69 / 71
番外 黒鷹の旅路 2
しおりを挟む
「ぐ……このっ!」
切り結んだ大柄な男に大上段から押し込まれ、若い兵士の顔が歪む。上背をいいことに、男はさらに全体重を自分の剣に乗せた。
自分の刃がじりじりと自分の首に迫ってくるのを、兵士は絶望的に意識したが、敵の顔をにらみつける目は逸らさない。しかし、力の限界が迫っていた。
「……?」
不意に剣が軽くなる。今まで自分を圧倒していた男は、驚いた顔をして自分を見下ろしている。その太い首から赤い切っ先が生えていた。
「え?」
慌てて飛び退ると、男は口から血をあふれさせながら、どうと倒れた。
「な、なんだ!?」
しかし、目の前の空間には誰もいない。
──が、すぐ近くで風を切る音がした。直後、兵士の足元に重いものがどさりと落ちる。
それは剣を握ったままの腕だった。
「ぐおぉあぁあああ!」
腕を落とされた別の男が転がり、地面でのたうち回っている。その男を相手にしていた兵士もまた、驚いてあたりを見渡していた。
「なにがあった!?」
「わ、わからん! 急に敵が倒れた!」
兵士達は未知の脅威に動揺した。
小さな灯りしかない、裏路地の空間。兵士の視界の隅に、ちらりと極彩色が映った。
ランサールは開かれた視界に驚愕している。
瞬きひとつ前までは、二人の敵とぎりぎりの攻防をしていたはずだった。今その二人は、腹と背中を割られて転がっている。
まだ死んではいないが、地獄の苦しみだろう。
そしてランサールは見た。
すぐ側のわずかな空間に踊る人影。
黒い影がまるで舞いを舞うかのように、くるりくるりと体を反転させながら優美な長剣を奮うさまを。
影はぴったりとした黒衣をまとっている。顔の下半分を覆う布もまた黒い。そして、房のついた派手な帯を、腰や頭に巻きつけている。
およそ戦いには向かない扮装であった。
だが、その剣はあまりに早く、また音も立てずになぎ払われるため、眼前の敵に集中している敵は、自分が斬られるまで気がつかないのだ。
「危ない!」
ランサールは叫んだ。
後ろの暗い路地から現れた敵が、声も上げずに影に切りかかるのが見えた。
こんなところにも伏兵を潜ませていたとは、あらかじめ計画された念の入った襲撃ということだ。
しかし、影は戦闘に不利な長い帯を巧みに操り、自分の残像を作る。敵の体勢が一瞬泳いだところに長剣が閃かせ、脇腹を深くえぐった。
「ぎゃっ!」
それが最後の敵だったようで、狭く暗い空間は急に静かになった。聞こえる音は、兵士達の漏らす乱れた息と、死にきれない重傷者のうめき声だ。
暗がりに濃い血の匂いが漂う。
「とどめはまかせた」
それはまだ、ごく若い男の声だった。息ひとつ乱している様子はない静かな声。
「ご助力いただいたことには礼を申す。だが、そなたいったい何者か?」
背を向けようとする影に、ランサールは問うた。
「俺が何者かなど、どうでもいい」
「ふむ。発音は正確だが抑揚に東の訛りがあるな。それにその長剣、草原地方の出自か」
「さすがに慧眼だな、ランサール殿」
「いかにも、私は北方守備軍司令官、クロウド・ランサールである。市中に紛れ込んだノスフリントの工作員がいるとの情報を受けて駆け付けたところ、いきなり襲われた。草原のお方、そなたが現れなんだら、全滅していたやもしれぬ」
ランサールは軍隊式の正式な礼をとった。その態度に応じるために、ユルディスも口布を下げた。
「俺みたいな小僧に、そんなものは不要です。では」
「待ちなさい」
「まだ何か?」
「その小僧が、十人近くの男どもを屠ったのだ。武人として興味を持つのも当然だろう」
二人の周囲では助からない者にとどめを刺したり、比較的傷の浅かったものを縛り上げたりと、兵士たちが働いている。
「わが砦に来てもらえないか? 礼をしたい」
「ありがたいが、お断りする。俺はこれでも雇われの身だから」
