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冒険者パーティー壊滅事件 File1
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――冒険者パーティー『七星の団』、任務失敗により壊滅――
その日、酒場は騒然とした。誰もがエールやバッカスといった酔いから覚めた。突如として告げられた報告により、飲んでいる場合ではなくなったのだ。
この酒場は冒険者や傭兵等のグループを組んで活動する者たちに、周囲から寄せられた悩める人々の依頼を斡旋するギルドを兼ねていた。故に彼らの酔いが覚めた原因は、仕事に関する物だった。
酒場では知らぬ者はいない看板ともいえるパーティーが壊滅したという報は、数日経った今も彼らに衝撃を与えた。
「しかしまだ信じられねぇ。『七星の団』が壊滅って、何があったんだよ?」
「どうも報酬のデカい依頼を受けて、その先の怪物にやられたって話だ。けど仕事のランクとしては似たような依頼を何度も受けてた筈だよな」
カウンター席で話す傭兵2人は、飲酒もそこそこに『七星の団』について語りあっていた。
本来であれば彼らにとって『七星の団』は商売敵のようなものだ。そして命を賭けた依頼をこなす者として、任務失敗による死はあって当然の出来事だ。にもかかわらず、彼らは『七星の団』達の死を悼んだ。
それは多くの依頼をこなし名声を上げ続けた『七星の団』が彼らにとって、誇りともいえる存在だったと言えた。彼らだけではなく、酒場に通う者たちの多くがそのように感じ、かつてのようなバカ騒ぎが未だ戻ってこずにいた。
「けどよ、ここ最近の『七星の団』って、何か妙じゃなかったか? 何がとは具体的には言えねぇんだけどよ」
「確かに……こう、口にしようとすると出てこなくなるような、何なんだろうなコレ」
傭兵2人は奇妙な感覚を抱く。『七星の団』の何が妙だったのか。喉まで出かかっているのだが口から出てこない。頭の中で整理しようにも出来ない。この感覚はいったい、と2人で首を傾げていた。
「失礼、今お時間よろしいですか?」
そこに見慣れない風貌の男が割って入った。身なりからして冒険者でも傭兵でもない。黒を基調とした正装らしき制服は、どこかの国の文官を想起させた。
見た目からして若くはないが年寄りという訳でもない。穏やかな物腰から悪意の類は感じられず、無害そうな男だった。その後ろには部下らしき女がいた。こちらは若く、手のひらに収まるサイズの紙を束にして所持していた。
となると気になるのは、この2人がどこの組織の所属かということ。服装のどこかに紋章でも入っていればと傭兵たちが身の回りを探ろうとした時、男の方から紋章入りの鞘を見せてくれた。
「私たち、こういう者でして」
「お、王立調査団ケントゥム!?」
真円の中央に2本の剣が十字に配置された紋章。それは大陸の中央に位置する王国の紋章の一部を象った物であり、王国直属の組織である証として知られている。
ケントゥムは王命により未開の地の開拓や世界各地の異変を調査する組織であるが、その調査結果は大陸の人々をいつも驚愕させてきた。大陸南方より鬱蒼と茂る密林の奥地に佇む遺跡から、長年悩まされていた病の治療法を彼らが発見したのは記憶に新しい。
今や伝説とも言える存在が目の前にいる。その事実に傭兵2人は驚愕を隠せなかった。
「先日壊滅した『七星の団』について調査に参りました。よければお話をお伺いしたいのですが」
「調査って……あいつらは単に任務に失敗して壊滅したんじゃないのか?」
「まだ何とも言えませんが、少なくとも本国はそう思っていないようですねぇ。壊滅した原因となった依頼を受けたことなのか、依頼に赴いて全滅してしまったことなのかは不明とのことですが、何やら得体の知れない違和感があるとのこと。我々の仕事は、その違和感の調査も兼ねているということです」
傭兵2人は目を合わせる。誤魔化そうとしていた得体のしれない違和感が、男の言葉で戻って来た。そして同時に、その感覚を抱いていたのが自分たちだけではないことに不気味さを覚えた。
「他の方にも聞き込みをしていたら、同様に違和感を抱いたという証言が多数ありまして……もしかすると、お2人もそうだったりしますでしょうか?」
