【完結】忘れられた妻はこ草原の鷹にからめ取られる

文野さと@書籍化・コミカライズ

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番外 黒鷹の旅路 2

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「ぐ……このっ!」
 切り結んだ大柄な男に大上段から押し込まれ、若い兵士の顔がゆがむ。上背をいいことに、男はさらに全体重を自分の剣に乗せた。
 自分の刃がじりじりと自分の首に迫ってくるのを、兵士は絶望的に意識したが、敵の顔をにらみつける目はらさない。しかし、力の限界が迫っていた。
「……?」
 不意に剣が軽くなる。今まで自分を圧倒していた男は、驚いた顔をして自分を見下ろしている。その太い首から赤い切っ先が生えていた。
「え?」
 慌てて飛び退すさると、男は口から血をあふれさせながら、どうと倒れた。
「な、なんだ!?」
 しかし、目の前の空間には誰もいない。
 ──が、すぐ近くで風を切る音がした。直後、兵士の足元に重いものがどさりと落ちる。
 それは剣を握ったままの腕だった。
「ぐおぉあぁあああ!」
 腕を落とされた別の男が転がり、地面でのたうち回っている。その男を相手にしていた兵士もまた、驚いてあたりを見渡していた。
「なにがあった!?」
「わ、わからん! 急に敵が倒れた!」
 兵士達は未知の脅威に動揺した。
 小さな灯りしかない、裏路地の空間。兵士の視界の隅に、ちらりと極彩色が映った。

 ランサールは開かれた視界に驚愕している。
 またたきひとつ前までは、二人の敵とぎりぎりの攻防をしていたはずだった。今その二人は、腹と背中を割られて転がっている。
 まだ死んではいないが、地獄の苦しみだろう。
 そしてランサールは見た。
 すぐ側のわずかな空間に踊る人影。
 黒い影がまるで舞いを舞うかのように、くるりくるりと体を反転させながら優美な長剣を奮うさまを。
 影はぴったりとした黒衣をまとっている。顔の下半分を覆う布もまた黒い。そして、房のついた派手な帯を、腰や頭に巻きつけている。
 およそ戦いには向かない扮装ふんそうであった。
 だが、その剣はあまりに早く、また音も立てずになぎ払われるため、眼前の敵に集中している敵は、自分が斬られるまで気がつかないのだ。
「危ない!」
 ランサールは叫んだ。
 後ろの暗い路地から現れた敵が、声も上げずに影に切りかかるのが見えた。
 こんなところにも伏兵を潜ませていたとは、あらかじめ計画された念の入った襲撃ということだ。
 しかし、影は戦闘に不利な長い帯を巧みに操り、自分の残像を作る。敵の体勢が一瞬泳いだところに長剣がひらめかせ、脇腹を深くえぐった。
「ぎゃっ!」
 それが最後の敵だったようで、狭く暗い空間は急に静かになった。聞こえる音は、兵士達の漏らす乱れた息と、死にきれない重傷者のうめき声だ。
 暗がりに濃い血の匂いが漂う。
「とどめはまかせた」
 それはまだ、ごく若い男の声だった。息ひとつ乱している様子はない静かな声。
「ご助力いただいたことには礼を申す。だが、そなたいったい何者か?」
 背を向けようとする影に、ランサールは問うた。
「俺が何者かなど、どうでもいい」
「ふむ。発音は正確だが抑揚に東のなまりがあるな。それにその長剣、草原地方の出自か」
「さすがに慧眼けいがんだな、ランサール殿」
「いかにも、私は北方守備軍司令官、クロウド・ランサールである。市中に紛れ込んだノスフリントの工作員がいるとの情報を受けて駆け付けたところ、いきなり襲われた。草原のお方、そなたが現れなんだら、全滅していたやもしれぬ」
 ランサールは軍隊式の正式な礼をとった。その態度に応じるために、ユルディスも口布を下げた。
「俺みたいな小僧に、そんなものは不要です。では」
「待ちなさい」
「まだ何か?」
「その小僧が、十人近くの男どもをほふったのだ。武人として興味を持つのも当然だろう」
 二人の周囲では助からない者にとどめを刺したり、比較的傷の浅かったものを縛り上げたりと、兵士たちが働いている。
「わが砦に来てもらえないか? 礼をしたい」
「ありがたいが、お断りする。俺はこれでも雇われの身だから」
 そういうと、ユルディスは暗い路地の奥へと姿を消した。

「……なんでこうなる」
 ランサールの執務室でユルディスはぼやいた。
 路地裏の事件から二日後、ユルディスは芸人一座の親方に突然呼び出されたかと思うと、何をいう暇もなくランサールの元に連れていかれた。
「お前を手放すのは惜しいが、これも何かの縁だ。元気でな」
 そう言うと親方は、いくばくかの金をもらってユルディスを置いて立ち去った。
「なかなか手際がいい。でも、俺は軍隊には入れないよ。この国じゃ、専門の学校に行っていないと、正規の兵士にはなれないんだろう?」
 ユルディスは穏やかに微笑む老人に向かって言った。彼は、今は将軍の略装を着ていて、先日出会った時の緊迫した雰囲気は当然だが、微塵もない。
「まぁそうだ。だが、私はお前が気に入ったのだよ。しばらく軍で働いてみないかね。親方によると、君はいろんなことを学ぶために旅しているそうじゃないか」
「それはそうだけど……俺は自分が強くなりたいとは思うが、戦には興味がないんだ。むしろ嫌いだ」
「確かに今この国は、国境で戦をしているが、軍というのは規律によって動いている。戦争が嫌いだというなら、私の世話役ならどうだね。私はこう見えて、北方守備軍の司令官だ。大きな集団を動かす瞬間は、なかなか目にできるものではない。いずれお前の役に立つこともあるかもしれぬぞ」

 確かに、それはそうかも。

 迷った瞬間が、ユルディスの敗北である。
 こうして少年は、ランサールの元で働くことになった。
 そして奔放だった彼が、軍の生活に馴染むのは意外にも早かったのである。


     *****


タイトル変更しました。
アクション勢いで書いちゃったです。
若いユルディスの衣装のイメージは天野 嘉孝先生って感じがありますね。
面白かったらいいなぁ。
あと1~2話で終わります。連休で頑張れるかな?
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