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【十三歳現在・過去 巡礼】
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再びバイクに乗ると、私たちは史跡から史跡へ移動した。
『地蔵が辻(じぞうがつじ)』という史跡は、谷川沿いあった。ちょっと見ただけでは道祖神のように見える。川にかかる橋のそばに大きな木があり、その下に白い看板が立っている。
一六三九年に八十四人、一九四〇年に九十四人が殉教した処刑場だそうだ。近所の子供たちが供えたのだろうか、ヒメジョオンが無造作に置かれていた。
智広兄さんはまた十字を切った。断罪を受けたのは彼らなのか、私たちなのか。
私も十字を切った。祈りの言葉は天に届きそうもない。彼らは、いまだ苦しんでいるのだ。この土地の下で、何百年も。
「彼らは、遺体すら勝手に埋めることができなかった。許されたのは一七〇三年頃だ。それで、やっと埋めることができた。『元禄の碑(げんろくのひ)』といって、小さな屋根付きで石碑がある」
「ここもそうだけど、キリシタンの史跡ってひっそりとしているのね」
「ここは、まだ良い状態のほうだ。まあ、凄惨な処刑場を大々的に宣伝するのもどうかと思うよ。資料館が出来ただけでも、上出来さ」
「ここ以外に、まだあるの?」
「ああ。だいたいが道沿いにあるけど、見た目はそこらにある石と一緒に見えるほど目立たない。人の命があれだけの石に換算されると思うと、切ないな」
智広兄さんは、ポケットの中に手を入れて煙草を探していたが、忘れてきたことに気づくと、「さあ行こう」と私の背中を押してバイクにまたがった。
史跡から史跡へ。
一九四〇年に九十四人が処刑された『上野処刑場』は、崩れかけたような盛り土の上に仏像が立っていた。背の高い草に隠れるようにしてある『トキゾー沢処刑場』では、十二人が殺された。罪状と共にさらし首を埋めたという『ハシ場首塚』は、畑にあるただの石に見えた。『上袖(うわそで)首塚』は、『地蔵が辻』で処刑された人達の遺族が、遺体の一部をこっそりと運び出し埋めた場所らしい。大きな墓石だが、虚栄心の欠片もなく道端に建っていた。『上野処刑場』から逃げた人達を射殺したという『祭畑(さいはた)処刑場』は、鬱蒼とした林の中に苔の生えた石碑があり、その下にゴロゴロと石が転がっていた。その近くの穴に隠れていた者も、引きずり出されて処刑されたそうだ。
本当に、切ない。
命を救わない信仰に、何の意味があるのか。生きていくために信仰があるのではないか。だとしても、殉教した人達の史跡を目の前にして、私は何も言えなかった。
私たちは、その覚悟を持たなくても生き残ったキリシタンの末裔なのだから。
私の先祖だという『千松兄弟』の墓は、笹の覆い茂る道の途中の細い杉の木の根元にあった。石碑が建てられているが、それは後から建てられたもので、木の根が絡み付いている石が本当の墓だそうだと、智広兄さんが言った。
「教えを広めた二人は信仰と天寿を全うしたのに、それに影響された人達は死か改宗かの選択を迫られたなんて、おかしな話だよな。『そういう時代だった』なんて、割り切れないものがあるよ。あまりにも身近すぎて」
「うん」
少し疲れたので、『千松兄弟』の墓から戻ると、二人してコンクリートロードに座りこんだ。私も智広兄さんも、汗が包帯に滲んでいる。処刑された人達の『呪い』なのか、傷口が鼓動を激しく打ち始めた。二人で顔をしかめたが、互いに痛みは訴えなかった。
太陽は西に傾き、赤くなろうとしている。地上も同時に、赤くなっていく。処刑が行われていた時代も、地面はこんなふうに赤くなったのだろうか。