男が傭兵2人に少し顔を近づける。無害そうでありながら気圧されてしまい2人は思わず肯定してしまうが、嘘ではないので問題はないだろうと思った。
「壊滅した彼らとは親しい仲だったと聞きましたが、どのようなご関係で?」
「あ、ああ。何度か協力関係になったことがある。人手が必要そうな依頼を一緒に受けて、報酬を山分けしたりな」
「あいつらは7人で俺たちは2人だってのに、報酬は半々にしてくれたよな。良い奴らだったぜ……」
男の背後で女が証言を記録している。他の者の証言もあの紙の束に書かれているのだろう。書き終えたところで、女が男の名前を呼び紙の内容を見せる。名前は耳に馴染みがないせいか上手く聞き取れなかった。
「7人……ですか。妙ですねぇ。彼らが依頼を受けた際、メンバーの人数は4人だったと受付から聞きました。他の3人はどうしたのでしょう?」
傭兵2人は目を見開く。口から出かかっていたものが少し出てきた気分だった。
「4人!? んなバカな! あいつらはいつも7人で行動してた。人数が欠けてんのにいつも通りの依頼を受けたら苦戦するに決まってる!」
「だな! 何で今まで気づかなかったんだ。妙な違和感の正体はこれか!」
「なるほど、ではメンバーにいなかった3人についてお聞きしたいのですが……」
その後、傭兵2人は水を得た魚の如くスラスラと答えた。その証言を男が聞き、女が記録する。一通り聞き終わって彼らが酒場を出るころには、傭兵2人の表情は外まで見送ってくれる程にスッキリとしていた。。
酒場を出て大通りを歩く男と女は、他の通行人と比較しても目立つ服装だった。高貴とまではいかないが、この町の人々がすれ違うたびに彼らを振り向くほどには綺麗だった。
腰にかけている剣の鞘に刻印された紋章を見た誰かが、2人の正体に気づいてから更にざわめきが強くなった。尤も話しかけようとする者もいないのだが。
「あの、ロクドウさん。やっぱりこんな堂々と歩いていたら目立ってしまうのでは……」
「いやいや、別に悪いことをしている訳ではないのですし。コソコソと歩いていては却って目立ちます。往来で堂々と強盗に走ろうとする輩がいるほど、治安が悪い訳でもなさそうですしねぇ」
そう言って構わず歩みを進める男、ロクドウ。その向かう先は町の出口。集めた証言を元に新たな手掛かりを求めて町を出るつもりだ。
が、ロクドウはふらふらと道すがらの露店へと足を運ぶと、2人分のパンを購入する。そして1つを相方である女に渡し、歩きながら食べ始めた。
「も~ロクドウさん、また買い食いなんかして! さっき酒場でもパイを食べてたじゃないですか!」
「いやぁ、すみませんねぇアンさん。実は出立前に食事をとり損ねてしまいまして。周囲の冒険者たちの様子を見がてら木苺入りのパイを頼んだものの、足りなかったみたいでして」
アンと呼ばれた女は貰ったパンを口にはせず、呆れながら懐にしまう。既に満腹なので道中に小腹が空いたら食べるつもりだ。
「それよりも初仕事の感覚はどうです? 聞き込みばかりで退屈だとか思っていませんか?」
「あ、いえ、そんな事は。多少迅速さに欠けるとは思いますけど……」
アンは不意に図星を突かれ言葉を濁してしまう。ロクドウもその様子に軽く笑うばかりで、怒っている訳ではないらしい。
というより、アンはロクドウが怒っている様を見たことが無かった。
「まぁ、捜査なんてこんな物です。ある程度は地道に足を使うしかありません。もっとも、移動に関しては楽をさせて頂きますがね」
出入り口である町の門を抜けて、人気のない近場の森まで足を運ぶ。周囲に人がいないことを確認し、ロクドウは聞き取れないほどの小声で何かを口にする。
すると淡い光がロクドウとアンを包み、一瞬にして2人の姿が消滅した。その様子を見た者は誰もいない。
周囲は突如として暗闇となった。ロクドウとアンの身を隠していた木々も、町を囲っていた防壁も全て消滅した。しかし、実際にあの場から消滅したのは2人の方だ。街はずれの森からこの暗闇へと移動したのだ。
上を見上げると星空のような無数の光が見えるが、実際の星空ではない。完全に暗闇では発狂しだす者がいるからという、この移動手段の設計者による配慮にすぎない。
