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風の都 ウィンドザック

幕間:ユキちゃんの研究日誌

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「一体全体誰がこんなの思いつくんだよ……」

 ダンジョンから持ち帰った魔導具を目の前にすると、
 素晴らしい以外の言葉が何も出てこない。

 緻密な歯車が組み合わさった計算高い魔導回路。至宝に接続される部分の受容体の構造。そしてこれらを繋げ、作動させるため、本体のガラス?いや、クリスタルだろうか?まんべんなく刻まれた魔法陣。

 天才だ。これを作った人は魔道具の神だ。

 繊細なそれを壊さないようにそっと持ち上げる。研究室の光に反射して、透き通るそれは、中の歯車が鈍い金属の輝きを放っている。中身の構造を見せる魔導具なんて見たことも聞いたこともない。そのうえ、歯車が芸術的に配置されていて、むしろそれを見せるために、クリスタルを使ったんじゃないかと思えるくらいで、いつまでも眺めていられる。至宝と組み合わさって、この歯車が動き出すことを考えるだけで鳥肌が立つ。

 あぁ、こんなことならジークに至宝を引き渡すんじゃなかった。
 実際に作動させられないことがこの上なく悔やまれる。

 まぁ、作動させた瞬間にまたミイラの波が……なんてことになったら洒落じゃないし再びあいつらと戦うのはまっぴらごめんだ。

 だってキモいもん。

 間抜けなミコトは2回もあいつらと握手してたけど……
 うわ、想像するだけで別の鳥肌が立ってきた。
 腕をさすって気持ちを切り替える。

 まずは魔法陣の解読からいきますか。

 ♢♢♢

「一体全体どうしてこんなことを考えるんだ……」

 幼少のころからそれなりに魔法と魔導具の勉強をしてきて、その辺の魔導士には負けない知識量と技術を身につけた僕のための言葉が、“天才”であると思っていたが……

 この作り手に比べたら僕なんてちっぽけな虫けらみたいなもんじゃないか!!

 いや、むしろ虫さんにも失礼だ。
 僕なんてあれだ、この空気中に漂うホコリでいい。たまに光が当たった時にチラリと見える何のために存在しているかわからないあれでいい。

 自分の中の魔法陣の、魔導具の概念がぶっ壊れた。
 これを作った人はいったい何年の時間をかけてこの技術を生み出したのだろうか。すぐダンジョンへ出発する予定があったので、前回のロザリー歌劇団の舞台装置は別の研究チームが解析しているが、あれも同じ作り手のものなのだろうか。研究の中間報告を知りたいが……

 気になるけど、聞きに行けない。

 他の魔導士は僕に対して、子どもだとあざ笑うか、エルモンテ家の名前にこびへつらうか、僕の才能に嫉妬して嫌がらせをしてくるか。

 どっちに転がったって嫌な気分になるだけだ。

 そのまま研究机に突っ伏す。万事休すだ。
 僕がもっと大人だったらうまくやれるんだろうか。

 プヨン

 プヨン

 なんだよもううるさいな!
 思わずあいつを、睨みつける。
 僕の眼力なんて怖くないってか?変わらずプヨプヨしつづけるあいつに腹が立ってきた。

「うるさい黙れ! 」

 拳であいつを殴るが、あいつはスライムだからへっちゃらで余裕そうにからかってくる。

「この! この! 」

 そのまま限界まで殴り続けたが、徹夜で寝不足の頭にもともと筋力のない僕の限界はすぐに訪れる。力尽きて頭からあいつに倒れ込んだ。それすら予想していたようにあいつは優しく僕を受け止める。

 ひんやりした感触がボーっとした頭と興奮した体に染み渡るようで気持ちいい。
 こいつは何も話さないけど、きっと僕を労わって心配してくれてるんだってことは伝わった。そういえば研究室にこもって何日目だ? 最後に眠ったのいつだっけか……

 ゆったりとした波のような心地よさに体を預けて、そっと目を閉じた。


 ♢♢♢


 どれくらい寝たんだろうか。すごく頭がすっきりしている。マッサージもしてくれたのかな。全身が驚くほど軽い。僕が風邪ひかないようにぬるめの人肌まで自分の体温を温めて……

 相当魔力使っただろう。

 こいつの優しさが妙にこそばゆい。心なしかシワシワになっているあいつに手を向けて、僕の魔力を分け与える。うん、いいハリツヤにもどった。そのままツルンとした撫で心地のいいボディを撫でる。

 モノ言わないこいつの存在は落ち着く。絶対に言わないけど。

 いろいろあったダンジョンだけど、いいこともあったな。ぜーったいに言わないけど!


 そういえばあいつらは僕のこと馬鹿にしたり腫れ物に触るように扱ったりしないな。あんんなに長く同じ時間を一緒に過ごして、気持ち悪くならなかったのは初めてだ。まさか王子と背中を預けあうこと、王子の影っていう一流のプロから秘伝の風魔法について習うこと、そしてあの灼熱の炎獅子から説教を受けたり、魔法を攻撃に応用することについて語り合う日が来るとは思わなかった。

 それに、ミコトだ。
 馬鹿だし間抜けだし不器用だけど、魔力運用の上達には目を見張るものがある。最初は4歳児と似たようなものだったのに……今じゃ年相応の魔力を使いこなせるようになってきた。僕より年下のくせして、時々妙に大人ぶるけど。

 なんか今のままだと追い越されそうな気がする。

 ミコトは誰にだって笑顔で話しかけてすぐに仲良くなる。ジークやニッキー、アルと話せるようになったのだって、ミコトと子どもたちと孤児院で過ごした時間があったからだ。そこでミコトが僕に話しかけてくるのにみんなが便乗してくれて……
 僕は何もしていないじゃないか。

 厭味ったらしい議員のおじさんたちでさえ、ミコトは丁寧に対応している。年下のあいつが、嫌な奴ともちゃんと関係性を築こうとしているのに僕はしないのか??

 あぁもう! 別にあいつに負けたくないとかそんなんじゃないんだからな!!
 ただ必要だと思うからするだけだ。これくらい別に余裕だし!!


 ――研究室から外に出て、僕は初めて他の人のドアを叩いた。

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