「大柄の『炯屋』は、今は水田になっているけど、その上のほうにある石の小さなお宮が目印になっていて、すぐわかる。そこに向かう一本道の途中に、『台転場(だいてんば)』という検問所があってね、そこで踏絵が踏めない人達が『地蔵が辻』で処刑されたそうだ。そういえば、僕らの小学校の頃はよく幽霊が出るって、どの史跡でも言われたよ」
「幽霊・・・智広兄さんは見たの?」
「あはは。いいや、見てないよ。近寄らなかったからね」
「なんだ!結構だらしないね」
「君子危うきに近寄らず、そう言ってほしいな。さて、行こうか」
「え?まだあるの?さすがに疲れたあ!」
「だらしがないなあ。今日は家まで送っていってやるから。自転車はこっちで預かっておくよ。明日、僕が迎えに行く」
「サンキュー!」
「その代わり、体力使うぞ?それがさ、山の中なんだよなあ。大籠(おおかご)カトリック教会があるだろ?そこの近く。林道沿いに大篭川が流れていてさ、散歩するには寂しい所だよ」
早めに行かないと日が落ちると、智広兄さんは立ち上がって背伸びをした。私も立ち上がり、先にバイクにまたがった。
智広兄さんは、しばらく考え込むような表情をして顎に手を当てた。そして、バイクにまたがった。私は頭をヘルメットに押し込む。
「さて、ここからが最終段階だ。今度は、布津の家の『炯屋』にある四本の柱の謎だ」
「『たたら』の神様と、イエス様たちの謎ね?」
「そうだ。今から行く『大柄沢(おおえさわ)洞窟』は隠れキリシタンの礼拝所だった所だよ。布津の家からはちょうど南側に位置している」
「南・・・」
南は『たたら』の神様、『かなやこしん』がいる方向だと、祖父が言った。
急にエンジン音がして、私の意識を殴る。
「ねえ!それって、『かなやこしん』と関係があるの?」
智広兄さんが、後ろを振り向いた。
「なんだ、お祖父さんに聞いたのか?」
「うん、ちょっとだけ。南にその神様がいるって!」
バイクの爆音に負けないように声を上げると、ヘルメットの中に反響した。智広兄さんは、短く息を吐くと真正面を向いた。
『地蔵が辻(じぞうがつじ)』という史跡は、谷川沿いあった。ちょっと見ただけでは道祖神のように見える。川にかかる橋のそばに大きな木があり、その下に白い看板が立っている。
一六三九年に八十四人、一九四〇年に九十四人が殉教した処刑場だそうだ。近所の子供たちが供えたのだろうか、ヒメジョオンが無造作に置かれていた。
智広兄さんはまた十字を切った。断罪を受けたのは彼らなのか、私たちなのか。
私も十字を切った。祈りの言葉は天に届きそうもない。彼らは、いまだ苦しんでいるのだ。この土地の下で、何百年も。
「彼らは、遺体すら勝手に埋めることができなかった。許されたのは一七〇三年頃だ。それで、やっと埋めることができた。『元禄の碑(げんろくのひ)』といって、小さな屋根付きで石碑がある」
「ここもそうだけど、キリシタンの史跡ってひっそりとしているのね」
「ここは、まだ良い状態のほうだ。まあ、凄惨な処刑場を大々的に宣伝するのもどうかと思うよ。資料館が出来ただけでも、上出来さ」
「ここ以外に、まだあるの?」
「ああ。だいたいが道沿いにあるけど、見た目はそこらにある石と一緒に見えるほど目立たない。人の命があれだけの石に換算されると思うと、切ないな」
智広兄さんは、ポケットの中に手を入れて煙草を探していたが、忘れてきたことに気づくと、「さあ行こう」と私の背中を押してバイクにまたがった。
史跡から史跡へ。
一九四〇年に九十四人が処刑された『上野処刑場』は、崩れかけたような盛り土の上に仏像が立っていた。背の高い草に隠れるようにしてある『トキゾー沢処刑場』では、十二人が殺された。罪状と共にさらし首を埋めたという『ハシ場首塚』は、畑にあるただの石に見えた。『上袖(うわそで)首塚』は、『地蔵が辻』で処刑された人達の遺族が、遺体の一部をこっそりと運び出し埋めた場所らしい。大きな墓石だが、虚栄心の欠片もなく道端に建っていた。『上野処刑場』から逃げた人達を射殺したという『祭畑(さいはた)処刑場』は、鬱蒼とした林の中に苔の生えた石碑があり、その下にゴロゴロと石が転がっていた。その近くの穴に隠れていた者も、引きずり出されて処刑されたそうだ。
本当に、切ない。
命を救わない信仰に、何の意味があるのか。生きていくために信仰があるのではないか。だとしても、殉教した人達の史跡を目の前にして、私は何も言えなかった。
私たちは、その覚悟を持たなくても生き残ったキリシタンの末裔なのだから。
私の先祖だという『千松兄弟』の墓は、笹の覆い茂る道の途中の細い杉の木の根元にあった。石碑が建てられているが、それは後から建てられたもので、木の根が絡み付いている石が本当の墓だそうだと、智広兄さんが言った。
「教えを広めた二人は信仰と天寿を全うしたのに、それに影響された人達は死か改宗かの選択を迫られたなんて、おかしな話だよな。『そういう時代だった』なんて、割り切れないものがあるよ。あまりにも身近すぎて」
「うん」
少し疲れたので、『千松兄弟』の墓から戻ると、二人してコンクリートロードに座りこんだ。私も智広兄さんも、汗が包帯に滲んでいる。処刑された人達の『呪い』なのか、傷口が鼓動を激しく打ち始めた。二人で顔をしかめたが、互いに痛みは訴えなかった。
太陽は西に傾き、赤くなろうとしている。地上も同時に、赤くなっていく。処刑が行われていた時代も、地面はこんなふうに赤くなったのだろうか。
「大柄の『炯屋』は、今は水田になっているけど、その上のほうにある石の小さなお宮が目印になっていて、すぐわかる。そこに向かう一本道の途中に、『台転場(だいてんば)』という検問所があってね、そこで踏絵が踏めない人達が『地蔵が辻』で処刑されたそうだ。そういえば、僕らの小学校の頃はよく幽霊が出るって、どの史跡でも言われたよ」
「幽霊・・・智広兄さんは見たの?」
「あはは。いいや、見てないよ。近寄らなかったからね」
「なんだ!結構だらしないね」
「君子危うきに近寄らず、そう言ってほしいな。さて、行こうか」
「え?まだあるの?さすがに疲れたあ!」
「だらしがないなあ。今日は家まで送っていってやるから。自転車はこっちで預かっておくよ。明日、僕が迎えに行く」
「サンキュー!」
「その代わり、体力使うぞ?それがさ、山の中なんだよなあ。大籠(おおかご)カトリック教会があるだろ?そこの近く。林道沿いに大篭川が流れていてさ、散歩するには寂しい所だよ」
早めに行かないと日が落ちると、智広兄さんは立ち上がって背伸びをした。私も立ち上がり、先にバイクにまたがった。
智広兄さんは、しばらく考え込むような表情をして顎に手を当てた。そして、バイクにまたがった。私は頭をヘルメットに押し込む。
「さて、ここからが最終段階だ。今度は、布津の家の『炯屋』にある四本の柱の謎だ」
「『たたら』の神様と、イエス様たちの謎ね?」
「そうだ。今から行く『大柄沢(おおえさわ)洞窟』は隠れキリシタンの礼拝所だった所だよ。布津の家からはちょうど南側に位置している」
「南・・・」
南は『たたら』の神様、『かなやこしん』がいる方向だと、祖父が言った。
急にエンジン音がして、私の意識を殴る。
「ねえ!それって、『かなやこしん』と関係があるの?」
智広兄さんが、後ろを振り向いた。
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