長距離移動空間術『リガディ』。文字通り長距離を移動するための手段として作られた術であり、この空間にいるだけで何もせずとも暫くの時間が経過すると目的地へと到着するという代物である。
途轍もない術だが特別な力というわけではなく、ロクドウとアンの所属する組織から支給されたものに過ぎない。だがあの町に住む人々に認知されているわけでもないので、余計な騒ぎを避けるため人目に付かずに行使する必要があるというだけのことだ。
そこさえ気を付ければ利便性は計り知れない。外部との接触を一切絶ち、実際に歩いたりする必要なく目的地へと移動できるなど、移動手段が限られた世界においては夢のような力だ。目的地に到着するまでの時間がそれなりにあって退屈であるという点を除けばだが。
「さて、到着するまでに集めた情報を整理するとしましょう」
ロクドウに言われ、アンは懐にしまった紙の束を取り出す。酒場で聞き取りをした結果、色々な情報が集まった。整理し終わる頃に到着していることを願う。
「壊滅したのは、この町のギルドの看板である冒険者パーティー『七星の団』。彼らは総勢7人パーティーですが、死亡したのは4人。前衛職のリーダー、ウーノ。中衛職の強化呪文担当、ドゥヴァー。後衛職の回復呪文担当、テトラ。前・中衛職の遊撃担当、ゼクス」
「ふむ、そこだけ聞くと彼らだけでもバランスが良いパーティーですねぇ」
「彼らと親しかった傭兵2人の証言によると残りの3人は、リーダーと同じく前衛職のクワトロ。中・後衛職の射撃担当、トレース。それと非戦闘員の補給物資担当、ゼロ。とのことです。皆、ここ最近顔を見ない人達だそうですね」
「ギルドの受付の人によると、彼らはそれぞれの理由で団を抜けたとのことです。抜けた理由は不明ですが、補充の人員を入れることなく7人いた時と同じ難度の依頼を受けたのは、いささか妙と言えるでしょう」
『七星の団』はその名前の通り、7人パーティーで常に依頼を受けていた。人員の変更は何度かあったが、いつも7人揃ってから行動していた。
3人の欠けがあった状態で依頼を受けたのが、彼らが壊滅した依頼が最初で最後だったそうだ。
「3人いない状態でも遂行出来るという慢心があったのか、それとも人数が欠けた状態でも依頼を受けなきゃならないほど逼迫した事情があったのでしょうか」
「その辺に関しては情報不足ですねぇ。その辺りも彼らに詳しく伺ってみましょう」
アンは紙束に書いた生存した3人の内、一番上にある名前に目をやった。この空間に入ってすぐロクドウが指定した行き先は、その名前の持ち主の現住所だ。
「まずはこちらの前衛職の方から。連絡先を酒場の方が知っていて良かったですねぇ」
ロクドウは予めギルドから頂戴した飲み物を飲む。この緊張感のない語り方に、アンはどうにも慣れないでいた。
この先は『リガディ』による到着の合図を待つだけだ。普通に移動すれば数日かかるところを数時間で行けるというのは便利ではあるのだが、それでもやはり長い。なので『リガディ』の使用には暇つぶしの手段を予め用意しておくのが鉄則であり、アンとしても今のうちにロクドウに色々と質問すべきと考えていた。
「ところでロクドウさん、彼らの死に作為的な物があったとして……これは彼らの犯行なのでしょうか?」
「さて、今のところは何とも。ですが我らが出動するということは、可能性は高いと言えるでしょう。もし、そうだとしたら一般的な捜査は意味を成しません。何故なら彼らは、基本的に何でもアリだからです」
それは物の例えでも誇張表現でもない。自分たちが追う存在とは、犯罪捜査にあたって重要な要素と言える『5W1H』の殆どを無視するのだ。
いつ、どこで、誰が、何を、どうやって、何故行ったのか。それらを組み合わせて犯人を探り当てるといった方法が通用しない。一般人に手に負える存在ではない。そんな相手をロクドウとアンは追っている。完全犯罪し放題な存在をである。
「彼らを探り当てるのに重要なのは1Wのみ。What……『何が』おかしいのか、です」
「……そうは言いますけど、これから初めて会いに行く相手の何がおかしいのかなんて、どうやって見抜くんでしょうか?」
新人であるアンは上司からロクドウと組むよう指示を受けて今回が初の仕事となるわけだが、この緊張感のないロクドウがその道のベテラン捜査員であるという評判を、アンは未だに信じられずにいた。