そういうと、ユルディスは暗い路地の奥へと姿を消した。
「……なんでこうなる」
ランサールの執務室でユルディスはぼやいた。
路地裏の事件から二日後、ユルディスは芸人一座の親方に突然呼び出されたかと思うと、何をいう暇もなくランサールの元に連れていかれた。
「お前を手放すのは惜しいが、これも何かの縁だ。元気でな」
そう言うと親方は、いくばくかの金をもらってユルディスを置いて立ち去った。
「なかなか手際がいい。でも、俺は軍隊には入れないよ。この国じゃ、専門の学校に行っていないと、正規の兵士にはなれないんだろう?」
ユルディスは穏やかに微笑む老人に向かって言った。彼は、今は将軍の略装を着ていて、先日出会った時の緊迫した雰囲気は当然だが、微塵もない。
「まぁそうだ。だが、私はお前が気に入ったのだよ。しばらく軍で働いてみないかね。親方によると、君はいろんなことを学ぶために旅しているそうじゃないか」
「それはそうだけど……俺は自分が強くなりたいとは思うが、戦には興味がないんだ。むしろ嫌いだ」
「確かに今この国は、国境で戦をしているが、軍というのは規律によって動いている。戦争が嫌いだというなら、私の世話役ならどうだね。私はこう見えて、北方守備軍の司令官だ。大きな集団を動かす瞬間は、なかなか目にできるものではない。いずれお前の役に立つこともあるかもしれぬぞ」
確かに、それはそうかも。
迷った瞬間が、ユルディスの敗北である。
こうして少年は、ランサールの元で働くことになった。
そして奔放だった彼が、軍の生活に馴染むのは意外にも早かったのである。
*****
タイトル変更しました。
アクション勢いで書いちゃったです。
若いユルディスの衣装のイメージは天野 嘉孝先生って感じがありますね。
面白かったらいいなぁ。
あと1~2話で終わります。連休で頑張れるかな?
切り結んだ大柄な男に大上段から押し込まれ、若い兵士の顔が歪む。上背をいいことに、男はさらに全体重を自分の剣に乗せた。
自分の刃がじりじりと自分の首に迫ってくるのを、兵士は絶望的に意識したが、敵の顔をにらみつける目は逸らさない。しかし、力の限界が迫っていた。
「……?」
不意に剣が軽くなる。今まで自分を圧倒していた男は、驚いた顔をして自分を見下ろしている。その太い首から赤い切っ先が生えていた。
「え?」
慌てて飛び退ると、男は口から血をあふれさせながら、どうと倒れた。
「な、なんだ!?」
しかし、目の前の空間には誰もいない。
──が、すぐ近くで風を切る音がした。直後、兵士の足元に重いものがどさりと落ちる。
それは剣を握ったままの腕だった。
「ぐおぉあぁあああ!」
腕を落とされた別の男が転がり、地面でのたうち回っている。その男を相手にしていた兵士もまた、驚いてあたりを見渡していた。
「なにがあった!?」
「わ、わからん! 急に敵が倒れた!」
兵士達は未知の脅威に動揺した。
小さな灯りしかない、裏路地の空間。兵士の視界の隅に、ちらりと極彩色が映った。
ランサールは開かれた視界に驚愕している。
瞬きひとつ前までは、二人の敵とぎりぎりの攻防をしていたはずだった。今その二人は、腹と背中を割られて転がっている。
まだ死んではいないが、地獄の苦しみだろう。
そしてランサールは見た。
すぐ側のわずかな空間に踊る人影。
黒い影がまるで舞いを舞うかのように、くるりくるりと体を反転させながら優美な長剣を奮うさまを。
影はぴったりとした黒衣をまとっている。顔の下半分を覆う布もまた黒い。そして、房のついた派手な帯を、腰や頭に巻きつけている。
およそ戦いには向かない扮装であった。
だが、その剣はあまりに早く、また音も立てずになぎ払われるため、眼前の敵に集中している敵は、自分が斬られるまで気がつかないのだ。
「危ない!」
