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第1話:泥にまみれた卒業の夜
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眩いばかりのシャンデリアが、私の視界を白く焼き、周囲の嘲笑をさらに際立たせていた。
王立魔道学園、卒業パーティー。三年間、血の滲むような思いで学問に励んだ私たちが、その努力を称え合うはずの最高の舞台だ。
けれど、私の胸元には、誇らしいはずの卒業記章の代わりに、会場の誰かが投げつけた赤ワインの染みが、無惨な痣のように広がっていた。
「……あら、ごめんなさいリリアーヌ様。魔力のない貴女には、飛んでくるグラスを避けることもできなかったのね?」
可憐な声を上げたのは、男爵令嬢のミナだった。彼女は王太子エドワードの腕にぴったりと寄り添い、扇の陰で勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
エドワード様は、泥に汚れた私を汚物を見るような目で見下ろし、冷酷に言い放った。
「見苦しいぞ、リリアーヌ。わざと酒を浴びて同情を誘うなど、伯爵令嬢としての矜持すらないのか。貴様のような『欠陥品』が、この国の王妃として私の隣に立つなど、想像するだけで反吐が出る」
心臓が、鋭い氷で貫かれたようだった。
私は、この三年間、どれほど彼に尽くしてきただろう。
彼が苦手な歴史のレポートを夜通し代筆し、彼が学園の演習で怪我をすれば、魔力のない私は自分の体力を削る秘薬を調合して届けた。
学園中の生徒から「無能」「税金の無駄遣い」と石を投げられても、婚約者である彼がいつか守ってくれると信じて、唇を噛み締めて耐えてきたのに。
「エドワード様……。ミナ様がわざと私を転ばせたのは、皆様も見ていたはずです。それに、私の魔力が出ないのは、幼い頃からの後遺症だと、主治医も説明して……」
「言い訳は見苦しい! 鑑定の儀で『ゼロ』を出したのは紛れもない事実だろう!」
エドワード様は私の言葉を遮り、大勢の生徒たちの前で、私の顔を真っ向から指差した。
「ミナは、貴様がいじめたという証拠を持ってきているのだ。彼女の魔力結晶を盗もうとし、階段から突き落としたそうだな? 優しい彼女は黙っていようとしたが、私はすべてを知っているぞ」
「そんなこと、していません! それは彼女の自作自演で……!」
「黙れ! 貴様のような『魔力ゼロ』の欠陥品が、類まれな光魔法の使い手であるミナを嫉妬するのは明白だ。醜い、実に醜い女だ」
周囲から、一斉に罵声が飛んできた。
「最低の悪役令嬢だわ」「無能な上に性格まで腐っているなんて」「エルフレード家の面汚しね」
私が今まで積み上げてきた三年間は、ミナのついた安っぽい嘘と、エドワード様の盲目的な憎悪によって、一瞬で塵へと変えられた。
「リリアーヌ・エルフレード。貴様との婚約を、今この場をもって破棄する! さらに、その罪を重く見て、卒業資格の剥奪、および国外追放を命じる。今すぐこの場から失せろ。二度と、私の視界に入るな」
エドワード様は、私が肌身離さず持っていた、彼との婚約の証であるペンダントを力任せに引き千切った。
鎖が首に食い込み、鋭い痛みが走る。千切れたペンダントは、冷たい床を転がり、エドワード様の靴で踏み潰された。
足元が、崩れ落ちるような感覚。
会場の全員が、私を嘲笑っている。親しかったはずの友人も、私の研究を称賛していた教師たちも、皆、目を逸らすか、嘲笑の表情を浮かべている。
私は震える手で、自分の首元に触れた。
そこには、父から「絶対に外してはならない」と言われ、幼い頃から私を締め付けていた、重苦しい「魔力封印の首飾り」があった。
父は言った。「お前の力は、この国には強すぎる。凡人たちの嫉妬を買えば、お前は殺されるだろう。だから、無能として生きろ」と。
けれど、父様。
無能として生きることも、ここでは許されないようです。
私が絶望の中で立ち尽くしていると、ミナが私の耳元で、他人に聞こえないほど低い声で囁いた。
「ねえ、おばさん。貴女が三年間書いた論文、全部私が書き換えて私の手柄にしちゃった。貴女の三年間は、全部私の『聖女伝説』の踏み台だったのよ。死ぬまで野垂れ死んでね?」
ぷつん、と。
私の中で、何かが切れる音がした。
悲しみでもない。絶望でもない。
それは、私の魂の底に溜まり続けた、煮え繰り返るような「黒い怒り」だった。
「……そうですか。皆様は、そこまで私を拒絶されるのですね」
私は静かに、首元の封印の鍵に指をかけた。
「ならば、その望みを叶えてあげましょう。この国が、私に何を守らせていたのか……その愚かさを、その目に焼き付けてから去ってあげますわ」
私は力一杯、その黒い首飾りを引き千切った。
その瞬間、会場のシャンデリアがすべて粉々に砕け散り、漆黒の魔力が暴風となって渦巻いた。
「魔力ゼロ」だったはずの私の体から、世界の法則すら書き換える「古代魔法」の波動が溢れ出す。
「な、なんだ!? 何が起きている!」
エドワード様がミナを抱き抱え、腰を抜かして叫ぶ。
暗闇の中、私の髪が、瞳が、禍々しいほどの魔力で輝き始めた。
扉が豪快に吹き飛び、そこから現れたのは、隣国の「生ける伝説」アルベルト様。
彼は恐怖に震える人々を無視し、泥に汚れた私のもとへと歩み寄り、その手を取った。
「――あまりに遅すぎましたよ、我が主。こんなゴミ溜めのような場所、一秒でも早く更地にしてしまえば良かったものを」
アルベルト様の冷徹な瞳が、エドワード様たちを射抜く。
私は彼の手を握り締め、冷たい笑みを浮かべた。
「ええ、そうね。……さあ、復讐を始めましょうか」
パーティー会場の断末魔を背に、私は三年間受けた屈辱を、千倍にして返すための第一歩を踏み出した。
王立魔道学園、卒業パーティー。三年間、血の滲むような思いで学問に励んだ私たちが、その努力を称え合うはずの最高の舞台だ。
けれど、私の胸元には、誇らしいはずの卒業記章の代わりに、会場の誰かが投げつけた赤ワインの染みが、無惨な痣のように広がっていた。
「……あら、ごめんなさいリリアーヌ様。魔力のない貴女には、飛んでくるグラスを避けることもできなかったのね?」
可憐な声を上げたのは、男爵令嬢のミナだった。彼女は王太子エドワードの腕にぴったりと寄り添い、扇の陰で勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
エドワード様は、泥に汚れた私を汚物を見るような目で見下ろし、冷酷に言い放った。
「見苦しいぞ、リリアーヌ。わざと酒を浴びて同情を誘うなど、伯爵令嬢としての矜持すらないのか。貴様のような『欠陥品』が、この国の王妃として私の隣に立つなど、想像するだけで反吐が出る」
心臓が、鋭い氷で貫かれたようだった。
私は、この三年間、どれほど彼に尽くしてきただろう。
彼が苦手な歴史のレポートを夜通し代筆し、彼が学園の演習で怪我をすれば、魔力のない私は自分の体力を削る秘薬を調合して届けた。
学園中の生徒から「無能」「税金の無駄遣い」と石を投げられても、婚約者である彼がいつか守ってくれると信じて、唇を噛み締めて耐えてきたのに。
「エドワード様……。ミナ様がわざと私を転ばせたのは、皆様も見ていたはずです。それに、私の魔力が出ないのは、幼い頃からの後遺症だと、主治医も説明して……」
「言い訳は見苦しい! 鑑定の儀で『ゼロ』を出したのは紛れもない事実だろう!」
エドワード様は私の言葉を遮り、大勢の生徒たちの前で、私の顔を真っ向から指差した。