「経験則ではありますが、彼らは何でもアリであるが故の弱点もあります。何でもアリだから応用……いえ、横着をする時があるのです。そこを見つけるのが捜査の鍵となります」
「横着、ですか」
「ええ。例えば、日常生活とかにね」
その日、酒場は騒然とした。誰もがエールやバッカスといった酔いから覚めた。突如として告げられた報告により、飲んでいる場合ではなくなったのだ。
この酒場は冒険者や傭兵等のグループを組んで活動する者たちに、周囲から寄せられた悩める人々の依頼を斡旋するギルドを兼ねていた。故に彼らの酔いが覚めた原因は、仕事に関する物だった。
酒場では知らぬ者はいない看板ともいえるパーティーが壊滅したという報は、数日経った今も彼らに衝撃を与えた。
「しかしまだ信じられねぇ。『七星の団』が壊滅って、何があったんだよ?」
「どうも報酬のデカい依頼を受けて、その先の怪物にやられたって話だ。けど仕事のランクとしては似たような依頼を何度も受けてた筈だよな」
カウンター席で話す傭兵2人は、飲酒もそこそこに『七星の団』について語りあっていた。
本来であれば彼らにとって『七星の団』は商売敵のようなものだ。そして命を賭けた依頼をこなす者として、任務失敗による死はあって当然の出来事だ。にもかかわらず、彼らは『七星の団』達の死を悼んだ。
それは多くの依頼をこなし名声を上げ続けた『七星の団』が彼らにとって、誇りともいえる存在だったと言えた。彼らだけではなく、酒場に通う者たちの多くがそのように感じ、かつてのようなバカ騒ぎが未だ戻ってこずにいた。
「けどよ、ここ最近の『七星の団』って、何か妙じゃなかったか? 何がとは具体的には言えねぇんだけどよ」
「確かに……こう、口にしようとすると出てこなくなるような、何なんだろうなコレ」
傭兵2人は奇妙な感覚を抱く。『七星の団』の何が妙だったのか。喉まで出かかっているのだが口から出てこない。頭の中で整理しようにも出来ない。この感覚はいったい、と2人で首を傾げていた。
「失礼、今お時間よろしいですか?」
そこに見慣れない風貌の男が割って入った。身なりからして冒険者でも傭兵でもない。黒を基調とした正装らしき制服は、どこかの国の文官を想起させた。
見た目からして若くはないが年寄りという訳でもない。穏やかな物腰から悪意の類は感じられず、無害そうな男だった。その後ろには部下らしき女がいた。こちらは若く、手のひらに収まるサイズの紙を束にして所持していた。
となると気になるのは、この2人がどこの組織の所属かということ。服装のどこかに紋章でも入っていればと傭兵たちが身の回りを探ろうとした時、男の方から紋章入りの鞘を見せてくれた。
「私たち、こういう者でして」
「お、王立調査団ケントゥム!?」
真円の中央に2本の剣が十字に配置された紋章。それは大陸の中央に位置する王国の紋章の一部を象った物であり、王国直属の組織である証として知られている。
ケントゥムは王命により未開の地の開拓や世界各地の異変を調査する組織であるが、その調査結果は大陸の人々をいつも驚愕させてきた。大陸南方より鬱蒼と茂る密林の奥地に佇む遺跡から、長年悩まされていた病の治療法を彼らが発見したのは記憶に新しい。
今や伝説とも言える存在が目の前にいる。その事実に傭兵2人は驚愕を隠せなかった。
「先日壊滅した『七星の団』について調査に参りました。よければお話をお伺いしたいのですが」
「調査って……あいつらは単に任務に失敗して壊滅したんじゃないのか?」
「まだ何とも言えませんが、少なくとも本国はそう思っていないようですねぇ。壊滅した原因となった依頼を受けたことなのか、依頼に赴いて全滅してしまったことなのかは不明とのことですが、何やら得体の知れない違和感があるとのこと。我々の仕事は、その違和感の調査も兼ねているということです」
傭兵2人は目を合わせる。誤魔化そうとしていた得体のしれない違和感が、男の言葉で戻って来た。そして同時に、その感覚を抱いていたのが自分たちだけではないことに不気味さを覚えた。
「他の方にも聞き込みをしていたら、同様に違和感を抱いたという証言が多数ありまして……もしかすると、お2人もそうだったりしますでしょうか?」