ランサールは叫んだ。
後ろの暗い路地から現れた敵が、声も上げずに影に切りかかるのが見えた。
こんなところにも伏兵を潜ませていたとは、あらかじめ計画された念の入った襲撃ということだ。
しかし、影は戦闘に不利な長い帯を巧みに操り、自分の残像を作る。敵の体勢が一瞬泳いだところに長剣が閃かせ、脇腹を深くえぐった。
「ぎゃっ!」
それが最後の敵だったようで、狭く暗い空間は急に静かになった。聞こえる音は、兵士達の漏らす乱れた息と、死にきれない重傷者のうめき声だ。
暗がりに濃い血の匂いが漂う。
「とどめはまかせた」
それはまだ、ごく若い男の声だった。息ひとつ乱している様子はない静かな声。
「ご助力いただいたことには礼を申す。だが、そなたいったい何者か?」
背を向けようとする影に、ランサールは問うた。
「俺が何者かなど、どうでもいい」
「ふむ。発音は正確だが抑揚に東の訛りがあるな。それにその長剣、草原地方の出自か」
「さすがに慧眼だな、ランサール殿」
「いかにも、私は北方守備軍司令官、クロウド・ランサールである。市中に紛れ込んだノスフリントの工作員がいるとの情報を受けて駆け付けたところ、いきなり襲われた。草原のお方、そなたが現れなんだら、全滅していたやもしれぬ」
ランサールは軍隊式の正式な礼をとった。その態度に応じるために、ユルディスも口布を下げた。
「俺みたいな小僧に、そんなものは不要です。では」
「待ちなさい」
「まだ何か?」
「その小僧が、十人近くの男どもを屠ったのだ。武人として興味を持つのも当然だろう」
二人の周囲では助からない者にとどめを刺したり、比較的傷の浅かったものを縛り上げたりと、兵士たちが働いている。
「わが砦に来てもらえないか? 礼をしたい」
「ありがたいが、お断りする。俺はこれでも雇われの身だから」
そういうと、ユルディスは暗い路地の奥へと姿を消した。
「……なんでこうなる」
ランサールの執務室でユルディスはぼやいた。
路地裏の事件から二日後、ユルディスは芸人一座の親方に突然呼び出されたかと思うと、何をいう暇もなくランサールの元に連れていかれた。
「お前を手放すのは惜しいが、これも何かの縁だ。元気でな」
そう言うと親方は、いくばくかの金をもらってユルディスを置いて立ち去った。
「なかなか手際がいい。でも、俺は軍隊には入れないよ。この国じゃ、専門の学校に行っていないと、正規の兵士にはなれないんだろう?」
ユルディスは穏やかに微笑む老人に向かって言った。彼は、今は将軍の略装を着ていて、先日出会った時の緊迫した雰囲気は当然だが、微塵もない。
「まぁそうだ。だが、私はお前が気に入ったのだよ。しばらく軍で働いてみないかね。親方によると、君はいろんなことを学ぶために旅しているそうじゃないか」
「それはそうだけど……俺は自分が強くなりたいとは思うが、戦には興味がないんだ。むしろ嫌いだ」
「確かに今この国は、国境で戦をしているが、軍というのは規律によって動いている。戦争が嫌いだというなら、私の世話役ならどうだね。私はこう見えて、北方守備軍の司令官だ。大きな集団を動かす瞬間は、なかなか目にできるものではない。いずれお前の役に立つこともあるかもしれぬぞ」
確かに、それはそうかも。
迷った瞬間が、ユルディスの敗北である。
こうして少年は、ランサールの元で働くことになった。
そして奔放だった彼が、軍の生活に馴染むのは意外にも早かったのである。
*****
タイトル変更しました。
アクション勢いで書いちゃったです。
若いユルディスの衣装のイメージは天野 嘉孝先生って感じがありますね。
面白かったらいいなぁ。
あと1~2話で終わります。連休で頑張れるかな?
10
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる