【完結】忘れられた妻はこ草原の鷹にからめ取られる

文野さと@書籍化・コミカライズ

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43 決意と思惑 3

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 器用な指先が次々に胸のボタンを外していく。
 コルセットをつけないミザリーの胸は、下着を退ければ、すぐに乳房があらわになる。
「ユール! お願い! これ以上は!」
 ミザリーの嘆願に、ユルディスは優しい口づけで応じた。
「あなたが本当に困るようなことは、絶対にしない。俺は待つことには慣れている。ただ、心ゆくまであなたの肌を味わいたい」
 唇をこすり合わせながらそういうと、彼はそのままミザリーの肌を伝い、緊張で震えている胸の蕾をくるりと舐めた。
「んっ!」
「……甘い」
 ユルディスの愛撫は口づけと同じく、執拗しつようで巧みだった。ほのかに色づいた胸の頂をねぶり、吸い、軽く噛む。その度にミザリーの腰は跳ねそうになるが、長い腕ががっしり巻きつていて、動くことすら叶わない。
「ユ……ユール、も……許して」
「その声が聞きたかった……俺のためにもっといてくれ……」
 ミザリーの嘆願も、愛撫に熱中する男をあおるだけだ。すでに両の肩も、乳房も曝け出され、好きなように翻弄されている。
 体液で濡れた部分が部屋の湿った空気にさらされているのに、男から与えられる熱で冷たさの欠片も感じられない。
 それどころか、自分の中からも奇妙な熱が湧き起こってくるのだ。

 お腹の下が熱い……とても熱いわ!

 ミザリーとてすでに乙女しょじょではないから、この先の男女が何をするのか知っている。
 ルナールとの最初の閨は、ミザリーが不慣れだったのと、ルナールが義務感で行ったのとで、あっけないほど淡白に終わった。
 彼がミザリーを信頼し始めてからは少し変わったが、当時のミザリーに、女性としての魅力をそれほど感じていなかったルナールは、情熱的に触れ合うことはなかったのだ。そしてミザリーもそれが普通だと思っていた。
 なのに、今のこの濃密な行為は──。
 唇も、首も、肩も、乳房も味わい尽くすように触れられている。ざらついた唇、固い掌、しっとりとした皮膚によって。
「ああっ!」
 きつく吸われて体が大きくつっぱる。こんなことは初めてだった。

 たったこれだけ触れただけで、いったのか……?
 なんて感じやすい体だ……弾力のある滑らかな肌、柔らかくて抱き心地のいい肉。
 ああ、この肉が欲しい! 湿ったきつい隧道ずいどうに己の雄を突き立てたい!
 この体を最初にほふったあいつルナールが憎い。
 殺してやりたいくらいに。

 しかし、ユルディスから出た言葉は、想いとは真逆のものだった。
「ミザリー、大丈夫ですか?」
「え? ええ……」
 自分の腕の中で悩ましい吐息をこぼすミザリーを見て、ユルディスの雄は、もうはち切れそうだった。
 半身は全てあらわになって、彼の塗りたくった体液で濡れている。
「これ以上は耐えます……でも……もし、して欲しければ言って!」
「いいえ!」
 なんとか絞り出した声で、ミザリーは首を振った。
「……確かに。これ以上進めば、俺も限界を超えてしまう。おきてを破ってでも」
「おきて?」
 グレイシアでは聞きなれない言葉だ。
「俺の故郷にはいくつか決まり事があって、決して不合理なものではなく、いずれも生き残るために必要なのですが」
 ミザリーを抱き込んだまま、ユルディスは話し続ける。そうすることで自分を鎮めようとしているのだ。
「この国ではほぼ全ての掟は無効だ。けど、どうしても破れない、破ってはいけないものが一つだけあった……俺も結局は草原の男ということか……だが、これはあなたを守るものでもあるからだ」
 ユルディスはそう言って、名残惜しそうに体を離した。手を伸ばしたところに濡らした布がある。
「これで体を拭いてください」
「……」
 周到すぎる。
 つまり、ユルディスは最初からミザリーを、この部屋に連れ込むつもりだったのだ。彼には執務室でどんな話をされているのか、大方予想はついていたのかもしれなかった。
 ミザリーが体を拭きながら、薄闇に慣れてきた目で辺りを見ると、この部屋は使われていない保管庫のようで、古い地図や書類などが置かれている。
 ミザリーは、エルトレー家の古い記録にはさぼど興味がなかったので、今まで放っておいたが、目立ったほこりもなく、綺麗に整頓されているところを見ると、ユルディスの仕事に違いない。