男が傭兵2人に少し顔を近づける。無害そうでありながら気圧されてしまい2人は思わず肯定してしまうが、嘘ではないので問題はないだろうと思った。
「壊滅した彼らとは親しい仲だったと聞きましたが、どのようなご関係で?」
「あ、ああ。何度か協力関係になったことがある。人手が必要そうな依頼を一緒に受けて、報酬を山分けしたりな」
「あいつらは7人で俺たちは2人だってのに、報酬は半々にしてくれたよな。良い奴らだったぜ……」
男の背後で女が証言を記録している。他の者の証言もあの紙の束に書かれているのだろう。書き終えたところで、女が男の名前を呼び紙の内容を見せる。名前は耳に馴染みがないせいか上手く聞き取れなかった。
「7人……ですか。妙ですねぇ。彼らが依頼を受けた際、メンバーの人数は4人だったと受付から聞きました。他の3人はどうしたのでしょう?」
傭兵2人は目を見開く。口から出かかっていたものが少し出てきた気分だった。
「4人!? んなバカな! あいつらはいつも7人で行動してた。人数が欠けてんのにいつも通りの依頼を受けたら苦戦するに決まってる!」
「だな! 何で今まで気づかなかったんだ。妙な違和感の正体はこれか!」
「なるほど、ではメンバーにいなかった3人についてお聞きしたいのですが……」
その後、傭兵2人は水を得た魚の如くスラスラと答えた。その証言を男が聞き、女が記録する。一通り聞き終わって彼らが酒場を出るころには、傭兵2人の表情は外まで見送ってくれる程にスッキリとしていた。。
酒場を出て大通りを歩く男と女は、他の通行人と比較しても目立つ服装だった。高貴とまではいかないが、この町の人々がすれ違うたびに彼らを振り向くほどには綺麗だった。
腰にかけている剣の鞘に刻印された紋章を見た誰かが、2人の正体に気づいてから更にざわめきが強くなった。尤も話しかけようとする者もいないのだが。
「あの、ロクドウさん。やっぱりこんな堂々と歩いていたら目立ってしまうのでは……」
「いやいや、別に悪いことをしている訳ではないのですし。コソコソと歩いていては却って目立ちます。往来で堂々と強盗に走ろうとする輩がいるほど、治安が悪い訳でもなさそうですしねぇ」
そう言って構わず歩みを進める男、ロクドウ。その向かう先は町の出口。集めた証言を元に新たな手掛かりを求めて町を出るつもりだ。
が、ロクドウはふらふらと道すがらの露店へと足を運ぶと、2人分のパンを購入する。そして1つを相方である女に渡し、歩きながら食べ始めた。
「も~ロクドウさん、また買い食いなんかして! さっき酒場でもパイを食べてたじゃないですか!」
「いやぁ、すみませんねぇアンさん。実は出立前に食事をとり損ねてしまいまして。周囲の冒険者たちの様子を見がてら木苺入りのパイを頼んだものの、足りなかったみたいでして」
アンと呼ばれた女は貰ったパンを口にはせず、呆れながら懐にしまう。既に満腹なので道中に小腹が空いたら食べるつもりだ。
「それよりも初仕事の感覚はどうです? 聞き込みばかりで退屈だとか思っていませんか?」
「あ、いえ、そんな事は。多少迅速さに欠けるとは思いますけど……」
アンは不意に図星を突かれ言葉を濁してしまう。ロクドウもその様子に軽く笑うばかりで、怒っている訳ではないらしい。
というより、アンはロクドウが怒っている様を見たことが無かった。
「まぁ、捜査なんてこんな物です。ある程度は地道に足を使うしかありません。もっとも、移動に関しては楽をさせて頂きますがね」
出入り口である町の門を抜けて、人気のない近場の森まで足を運ぶ。周囲に人がいないことを確認し、ロクドウは聞き取れないほどの小声で何かを口にする。
すると淡い光がロクドウとアンを包み、一瞬にして2人の姿が消滅した。その様子を見た者は誰もいない。
周囲は突如として暗闇となった。ロクドウとアンの身を隠していた木々も、町を囲っていた防壁も全て消滅した。しかし、実際にあの場から消滅したのは2人の方だ。街はずれの森からこの暗闇へと移動したのだ。
上を見上げると星空のような無数の光が見えるが、実際の星空ではない。完全に暗闇では発狂しだす者がいるからという、この移動手段の設計者による配慮にすぎない。
