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45 こころの形 2
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「ミザリー様、少しお話があるのです。よろしいですか?」
ミザリーの居間に顔を出したのは、クレーネだった。
「まぁ」
昼食を終えたミザリーは、午後の服に着替え、身なりを整えたばかりだった。彼女の常で、昼食の給仕をしたり、着替えを手伝う者がいない。ミザリーがあまり世話を焼かれたくないのと、朝晩忙しい召使いたちに休みを与えるためである。
クレーネはそこに顔を出したのだ。
「午後の仕事の前でいいのなら」
「ありがとうございます。いつもこの時間は庭へ行かれますよね?」
「ええ。温室に行くのですが、道すがら話してもかまいませんか?」
「温室? ぜひ見てみたいですわ」
「いいですが、少し匂いがきついですよ。体に障りませんか?」
「大丈夫です。私の悪阻は軽かったし、もうそんな時期でもないですし」
「なら参りましょう。冬には良い香草ができるのですよ。クレーネさんにも見てもらいたいわ。これからはあなたにも関わりができるかもしれない」
「……ええ」
温室ではケイトが、大きなエプロンをつけて、脚立に登っていた。
束ねた香草を吊るしているのだ。そばで少女が二人手伝っていた。最近雇い入れた使用人だが、ケイトが熱心に仕込んでいる。
「ケイト、こんなお昼間に精が出るわね」
「あっ! ミザリー様!」
ケイトが丁寧にお辞儀をするのを見て、慌てて二人の少女もそれを真似た。それが可愛くて、ミザリーは思わず微笑んでしまう。
「あなたたちもご苦労様。厨房でお菓子をもらってきなさい。私からといえばいいわ」
「あっ! ありがとうございます!」
少女たちはもう一度ぺこりとじぎをすると、仲良く走って行った。
「ミザリー様、今日のご用事は?」
「クレーネさんが温室を見たいとおっしゃって」
「そうですか。一体なにが見たいんです?」
ケイトはぶっきらぼうにクレーネに尋ねた。
「今吊ってる草はなに?」
クレーネも負けじと横柄に言い返す。
「これはアーゾフの葉です。茎には棘がありますが、葉っぱだけすりつぶしてひき肉と混ぜたら、臭みが取れて良い香りが出ます」
「へぇ~、こっちは?」
長身のクレーネは高いところに吊ってある、様々な香草を珍しそうに見て歩いた。
「ティミル。果汁に入れて清涼感を出します」
「よく勉強しているわね、ケイト」
「ミザリー様の貸してくださった、絵入りの本を繰り返し読んでますから! あと出入りの商人さんたちとも仲良くなっていますし」
「そう。ケイト、お仕事の手を止めて申し訳ないけど、私たちにお茶を持ってきてくれるかしら? 暖かいからここで頂きたいの」
「それは……かまいませんけど……」
ケイトは脚立を片づけながら言った。
ケイトは慕わしい女主が、もうすぐこの屋敷を去ってしまうことに心を痛めているのだ。そして突然やってきたクレーネには反発を感じている。
「お二人で、大丈夫ですか?」
ケイトはミザリーだけに聞こえるように言った。
「何も心配はないわ。少しお話をするだけよ」
「ではすぐに持って参ります。お気をつけくださいね!」
「……もう誰もいませんよ」
ミザリーはクレーネの背中に声をかけた。
北国出身の彼女の色素は薄く、乾いた薬草の色合いに溶け込んでいる。振り向いた彼女は笑っていた。
「私に用があるのでしょう?」
「……ええ」
「お茶が来る前に、言った方がいいのでは?」
ミザリーは、黄色い花をつけた小さな鉢を覗き込みながら言った。
「そうですね。では申します。ミザリー様、ルナール様と別れても、エルトレー家で働いてもらえませんか? 当分はこのお屋敷で。色々軌道に乗ってから領地に行ってもらえるとありがたいです」
「……」
一呼吸置いて、ミザリーが手にした鉢を棚に戻す。
「なぜ?」
「だって、ミザリー様がこの家のお金の管理をしているのでしょう? 子爵様も奥様も、ミザリー様がいなくなると困ると思うのです。だからあのお爺さん……ピエールさんって言ったかしら? あの人の代わりに執事になればいいと私は思ったのです。お爺さんはもう引退するって言ってたし、執事は必要でしょ?」
