爪を剥ぐ

みなみあまね

文字の大きさ
1 / 12

【プロローグ1 過去回想・現在】

しおりを挟む
 私は十三歳の誕生日に、自分の手足の爪、合計二十枚の爪を何のためらいもなく、剥いだ。
 もちろん、体中の水分が出てくるほど痛かった。宇宙に届くぐらいに絶叫もした。しかし、爪を剥ぐ事は止められなかった。それはすでに決定事項であったし、私が生まれてきた理由であるようにも感じられた。
 止めど無く流れる血と、体中を這いずり回る痺れと痛み。手足の指先には、自然と痛みがなく、ただ熱かった。そして、リズミカルな躍動感に溢れていた。カーニバルに参加しているような、狂喜。
 第一声の叫びと共に、両親が飛んできて、私の手を止めた。しかし、持っていたペンチとマイナスドライバーはすでに血塗られて、爪は七つほど失われていた。アイボリーの壁に血が飛び散り、水色のシーツに血が滴っていた。
 私は、両親を金切り声で脅しながら、力任せにペンチで爪を剥いでいった。熱い、熱い。奇麗に剥がれなかった所は、マイナスドライバーで削ぎ落とした。熱い、熱い。
止められた手を振り切り、もう一枚剥いだ。あと、一二枚だ。そう思うだけで、背中がゾクゾクした。痛みと共に、体中に興奮が走しった。

 爪を剥ぐという欲求が初めて湧いてきたのは、十一歳の頃だった。
 何でもない、ちょっとした怪我だった。夏休みに父方の祖父母の家に行った時、慣れていないローファーの靴を履いて長時間遊んでいたために、足の親指の爪を割ってしまったのだ。痛くて、誰かれ構わずに泣き喚き、母親に病院へ連れて行ってもらった。消毒をするだけという簡単な処置が済むと、私は恐る恐る現実を見つめてみることにした。
 足の親指の爪は、半分欠けていた。そこから、血が少しずつ湧きあがっていた。
 私はその血を見た時、何とも言えない、胸を締め付けられるような感情に支配された。ズキンズキンと、躍動感溢れる痛みは今でもリアルに思い出せる。
 現在、二十一歳の私はマゾヒストではない。セックスも普通の技巧を好むし、あまり道具を使用するのは好きではない。その人の体があれば、何の文句も言わない普通の女だ。
 しかし、十一歳だった私は、爪を剥ぐ衝動を押さえるのに必死だった。授業も、給食の時間も、休み時間も、必死で目に見えない感情と闘っていた。人の爪を剥ぎたいのではない、自分に根付いた爪を剥ぎたいのだ。
 わざと怪我をしてみた事もあった。しかし、上手に剥がれない。爪が欠けた程度、中途半端な状態だった。なおのこと苛々し、欲求は高みに昇るばかりだった。

 一二歳の時、私は小遣いを貯めてドライバーセットとペンチを買った。家のものを持ち出せば、必ず家族に怪しまれる。だから、自分だけの道具を買わなければならなかった。
 そのドライバーセットとペンチは、宝石のように思えた。私の宝物。タイムカプセルに入れた縁日の指輪など、取るに足らない物だ。
 宝物を手に入れてから、私の欲求は徐々に、確固とした意志となった。
 爪を剥ぐ事は、私の生きる証であり、人生最大の目的である。
 崇高であり、高尚であり、美麗だ。
 自らの手足の爪が、全て剥がれ落ちるその日を、私は真剣に思い願った。

 そうして、私は一三歳を向かえる七月のその日に、天から与えられた使命を決行した。
 完全に、全ての爪を剥がし終わると、私は絶頂の声を上げた。
 そう、それはセックスのオーガズムに似ていると思う。
 両親は救急車を呼び、私は恍惚とした意識の中、病院に運ばれた。手足の爪ごときで、出血死するわけがないのだが、皆が気味悪がっていた。医師も看護婦も、両親も。
   しかし、私は自らの意志を信じていた。
 一晩、外科病院に入院した後、私は精神病院に連れられていった。一週間ほどベッドに寝かされて、医師と話をした。その結果、私の病名は『境界性人格障害』と名付けられた。
 人格形成過程に問題があると、私の両親の前で失礼にも医師はそう断言した。
 対人関係が不得手、自傷行為を繰り返す、毎日不安で仕方がない等の症状が、私に当てはまったらしい。否、両親も首を激しく横に振ったように、私はそのような問題を抱えていなかった。
 母は精神科に入院させようとしたが、父が拒否したので、私は通院という形で病院へ行った。中学校はちょうどよい具合に夏休みに入ったために、勉学の心配はさほどなかった。そして、毎日、毎日、箱庭や絵を書かされて、まるで幼稚園に戻ったようにお遊戯をさせられた。何を求めているのかわからない、その指示に従う私は滑稽ですらあった。
   しかし、もっと滑稽なのは、その後私に『爪を剥ぐ』という欲求が起こってはこなかった事である。あの、熱狂はどこへ行ったのか。崇高であったはずの行為も、もはや理解不能の不可思議な出来事だった。
 じっと、包帯だらけの手足を見る。意思のない、激烈な痛みだけが残っている。
自分が怖い、ものすごく怖い。
 私は、いじめに遭っていたわけでもない、両親から厳しくされていたわけでもない。ゆえに、精神に負担を感じてもいなかった。
 一体、私に何が起こったのだろう?
 医師にそう言うと、満足そうに笑った。
「うん、そうだね。ちょっと、疲れていただけかもしれないね。百合奈(ゆりな)ちゃんも、もう落ち着いてきたし、お薬を減らしてみようか?」
 疲れていた?いや、違う。私は確固とした意思で行ったのだ。その行為が何を指し示すのかはわからないが。
 医師は私の不可思議な欲求が消え去った事を、自分の手柄のように喜び、両親にその旨を伝えていた。
 私の精神科への通院は、そこで幕を閉じた。
 しかし、医師が「学校に通学する前に、環境を変えて気分転換をさせてみるのも良いでしょう」と、置き土産のような言葉を残したために、私は一般の人がたいてい考えるように、自然豊かな環境へと連行されたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...