長距離移動空間術『リガディ』。文字通り長距離を移動するための手段として作られた術であり、この空間にいるだけで何もせずとも暫くの時間が経過すると目的地へと到着するという代物である。
途轍もない術だが特別な力というわけではなく、ロクドウとアンの所属する組織から支給されたものに過ぎない。だがあの町に住む人々に認知されているわけでもないので、余計な騒ぎを避けるため人目に付かずに行使する必要があるというだけのことだ。
そこさえ気を付ければ利便性は計り知れない。外部との接触を一切絶ち、実際に歩いたりする必要なく目的地へと移動できるなど、移動手段が限られた世界においては夢のような力だ。目的地に到着するまでの時間がそれなりにあって退屈であるという点を除けばだが。
「さて、到着するまでに集めた情報を整理するとしましょう」
ロクドウに言われ、アンは懐にしまった紙の束を取り出す。酒場で聞き取りをした結果、色々な情報が集まった。整理し終わる頃に到着していることを願う。
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「ギルドの受付の人によると、彼らはそれぞれの理由で団を抜けたとのことです。抜けた理由は不明ですが、補充の人員を入れることなく7人いた時と同じ難度の依頼を受けたのは、いささか妙と言えるでしょう」
『七星の団』はその名前の通り、7人パーティーで常に依頼を受けていた。人員の変更は何度かあったが、いつも7人揃ってから行動していた。
3人の欠けがあった状態で依頼を受けたのが、彼らが壊滅した依頼が最初で最後だったそうだ。
「3人いない状態でも遂行出来るという慢心があったのか、それとも人数が欠けた状態でも依頼を受けなきゃならないほど逼迫した事情があったのでしょうか」
「その辺に関しては情報不足ですねぇ。その辺りも彼らに詳しく伺ってみましょう」
アンは紙束に書いた生存した3人の内、一番上にある名前に目をやった。この空間に入ってすぐロクドウが指定した行き先は、その名前の持ち主の現住所だ。
「まずはこちらの前衛職の方から。連絡先を酒場の方が知っていて良かったですねぇ」
ロクドウは予めギルドから頂戴した飲み物を飲む。この緊張感のない語り方に、アンはどうにも慣れないでいた。
この先は『リガディ』による到着の合図を待つだけだ。普通に移動すれば数日かかるところを数時間で行けるというのは便利ではあるのだが、それでもやはり長い。なので『リガディ』の使用には暇つぶしの手段を予め用意しておくのが鉄則であり、アンとしても今のうちにロクドウに色々と質問すべきと考えていた。
「ところでロクドウさん、彼らの死に作為的な物があったとして……これは彼らの犯行なのでしょうか?」
「さて、今のところは何とも。ですが我らが出動するということは、可能性は高いと言えるでしょう。もし、そうだとしたら一般的な捜査は意味を成しません。何故なら彼らは、基本的に何でもアリだからです」
それは物の例えでも誇張表現でもない。自分たちが追う存在とは、犯罪捜査にあたって重要な要素と言える『5W1H』の殆どを無視するのだ。
いつ、どこで、誰が、何を、どうやって、何故行ったのか。それらを組み合わせて犯人を探り当てるといった方法が通用しない。一般人に手に負える存在ではない。そんな相手をロクドウとアンは追っている。完全犯罪し放題な存在をである。
「彼らを探り当てるのに重要なのは1Wのみ。What……『何が』おかしいのか、です」
「……そうは言いますけど、これから初めて会いに行く相手の何がおかしいのかなんて、どうやって見抜くんでしょうか?」
新人であるアンは上司からロクドウと組むよう指示を受けて今回が初の仕事となるわけだが、この緊張感のないロクドウがその道のベテラン捜査員であるという評判を、アンは未だに信じられずにいた。
「経験則ではありますが、彼らは何でもアリであるが故の弱点もあります。何でもアリだから応用……いえ、横着をする時があるのです。そこを見つけるのが捜査の鍵となります」
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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