「執事に」
「そうですよ。ミザリー様だって、都で暮らしたいでしょう? あなたも田舎の出身だって聞きました」
「クレーネさん。あなたなら、離縁した夫の家の執事になりたいと思いますか?」
「私は貧しい土地で育ちました。ルナール様を奪ってしまったことは悪いと思いますけど、それもみんな貧しかったからです。生きていくのに、子どもを育てるのに必要なら、私はなんだってします。ミザリー様は違うのですか?」
「……少し違います」
ミザリーは少し考えてから言った。
「私は貧しくても、私らしく生きたいです」
「それは本当の貧しさを知らないからです。だからそんな綺麗事を言えるのです」
「そうかもしれません。確かに、貧しいならどんな仕事でもして、なんでもする気持ちはわかります。でもね」
「……なに?」
「私は自分で道を切り開いてきたし、もう恋に憧れる女の子でもないわ。だからね、クレーネさん」
ミザリーはクレーネの前に歩み出た。クレーネより背が低いが、その足取りに迷いはない。彼女を見つめる灰色の瞳の光は強かった。
「な、なんなのよ?」
「私、こんな家はもう要らないの」
ミザリーは多肉植物のすべすべした葉を撫でた。
「私が得た知識と経験は、これからは私のために使いたいの。それに出会った人たちも」
「あんたって……薄情なのね」
「そうかもしれない」
「もともとルナール様に愛されてなかったからよね。そんなに冷たくできるのは」
「冷たいとは思わないわ。私なりにこの家にも、ルナール様にも尽くしてきたつもり。でももう、私の心は自由だわ」
「な、なによ! あんたが私をいじめたって、ルナール様に言ってやる!」
「お好きに」
「私を馬鹿にしてるのね。せっかくルナール様のそばにいていいって、情けをかけてやったのに! 身一つで追い出されるがいいわ!
そう言うと、クレーネは棘のあるアーゾフの束を引っつかみ、自分で自分の頬や手をたたいた。
「あっ! 何をするのです!」
「あなたがしたのよ!」
クレーネは握っていた香草の束をミザリーに投げつけた。
「痛い! 何をするの!? 誰か助けてぇ!」
クレーネが悲鳴を上げる。
「ミザリー様!」
飛び込んできたのはユルディスだった。
「ケイトがすぐ温室へ行けと! この女が何かしましたか?」
「ミザリー様が、私を棘のある草でぶったんですわ!」
クレーネはユルディスを見て、一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに泣き声を上げた。
「嘘をつくな、女! 何をした!」
「されたのは私じゃないの! ミザリー様にこの家に残らないかって聞いたら、急に怒り出しちゃって!」
「お前にそんなことを言う資格はない」
「あるわよ。私はこの家の後取りの母よ」
ユルディスの本気の怒りに、イレーネが怯まないことに、ミザリーは密かに感心していた。さすがに母は強い。
「あんたなんか、ただの使用人じゃないの。そんな怖い顔で睨まないでよ。私は妊婦なのよ」
「妊婦なら、部屋で大人しくしていろ」
「この人が連れてきたのよ。それにあんただって、ミザリー様がここにいた方が嬉しいんじゃないの?」
「なに?」
そこに、ルナールが飛び込んでくる。
「なんだ! なにごとだ!」
「ルナール様! ミザリー様が私を、泥棒猫っておっしゃって! 棘のある草でぶったのよ! 見て! こんなに血が!」
ほっとしたようにクレーネは、ルナールの胸に飛び込んだ。
呆気に取られてこの一幕を見ていたミザリーは、黙って落ちていたアーゾフの葉を拾い上げる。
「ミザリー? 一体これは」
「この女の一人芝居さ」
ユルディスがルナールの前に立ち塞がり、ひぃひぃと泣くクレーネに決めつけた。
「違うわ! 私がルナール様を取ったから、出て行く前に復讐しようとして、ここに連れてきたのよ!」
「いや、ないな」
そう言ったのは、意外にもルナールだった。
「クレーネ。お前のヒステリーだろう?」
「な……! 違うわ!」
「お前に復讐しようとするほど、ミザリーは俺に興味はないぞ」
「でも、最後の最後でしかえししてやるって言って!」
「だいたい、ミザリー様は、背が足りなくて吊るしてある香草は取れない。お前なら可能だが」
「そ、その草はもともと床に置いてあったのよ!」
「高価な香草を出荷前に床に置くなど、この家では誰もしない。この程度で騙されると思ったか、浅はかな女だ」
ユルディスがあざける。
「お前が庭を散歩したいから、後から来てくれといっていたのは、このためか?」
ルナールも大きなため息をついた。
「……こういうことをする女だったのか」
「もういいです。早くクレーネさんの手当てを。アーゾフの棘は皮膚に残ると、後から真っ赤に腫れあがります」
ミザリーは血の滲んだクレーの顔を見て言った。
「ええっ!」
クレーネは頬を抑えて悲鳴を上げる。そこに茶器を持ってケイトが入ってくる。
「失礼いたし……まぁ!」
「ケイト、クレーネさんを看てあげて。アーゾフの棘がささったかもしれないの。念のためにお医者様を、すぐに!」
「はっ! はい!」
ミザリーの剣幕に、ケイトは茶器を投げ出すように置くと、こんどこそ本気で泣き出しているクレーネを連れて温室を出ていった。
「ミザリー、すまない。クレーネのヒステリーだ」
「びっくりしましたけど、もういいです。彼女も不安なのでしょう。もうすぐ子供が生まれるのに、この家での身の置き所がまだわからないんですから」
「……」
「だから、今はルナール様が寄り添って差し上げて。そしてお義父様と相談して、彼女に今後のことを説明してあげた方がいいかと。私には知らせなくて構いません」
「そうだな。全て俺の甘さから起きたことだ。だが、もう君には迷惑をかけないよ」
「そうしてください……あら? せっかくのお茶が冷えてしまうわ。三人でいただきましょうか?」
「いえ無理です」
お茶で流そうとするミザリーの提案を、ユルディスがにべもなく否定する。
「午後の仕事の時間です。余計なことで時間を使ってしまった。さぁ戻りましょう」
三人は黙って温室を出た。
ルナールもユルディスも互いに顔を合わさない。
やれやれ。
ほんとう、人の心は度し難いわね。
「こういう時こそ、熱いお茶と甘いお菓子だわ。女には」
ミザリーは苦りきった男たちを視界に入れないように、先頭に立って歩いた。
*****
あっあっ!
これはもしかしてテンプレートというもの?
いや、昔の少女漫画か!
何のひねりもない展開に・・・申し訳なし!
ミザリーの居間に顔を出したのは、クレーネだった。
「まぁ」
昼食を終えたミザリーは、午後の服に着替え、身なりを整えたばかりだった。彼女の常で、昼食の給仕をしたり、着替えを手伝う者がいない。ミザリーがあまり世話を焼かれたくないのと、朝晩忙しい召使いたちに休みを与えるためである。
クレーネはそこに顔を出したのだ。
「午後の仕事の前でいいのなら」
「ありがとうございます。いつもこの時間は庭へ行かれますよね?」
「ええ。温室に行くのですが、道すがら話してもかまいませんか?」
「温室? ぜひ見てみたいですわ」
「いいですが、少し匂いがきついですよ。体に障りませんか?」
「大丈夫です。私の悪阻は軽かったし、もうそんな時期でもないですし」
「なら参りましょう。冬には良い香草ができるのですよ。クレーネさんにも見てもらいたいわ。これからはあなたにも関わりができるかもしれない」
「……ええ」
温室ではケイトが、大きなエプロンをつけて、脚立に登っていた。
束ねた香草を吊るしているのだ。そばで少女が二人手伝っていた。最近雇い入れた使用人だが、ケイトが熱心に仕込んでいる。
「ケイト、こんなお昼間に精が出るわね」
「あっ! ミザリー様!」
ケイトが丁寧にお辞儀をするのを見て、慌てて二人の少女もそれを真似た。それが可愛くて、ミザリーは思わず微笑んでしまう。
「あなたたちもご苦労様。厨房でお菓子をもらってきなさい。私からといえばいいわ」
「あっ! ありがとうございます!」
少女たちはもう一度ぺこりとじぎをすると、仲良く走って行った。
「ミザリー様、今日のご用事は?」
「クレーネさんが温室を見たいとおっしゃって」
「そうですか。一体なにが見たいんです?」
ケイトはぶっきらぼうにクレーネに尋ねた。
「今吊ってる草はなに?」
クレーネも負けじと横柄に言い返す。
「これはアーゾフの葉です。茎には棘がありますが、葉っぱだけすりつぶしてひき肉と混ぜたら、臭みが取れて良い香りが出ます」
「へぇ~、こっちは?」
長身のクレーネは高いところに吊ってある、様々な香草を珍しそうに見て歩いた。
「ティミル。果汁に入れて清涼感を出します」
「よく勉強しているわね、ケイト」
「ミザリー様の貸してくださった、絵入りの本を繰り返し読んでますから! あと出入りの商人さんたちとも仲良くなっていますし」
「そう。ケイト、お仕事の手を止めて申し訳ないけど、私たちにお茶を持ってきてくれるかしら? 暖かいからここで頂きたいの」
「それは……かまいませんけど……」
ケイトは脚立を片づけながら言った。
ケイトは慕わしい女主が、もうすぐこの屋敷を去ってしまうことに心を痛めているのだ。そして突然やってきたクレーネには反発を感じている。
「お二人で、大丈夫ですか?」
ケイトはミザリーだけに聞こえるように言った。
「何も心配はないわ。少しお話をするだけよ」
「ではすぐに持って参ります。お気をつけくださいね!」
「……もう誰もいませんよ」
ミザリーはクレーネの背中に声をかけた。
北国出身の彼女の色素は薄く、乾いた薬草の色合いに溶け込んでいる。振り向いた彼女は笑っていた。
「私に用があるのでしょう?」
「……ええ」
「お茶が来る前に、言った方がいいのでは?」
ミザリーは、黄色い花をつけた小さな鉢を覗き込みながら言った。
「そうですね。では申します。ミザリー様、ルナール様と別れても、エルトレー家で働いてもらえませんか? 当分はこのお屋敷で。色々軌道に乗ってから領地に行ってもらえるとありがたいです」
「……」
一呼吸置いて、ミザリーが手にした鉢を棚に戻す。
「なぜ?」
「だって、ミザリー様がこの家のお金の管理をしているのでしょう? 子爵様も奥様も、ミザリー様がいなくなると困ると思うのです。だからあのお爺さん……ピエールさんって言ったかしら? あの人の代わりに執事になればいいと私は思ったのです。お爺さんはもう引退するって言ってたし、執事は必要でしょ?」
「執事に」
「そうですよ。ミザリー様だって、都で暮らしたいでしょう? あなたも田舎の出身だって聞きました」
「クレーネさん。あなたなら、離縁した夫の家の執事になりたいと思いますか?」
「私は貧しい土地で育ちました。ルナール様を奪ってしまったことは悪いと思いますけど、それもみんな貧しかったからです。生きていくのに、子どもを育てるのに必要なら、私はなんだってします。ミザリー様は違うのですか?」
「……少し違います」
ミザリーは少し考えてから言った。
「私は貧しくても、私らしく生きたいです」
「それは本当の貧しさを知らないからです。だからそんな綺麗事を言えるのです」
「そうかもしれません。確かに、貧しいならどんな仕事でもして、なんでもする気持ちはわかります。でもね」
「……なに?」
「私は自分で道を切り開いてきたし、もう恋に憧れる女の子でもないわ。だからね、クレーネさん」
ミザリーはクレーネの前に歩み出た。クレーネより背が低いが、その足取りに迷いはない。彼女を見つめる灰色の瞳の光は強かった。
「な、なんなのよ?」
「私、こんな家はもう要らないの」
ミザリーは多肉植物のすべすべした葉を撫でた。
「私が得た知識と経験は、これからは私のために使いたいの。それに出会った人たちも」
「あんたって……薄情なのね」
「そうかもしれない」
「もともとルナール様に愛されてなかったからよね。そんなに冷たくできるのは」
「冷たいとは思わないわ。私なりにこの家にも、ルナール様にも尽くしてきたつもり。でももう、私の心は自由だわ」
「な、なによ! あんたが私をいじめたって、ルナール様に言ってやる!」
「お好きに」
「私を馬鹿にしてるのね。せっかくルナール様のそばにいていいって、情けをかけてやったのに! 身一つで追い出されるがいいわ!
そう言うと、クレーネは棘のあるアーゾフの束を引っつかみ、自分で自分の頬や手をたたいた。
「あっ! 何をするのです!」
「あなたがしたのよ!」
クレーネは握っていた香草の束をミザリーに投げつけた。
「痛い! 何をするの!? 誰か助けてぇ!」
クレーネが悲鳴を上げる。
「ミザリー様!」
飛び込んできたのはユルディスだった。
「ケイトがすぐ温室へ行けと! この女が何かしましたか?」
「ミザリー様が、私を棘のある草でぶったんですわ!」
クレーネはユルディスを見て、一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに泣き声を上げた。
「嘘をつくな、女! 何をした!」
「されたのは私じゃないの! ミザリー様にこの家に残らないかって聞いたら、急に怒り出しちゃって!」
「お前にそんなことを言う資格はない」
「あるわよ。私はこの家の後取りの母よ」
ユルディスの本気の怒りに、イレーネが怯まないことに、ミザリーは密かに感心していた。さすがに母は強い。
「あんたなんか、ただの使用人じゃないの。そんな怖い顔で睨まないでよ。私は妊婦なのよ」
「妊婦なら、部屋で大人しくしていろ」
「この人が連れてきたのよ。それにあんただって、ミザリー様がここにいた方が嬉しいんじゃないの?」
「なに?」
そこに、ルナールが飛び込んでくる。
「なんだ! なにごとだ!」
「ルナール様! ミザリー様が私を、泥棒猫っておっしゃって! 棘のある草でぶったのよ! 見て! こんなに血が!」
ほっとしたようにクレーネは、ルナールの胸に飛び込んだ。
呆気に取られてこの一幕を見ていたミザリーは、黙って落ちていたアーゾフの葉を拾い上げる。
「ミザリー? 一体これは」
「この女の一人芝居さ」
ユルディスがルナールの前に立ち塞がり、ひぃひぃと泣くクレーネに決めつけた。
「違うわ! 私がルナール様を取ったから、出て行く前に復讐しようとして、ここに連れてきたのよ!」
「いや、ないな」
そう言ったのは、意外にもルナールだった。
「クレーネ。お前のヒステリーだろう?」
「な……! 違うわ!」
「お前に復讐しようとするほど、ミザリーは俺に興味はないぞ」
「でも、最後の最後でしかえししてやるって言って!」
「だいたい、ミザリー様は、背が足りなくて吊るしてある香草は取れない。お前なら可能だが」
「そ、その草はもともと床に置いてあったのよ!」
「高価な香草を出荷前に床に置くなど、この家では誰もしない。この程度で騙されると思ったか、浅はかな女だ」
ユルディスがあざける。
「お前が庭を散歩したいから、後から来てくれといっていたのは、このためか?」
ルナールも大きなため息をついた。
「……こういうことをする女だったのか」
「もういいです。早くクレーネさんの手当てを。アーゾフの棘は皮膚に残ると、後から真っ赤に腫れあがります」
ミザリーは血の滲んだクレーの顔を見て言った。
「ええっ!」
クレーネは頬を抑えて悲鳴を上げる。そこに茶器を持ってケイトが入ってくる。
「失礼いたし……まぁ!」
「ケイト、クレーネさんを看てあげて。アーゾフの棘がささったかもしれないの。念のためにお医者様を、すぐに!」
「はっ! はい!」
ミザリーの剣幕に、ケイトは茶器を投げ出すように置くと、こんどこそ本気で泣き出しているクレーネを連れて温室を出ていった。
「ミザリー、すまない。クレーネのヒステリーだ」
「びっくりしましたけど、もういいです。彼女も不安なのでしょう。もうすぐ子供が生まれるのに、この家での身の置き所がまだわからないんですから」
「……」
「だから、今はルナール様が寄り添って差し上げて。そしてお義父様と相談して、彼女に今後のことを説明してあげた方がいいかと。私には知らせなくて構いません」
「そうだな。全て俺の甘さから起きたことだ。だが、もう君には迷惑をかけないよ」
「そうしてください……あら? せっかくのお茶が冷えてしまうわ。三人でいただきましょうか?」
「いえ無理です」
お茶で流そうとするミザリーの提案を、ユルディスがにべもなく否定する。
「午後の仕事の時間です。余計なことで時間を使ってしまった。さぁ戻りましょう」
三人は黙って温室を出た。
ルナールもユルディスも互いに顔を合わさない。
やれやれ。
ほんとう、人の心は度し難いわね。
「こういう時こそ、熱いお茶と甘いお菓子だわ。女には」
ミザリーは苦りきった男たちを視界に入れないように、先頭に立って歩いた。
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あっあっ!
これはもしかしてテンプレートというもの?
いや、昔の少女漫画か!
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