 今まで保管庫には入ったことがなかったけど、こんな部屋があったのね。

 ミザリーはようやく冷えてきた頭で考えた。
「ねぇユルディス?」
 振り向くと、こちらに背中を向けていたユルディスが大きく肩で息をしていた。
「どうしたの?」
「どうもしやしません。自分を慰めていただけです。あなたに触れた後はいつもこうだ」
 彼は大きな吐息をもらすと、振り向かないまま言った。
「もっとも毎晩、あなたを抱く夢を見ているから、いつもそうだが」
「ごめんなさい。随分無理をさせているのね」
「全くだ。以前はそれも愉悦の内だったのですが、自分でも驚いています。自分が被虐趣味かと思えるくらいに」
「え? ひぎゃく?」
「いいから、それを貸して!」
「あ……はい。どうぞ」
 ミザリーが布を渡すと、ユルディスは俯いてごそごそしていたが、やがて布を捨てるとゆらりと立ち上がった。
 振り向いた様子は、もう普段と少しも変わらない。
「……まったく。どうしようもない」
「え?」
「俺のことです。あなたが絡むと、どうもいけない。こんな姿を兄に見られたら」
「そういえば、お兄さんがいるのだったわね」
「ええ。長男は亡くなったので、今は八つ上の次兄が後取りです」
「まぁ……そうだったの。そのぅ……ユールはいつか故郷に帰るの?」
 ミザリーは思い切って尋ねたのだが、ユルディスの答えはそっけないものだった。
「そのうち帰ります。さぁ、後ろを向いて」
「どうして?」
「髪を整えます。そのままでも充分魅力的ですが」
「……あ」
 乱れたのはミザリーだけではなく、結った髪も大変なことになっていたようだ。確かにこんな姿を人に見られたら大変だ。
 ミザリーは大人しく後ろを向いて、ユルディスの器用な指先が整えてくれるのを待った。
「こんな部屋があったのね」
「この家の先祖が記録したものが集められた部屋ですね。誰も注意を払いません」
「だからここを使ったの?」
「まぁね。誰も入ってこない場所を確保したかったから。でも、私は以前からこの部屋を使っていましたよ。古い記録を読むのが好きだったから。でも、話はここまでだ」
 あっという間に、ミザリーの髪は元通りの形になっていた。
「立ってください」
 ミザリーが立ち上がると、ユルディスも前に立った。自然に顎が上がる。あらためて彼の背が高く、姿形が整っていることにミザリーは気がついた。
「え?」
 突然ユルディスは、ミザリーの左手をすくい上げると腰を落とし、その手を自分の額に押し戴いた。
「……ユール? なにを?」
「我が名は、ユルディス・シャキーム」
 額に当てた手は、掌と手の甲に口づけされる。
 それから彼は言った。
「カドウィン族長バルイシュ・クーガ・シャキームの三男にして、鷹の名を受け継ぐ者。草原の風の神、鷹の名において、ミザリー・グリンフィルド、あなたを妻に迎えたい」


     *****


被虐趣味とはM属性のことね。
妻鷹、9月上旬に完結予定!
ランキングなどには無縁の作品ですが、最後までどうぞ応援をしてください。
ご新規さん、きて欲しいなぁ(無力)。
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