「ミナは、貴様がいじめたという証拠を持ってきているのだ。彼女の魔力結晶を盗もうとし、階段から突き落としたそうだな? 優しい彼女は黙っていようとしたが、私はすべてを知っているぞ」
「そんなこと、していません! それは彼女の自作自演で……!」
「黙れ! 貴様のような『魔力ゼロ』の欠陥品が、類まれな光魔法の使い手であるミナを嫉妬するのは明白だ。醜い、実に醜い女だ」
周囲から、一斉に罵声が飛んできた。
「最低の悪役令嬢だわ」「無能な上に性格まで腐っているなんて」「エルフレード家の面汚しね」
私が今まで積み上げてきた三年間は、ミナのついた安っぽい嘘と、エドワード様の盲目的な憎悪によって、一瞬で塵へと変えられた。
「リリアーヌ・エルフレード。貴様との婚約を、今この場をもって破棄する! さらに、その罪を重く見て、卒業資格の剥奪、および国外追放を命じる。今すぐこの場から失せろ。二度と、私の視界に入るな」
エドワード様は、私が肌身離さず持っていた、彼との婚約の証であるペンダントを力任せに引き千切った。
鎖が首に食い込み、鋭い痛みが走る。千切れたペンダントは、冷たい床を転がり、エドワード様の靴で踏み潰された。
足元が、崩れ落ちるような感覚。
会場の全員が、私を嘲笑っている。親しかったはずの友人も、私の研究を称賛していた教師たちも、皆、目を逸らすか、嘲笑の表情を浮かべている。
私は震える手で、自分の首元に触れた。
そこには、父から「絶対に外してはならない」と言われ、幼い頃から私を締め付けていた、重苦しい「魔力封印の首飾り」があった。
父は言った。「お前の力は、この国には強すぎる。凡人たちの嫉妬を買えば、お前は殺されるだろう。だから、無能として生きろ」と。
けれど、父様。
無能として生きることも、ここでは許されないようです。
私が絶望の中で立ち尽くしていると、ミナが私の耳元で、他人に聞こえないほど低い声で囁いた。
「ねえ、おばさん。貴女が三年間書いた論文、全部私が書き換えて私の手柄にしちゃった。貴女の三年間は、全部私の『聖女伝説』の踏み台だったのよ。死ぬまで野垂れ死んでね?」
ぷつん、と。
私の中で、何かが切れる音がした。
悲しみでもない。絶望でもない。
それは、私の魂の底に溜まり続けた、煮え繰り返るような「黒い怒り」だった。
「……そうですか。皆様は、そこまで私を拒絶されるのですね」
私は静かに、首元の封印の鍵に指をかけた。
「ならば、その望みを叶えてあげましょう。この国が、私に何を守らせていたのか……その愚かさを、その目に焼き付けてから去ってあげますわ」
私は力一杯、その黒い首飾りを引き千切った。
その瞬間、会場のシャンデリアがすべて粉々に砕け散り、漆黒の魔力が暴風となって渦巻いた。
「魔力ゼロ」だったはずの私の体から、世界の法則すら書き換える「古代魔法」の波動が溢れ出す。
「な、なんだ!? 何が起きている!」
エドワード様がミナを抱き抱え、腰を抜かして叫ぶ。
暗闇の中、私の髪が、瞳が、禍々しいほどの魔力で輝き始めた。
扉が豪快に吹き飛び、そこから現れたのは、隣国の「生ける伝説」アルベルト様。
彼は恐怖に震える人々を無視し、泥に汚れた私のもとへと歩み寄り、その手を取った。
「――あまりに遅すぎましたよ、我が主。こんなゴミ溜めのような場所、一秒でも早く更地にしてしまえば良かったものを」
アルベルト様の冷徹な瞳が、エドワード様たちを射抜く。
私は彼の手を握り締め、冷たい笑みを浮かべた。
「ええ、そうね。……さあ、復讐を始めましょうか」
パーティー会場の断末魔を背に、私は三年間受けた屈辱を、千倍にして返すための第一歩を踏み出した。
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