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第2話:伝説の魔術師の跪拝
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暗闇に沈んだパーティー会場で、人々は息をすることさえ忘れていた。
私の体から溢れ出す漆黒の魔力は、物理的な質量を持ってホールの壁を削り、王太子エドワードが大切にしていた儀礼用の剣を飴細工のように捻じ曲げていた。
「リ、リリアーヌ……貴様、その力はなんだ……! 魔力ゼロではなかったのか!」
エドワード様が、ガチガチと歯を鳴らしながら叫ぶ。彼の隣で、ミナは恐怖のあまり失禁し、ドレスを汚して床にへたり込んでいた。
私は、自分の手のひらを見つめた。
重苦しかった枷が外れ、全身に奔流のような力が巡っている。今まで図書館で読み耽っていた古代の術式が、まるで自分の手足のように脳内に浮かび上がってくる。
「……ゼロ、ではありませんわ。あまりに強大すぎて、この国の低級な測定器では測りきれなかっただけ。そうでしょう、アルベルト様?」
「左様でございます、リリアーヌ様」
アルベルト様は、私の泥に汚れたドレスの裾を厭うこともなく、その場で優雅に跪いた。
大陸全土を一人で滅ぼせると噂される「生ける伝説」が、一人の少女に臣下の礼を尽くす。その異常な光景に、会場にいた教師たちが震え声で声を上げた。
「あ、アルベルト閣下! 騙されてはなりません! その女は卒業資格すら剥奪された無能で、性格も歪んだ悪女……」
「黙れ、羽虫が」
アルベルト様が指先をわずかに動かす。
それだけで、発言した教師の口が物理的に消滅したかのように縫い合わされ、彼は悲鳴すら上げられずに転げ回った。
「私の主を侮辱する者は、たとえ神であっても許さぬ。……リリアーヌ様、こんな掃き溜めにこれ以上留まる必要はありません。貴女を正当に評価し、跪く準備ができている我が帝国へ参りましょう。準備は、すべて整っております」
アルベルト様は、自分の肩にかけていた最高級の防魔布で作られたマントを脱ぎ、汚れた私を包み込むように羽織らせてくれた。彼の体温と、懐かしい魔力の香りが私を包み込み、ささくれ立っていた心が少しだけ静まっていく。
「……ええ。行きましょう。こんな場所、もう未練なんてありませんもの」
私は一度だけ振り返り、床に這いつくばるエドワード様を見下ろした。
「エドワード様。あなたが婚約破棄を宣言してくださって、本当に良かった。これでようやく、私はこの国を『守らなければならない対象』から外すことができますわ」
「な……何を言っている……?」
「じきに分かります。私が何を抑え込んでいたのか。……せいぜい、明日からの地獄を楽しんでくださいませ」
アルベルト様が空間を指でなぞると、虚空に巨大な「転移の門」が現れた。学園の高度な結界を紙のように引き裂いて現れたその門に、私たちが足を踏み入れた瞬間、会場は再び激しい衝撃波に見舞われ、残っていた窓ガラスがすべて粉砕された。
私が最後に見た王国の景色は、暗闇の中で泣き叫ぶミナと、茫然自失として立ち尽くすエドワード様の無様な姿だった。
私の体から溢れ出す漆黒の魔力は、物理的な質量を持ってホールの壁を削り、王太子エドワードが大切にしていた儀礼用の剣を飴細工のように捻じ曲げていた。
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私は、自分の手のひらを見つめた。
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「……ゼロ、ではありませんわ。あまりに強大すぎて、この国の低級な測定器では測りきれなかっただけ。そうでしょう、アルベルト様?」
「左様でございます、リリアーヌ様」
アルベルト様は、私の泥に汚れたドレスの裾を厭うこともなく、その場で優雅に跪いた。
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「黙れ、羽虫が」
アルベルト様が指先をわずかに動かす。
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「私の主を侮辱する者は、たとえ神であっても許さぬ。……リリアーヌ様、こんな掃き溜めにこれ以上留まる必要はありません。貴女を正当に評価し、跪く準備ができている我が帝国へ参りましょう。準備は、すべて整っております」
アルベルト様は、自分の肩にかけていた最高級の防魔布で作られたマントを脱ぎ、汚れた私を包み込むように羽織らせてくれた。彼の体温と、懐かしい魔力の香りが私を包み込み、ささくれ立っていた心が少しだけ静まっていく。
「……ええ。行きましょう。こんな場所、もう未練なんてありませんもの」
私は一度だけ振り返り、床に這いつくばるエドワード様を見下ろした。
「エドワード様。あなたが婚約破棄を宣言してくださって、本当に良かった。これでようやく、私はこの国を『守らなければならない対象』から外すことができますわ」
「な……何を言っている……?」
「じきに分かります。私が何を抑え込んでいたのか。……せいぜい、明日からの地獄を楽しんでくださいませ」
アルベルト様が空間を指でなぞると、虚空に巨大な「転移の門」が現れた。学園の高度な結界を紙のように引き裂いて現れたその門に、私たちが足を踏み入れた瞬間、会場は再び激しい衝撃波に見舞われ、残っていた窓ガラスがすべて粉砕された。
私が最後に見た王国の景色は、暗闇の中で泣き叫ぶミナと、茫然自失として立ち尽くすエドワード様の無様な姿だった。
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