識が飛びそうだ……
子供達の横にグラスを持った七人衆が立ち、ジョーカーの飲ませろという冷徹な声が響いた。
「ジョーカー止めろっ!!なぜ平気でこんな酷いことが出来るんだ?!貴様には人の心が無いのかっ!!」
ジョーカーに掴みかかろうとして立ち上がったとたん足がふらつき転んでしまった。
煙のせいで体が思い通りに動かせないっ……
突然ジョーカーがゲラゲラと笑い始めた。
この状況のどこに笑う要素があるというのだろうか……
気が狂ったかのように爆笑するジョーカーを呆然としながら見つめた。
「はぁー……心ね~。魔女ごときが偉そうに抜かしやがる。」
ジョーカーは床に伏したままの僕の髪を強く引っ張って頭を持ち上げると、首輪を指さした。
「それがなんだか、おまえには分かるか?」
なにって…僕にとっては忌々しいものでしかないのだが……
魔女封じの玉だと答えると、ジョーカーはそうじゃないと言って首を左右に振った。
「ヒント。元々は二つあった。」
ジョーカーは手で七人衆に指示を出し、子供も一緒に部屋から下がらせた。
広い部屋には僕とジョーカーの二人だけになった。
この大きさの赤い玉が二つ……思い付くのはこれしかなかった。
「……もしかしてこの玉は魔女の瞳なのか?」
ジョーカーはピンポーンと言うと手からカラフルな紙吹雪を出して大はしゃぎした。
こいつの妙なテンションの高さは凄く苦手だ。
「詳しくは二千年前に、魔力のなかった人間に特殊能力を使って魔力を与えた最初の魔女の紅い瞳だ。魔女の特殊能力の対価は自らの命だ。それなのに…我々人間のために力を使ってくれたんだ。」
団員の前で魔女のことを罵りまくっていた口調とはまるで違う……
それどころか、ジョーカーは最初の魔女に敬意を払うかのように手を合わせて祈った。
「……魔女は極悪非道の魔物じゃなかったのか?」
「まーさか。烈士団が都合の良いように勝手に言ってるだけだ。本来魔女は女神のように優しい魔物だ。千年前の二番目の魔女も、人間を魔物から守るために命を落としてあの境目を築いてくれたんだ。」
ジョーカーは僕の胸に刺さったままだったガラスの棒を抜き取り、治癒魔法をして傷を塞いでくれた。
「勘違いするなよ。だからといって俺は魔女の味方ではない。」
古くからこの島には魔女の力を無にするなにかがあるとされていた。
そして十五年前にようやく、魔女封じの玉と呼ばれる赤い玉が発見されたのだという……
それは地下深くにある鮮やかに細工された石棺の中から見つかった。
簡単には見つけられないように、土と同化する魔法がかけられたそれは最初の魔女が眠るお墓だった。
魔女の体は長い年月により朽ち果てていて、二つの瞳だけが棺には残されていた………
当時の総長はテンチム校長から跡を継いだ三剣士の内の一人であるキングであった。
キングは人間の魔力が薄れてきたせいで烈士団の権力が弱体化していくことに苦慮《くりょ》していた。
「そしてキングの野郎はとんでもないことを思い付いた。この玉を一つ使って、二千年前と同じようにして強い魔力を持つ人間を人工的に創ろうとしたんだ。」
ジョーカーは感慨深く周りを見渡すと、両手を大きく広げた。
「まさにこの儀式の間に、十五年前百人もの奴隷の子供が集められた。そして…玉を細かく砕いて混ぜたオレンジジュースを全員に飲ましたんだ。始まりの儀式だと銘打ってな。」
ジョーカーの沈痛な横顔を通して、その当時の様子がありありと浮かんできた。
きっと子供達は喜んで飲んだのだろう。
ジュースなんて甘い飲みもの、初めてだっただろうから……
「……地獄絵図だった。それだけの犠牲を払っておいて、生き残って力を得たのはたった一人……たった一人だけだった。」
ジョーカーは親指を突き立て、黙って自分を指さした。
……えっ……
生き残ったのは…ジョーカー………?
「だが赤い玉は魔女の生き血の代わりにはならなかった。魔力は想像していた壮大な量には遠く及ばず、後世への受け継ぎも皆無《かいむ》。奴隷出身の失敗作のクズだなどと毎日罵倒されたよ…まがいものを創ったのは自分らのくせに。」
そこまで蔑《さげす》まれた目に会いながら、現在ジョーカーが烈士団のトップに君臨している。
それは彼の意地によるものなのだろうか。
それとも…目の前で亡くなっていった仲間に対する、彼なりの弔《とむら》いなのだろうか……
「少しお喋りが過ぎたな。どうだ、チンカスみたいな人生だろ?」
目の前に居るのは憎ぶべき相手であるのは変わらないのに、言いようのない雑念とした感情が湧き上がってきた……
「ああそうだ…質問されてたな。人の心は無くしたのかと。」
ジョーカーは僕を無造作に抱えると大理石の椅子に放り投げるようにして座らせた。
「そんな甘ったるいもんでこの世界が救えると思うかっ?境目だっていつ無くなるか分からない。子供の命がどうでもいいとは思わないっ……だかな、誰かがこの儀式を行わなければ全人類が地獄という言葉では表せられない世界の終わりを味わうことになるんだ!!」
ジョーカーは怒鳴るようにまくし立てると両手で顔を覆い、深いため息をついた。
その姿が僕には行き場のない悲しみを抱えて泣いているように見えた……
「一日だけ猶予を与える。このために集めた867人の子供を可哀想だと思うのなら、死ぬ気で魔女の記憶を呼び戻せ。」
そう言うと、僕を残して部屋から出て行った。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
華都のローズマリー
みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。
新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!
悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~
オレンジ方解石
ファンタジー
恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。
世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。
アウラは二年後に処刑されるキャラ。
桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー
「ときめかない」ものなど捨てておしまいなさい
megane-san
ファンタジー
私、クリスティーナは、前世で国税調査官として残業漬けの日々を送っていましたが、どうやら過労でぶっ倒れそのまま今の世界に転生してきたようです。
転生先のグリモード伯爵家は表向きは普通の商会を営んでおりますが裏では何やら諜報や暗部の仕事をしているらしく…。そんな表と裏の家業を手伝いながら、前世で汚部屋生活をしていた私は、今世で断捨離に挑戦することにしたのですが、なんと断捨離中に光魔法が使えることが発覚!
魔力があることを国にバレないようにしながら、魔術師の最高峰である特級魔術師を目指します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる