朱に交われば紅くなる2

蒼風

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chapter.8

27.西園寺優姫は可愛いって言われたい。

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 小一時間後、

「いやぁ……西園寺さいおんじってホント何でもできるんだな……」

 紅音くおんの球を受けた明日香あすか先輩がしみじみと感想を述べてきた。そんな言葉に月見里やまなしが、

「そ、そうです。西園寺くんは、凄いんです」

「なんで君が誇らしげなのかは置いておくとして……これなら一打席抑えるくらいなら出来るかもしれないね」

 あれから紅音たちは、一通りのアップと、キャッチボールを終えた後、作戦を立てた。

 まず、こちらの立ち位置だが、これは投手ということに決定した。

 理由は色々ある。

 まずは紅音のコントロール。これが当初の(主に先輩方の)想定よりも大分よかったため、四球連発にはならないだろうし、それならば1回アウトを取るくらいならばなんとかなるのではないか、という判断が下されたことだ。

 それから、対戦相手である陽菜ひなが、そもそも投手としての実力の方が上である(朝霞あさか調べ)こと。

 また、彼女の提示してきた条件を見る限り、相手が投手だと引き延ばし作戦をされてしまう可能性があるだろうということなどだ。

「しかし……ほんとにそんなことしてきますかね?」

「する。少なくともそのルールだったら、私ならするね」

 ルールはつまりこうだ。

 紅音が打者をする場合、四死球は一切カウントせずに、ヒットとなった打球が出たかどうか。それで判断をする。

 逆に、紅音が投手をする場合、同じく四死球は一切カウントせずに、抑えた打席のみをカウントする、というものだ。

 どちらも条件としては似ているが、一つだけ違うことがある。

 それは、時間切れを能動的に生み出せるか否かだ。

 二つの条件はいずれも四死球を一切カウントしない。だが、勝利条件は紅音のヒットか、陽菜の凡退である。

 従って、四死球を連発し、時間が経過してしまった場合は、紅音の勝利とはならず、陽菜の勝利扱いになってしまう可能性があるのだ。

 このあたりのルールについては、話を詰めたほうがいいのは確かだが、それをすると「あら、だったら打席数にも条件を付けましょう」と言い出されかねない。今の紅音にとってそれはかなりまずい。

 なので、同じ時間切れアウトでも、こちらでコントロールできるものが良いだろう。そう考えたのだ。

 ただ、

「とは言っても、そもそもアウトを取れるか、ですね」

 そう。

 葉月はづき先輩の言う通りである。

 今の紅音は「ストライクゾーンにはボールが投げられる」という状態だ。球速だって大したことは無いし、変化球も皆無。プロ同士の対決となればどんな一流打者でも6割はアウトになるが、こと今回に関してはプロ同士よりも実力差がある。紅音が抑えられる確率はもっと低いに違いない。

 加えて、体力面の問題もある。

 紅音もある程度スタミナには自信がある方だが、勝負が長引いてくれば、それだけ消耗するのは間違いない。そうなってくると、まともにゾーンに入れることすらできなくなるかもしれない。そこまで言ってしまうと、後は時間切れを待つだけだ。それだけは避けたい。従って、

「なるべく早い段階でアウトにしたいよね」

「そう、ですね」

 二人して考え込む。

 月見里がおずおずと、

「あの、弱点……とかって無いんでしょうか」

 先輩二人はほぼ同時に、

「「弱点?」」

「ひゃっ!?は、はい。あの、佐藤……さん?の弱点、みたいなものがないのかなーって」

 二人の先輩は顔を見合わせて、

「それだよ」

「それです」

「ひゃい!?」

 なぜ驚かせるようなことをするのか。狙ってるのか。

 明日香先輩が、

「それだったら、あれだな。データでもあさるか。ねえ、朝霞あさか!そういうのないの?」

 朝霞が淡々と、

「調べてみないと何とも言えないと思う」

 調べれば分かるかもしれない、というのが朝霞の凄いところである。

 一方葉月先輩は、

「確か明日はソフトボール部の活動日でしたよね……早速偵察しないといけませんね」

 そんなことを言い出す。明日香先輩が、

「偵察って、データを集めるの?」

「いえ、選手の特徴を見るには実際に見て確かめるのが一番ですから」

 明日香先輩の眉間にしわがより、

「データで丸裸にした方が早いよ」

「実際に見てみないと分からないこともあるでしょう」

 更にしわがよる。これはいけない。紅音は間に割って入り、

「どっちもやればいいじゃないですか。今はとにかく情報が足りないわけですから。それよりも、もう切り上げませんか?この暗さだとボールが見えないと思うんで」

「あ」

「そうね」

 この場にいた全員──正確に言えば朝霞以外──が同時に空を見上げる。既に太陽の姿は見えず、夕焼けといった塩梅だった。照明らしい照明のない壁打ち場ではこれが限界だろう。

 明日香先輩が、

「それじゃ、これで解散かな」

 葉月先輩も、

「そうですね。取り合えず私は明日、ソフトボール部を偵察してきます」

 そう言って道具を片付けにかかる。朝霞も手持ちのタブレット端末をしまい、その手伝いに付き合う。このまま解散の流れだ。

 やがて、荷物がまとまると、先輩二人は、

「んじゃ、私たちはこれ片づけてくるから」

「お先に失礼します」

 そう言って去って、

「あのっ!?」

 行こうとして、引き留められた。

 声の主は……月見里だ。二人は顔に「?」マークを浮かべて振り向いている。

 そんな二人に月見里は、

「一緒に、ファミレス、寄って、帰りませんか?」

 なんとも普通の提案をした。


              ◇


 そんなわけで解散の流れとなっていた紅音たちは今、近所のファミリーレストランに来ているのだが、

「へぇ~……野球でねえ。また無謀なことするねぇ。あ、これ美味しそう」

「お兄はそういうところで「引く」ってことを知りませんからねぇ~……あ、そうです。妹で~す。似てないってよく言われま~す」

「…………なぜ、ここにいる?」

「「面白そうだったから」」

 即答だった。

 二人でハモるな。仲が良いな。

 ちなみにメニューを眺めているのがあおいで、先輩相手に猫なで声で対応しているのが優姫ひめである。

 事の顛末は単純だ。月見里発案のファミレスへの寄り道という提案は、ほぼ全会一致(賛成4・棄権1)で承認され、無事に敢行された。そこまではいい。

 問題はその後だ。時間が時間だったこともあって、紅音は優姫に一報を入れた。遅くなるかもしれないということ。そのため、晩御飯は一人で済ませて欲しいという趣旨のものだ。

 もちろん、こういうことは今までにも何度かあったし、直前のドタキャンとなれば優姫もご機嫌斜めになったりはしたのだが、それも帰りに最新のスイーツの一つでも買って帰ればすぐに直っていたし、文句を言われることはあっても、断られるということは一度もなかった。

 だからこそ紅音は、今回も同じような連絡を入れたし、結果として優姫が怒ったり、帰ってこいと言われたり、あるいは不機嫌に任せて受話器を叩きつけたりは一切しなかったわけなのだが、かわりに、


「……どこのファミレス?」


 とだけ聞かれたのだ。今考えればこの時点で気が付くべきだったのだが、当の紅音は放課後から抱えているトラブルのせいもあってそこまで頭が回らず、なんのひねりもなく「駅前のジョナ○ン」と素直に教えたのだ。

 そして、その結果が、

「いやぁ~なんかね、ピピッと来たのよ。葵ちゃんレーダーが。それでね、どこのファミレスか聞いてってお願いしたんだよ。ねー?」

「ねー」

 二人は示し合わせたように顔を見合わせ、ハイタッチまで敢行する。紅音が額を抑えて、

「つまり君らは」

 葵が、

「そう!」

 優姫が、

「野次馬です!」

 二人、胸を張る。張らんでいい。しかも葵はこの間釘を刺されたばかりじゃないのか。

「いやぁ、あれはほら。覗き見が悪かったわけでさ。こういうのは大丈夫かなって」

 なにが大丈夫かな、だ。後、人の心を読むのはやめなさい。

 明日香先輩が、

「いやぁ~……でも驚いたなぁ……葵ちゃんはまあ、時々うちにも顔出してたから知ってるけど、まさか紅音にこんな可愛い妹がいたとはねぇ」

 優姫が食いつくように、

「可愛い!?いま可愛いって言いましたか?優姫、可愛いですか?」

 明日香は少し驚くも、

「え?うん。可愛いと思うよ。あの兄貴からは想像できないくらい」

「聞こえてるぞ~」

 そんな紅音の抗議を優姫はガン無視し、

「わぁい♡ありがとうございまーす」

 いま語尾にハートマークついてなかった?

 葉月先輩が、

「兄貴から想像できない、とはいいますけど……似てるところはあると思いますよ。西園寺さんと……妹さんは」

 今なんて呼ぶか迷ったね?

 そんな言葉に明日香は、

「そぉお?妹ちゃんの方が可愛いと思うけど」

 葉月先輩が、

「確かに妹さんは可愛いですけど……なんというか、雰囲気?は似ている気がします。西園寺さんと」

 へえ。

 驚いた。声には出さなかったが表情には出ていたと思う。

 紅音と優姫。血こそつながっているが、大体の人間は初対面で「似ていない」とか、「妹ちゃんの爪の垢を煎じて飲ませたい」とか散々な評価を食らうことが多いので意外だ。感覚で物事を捉える葉月先輩には葉月先輩なりの感じるものがあるのだろうか。

 ところがそんな感覚をやはりというべきか、明日香先輩は、

「雰囲気ぃ?似てるかぁ?」

 紅音と優姫を見比べる。その間、優姫は、自分に視線が向くときだけウインクをしていた。あざとい。実にあざとい。これがアイドルならば楽屋ではきっとあぐらをかきながら煙草でも吸っているに違いない。常時あんなキャラだったら、それは最早アイドルの擬人化に他ならない。

 そんな会話に隣から、

「あ、でも、ちょっと分かる気がします」

 月見里が細々とした援護射撃をする。ちなみに、六人はそれぞれ三人づつに分かれ、紅音の対岸左から明日香先輩、優姫、葵の順番で座り、紅音の並びにはそれとちょうど対面する形で、葉月先輩、紅音、月見里という順番に座っている。まとめるとこうだ。


 明日香、優姫、葵
 葉月、紅音、月見里


 そして、会話の主導権は両先輩と、優姫、それに加えて紅音が握りがちなので、ともすると月見里の存在感が薄くなりがちな配置となっている。いいのか、月見里。そんな位置で。

 そんな彼女はぽつぽつと、

「なんていうんでしょうか……妹さんも、紅音とちょっと似ていて、接しやすいというか、そんな感じがします」

 これに反応したのが優姫で、

「えぇ~?優姫はともかく、お兄は接しやすくないと思いますけど」

 なんてことを言うんだ。お兄ちゃん、傷ついちゃうぞ?

 ただ、これに葵も、

「まあ、接しやすくはないよね」

 幼馴染からも援護射撃を食らってしまった。流石に紅音は反撃を試み、

「おいおい、そんなことは無いだろう。俺のどこが接しにくいんだ」

 ところが今度は横に座っていた葉月先輩は、

「まあ、最初のハードルは高いでしょうね」

 加えて、いつもならば敵対構図になりやすい明日香先輩までもが、

「そうだねぇ。私も最初はなーに考えてるか分かんなかったもん。西園寺」

 フルボッコだった。ここには味方はいないのか。

 月見里が必死に、

「そ、そんなことないです、よ。私は話しやすいですし」

 それに葵が、

「でも、ちょっと苦戦してたよね」

 優姫も、

「そうだったねぇ。お兄がヘタレだったせいで」

 やかましいわ。攻撃をやめろそこの二人。いくら付き合いが長いからって言っていいことと悪いことがあるだろう。誰だってミ○リや○ニーと同格の助っ人外国人扱いされたらいやな気持になるだろう。人の心を持て、人の心を。

 あまりにも一方的に紅音をディスる流れになっていたので、流れを変えようとした時、

「あ、でも、最初のころの橘とちょっと似てるかも、紅音」

「だからそもそも俺はヘタレでもなんでも……え、橘……って、あの部長ですか?」

「あの部長がどの部長をさしてるのかは分かんないけど、多分あってると思うよ。新聞部……いまは青春部なんだっけ?の部長。橘宗平むねひら年齢不詳」

 あっていた。と、いうかあの人下の名前宗平っていうのか。なんだか戦国武将あたりに居そうな名前だな。

 葉月先輩が話題に乗っかるように、

「そういえばそうでしたね……根本的にはもちろん違いますけど、とっつきにくいというか……なにを考えているのかが分かりにくい人ではありましたね」 

 紅音は思わず、

「……今も何考えてるか分かりませんけど」

 明日香先輩が苦笑して、

「まあね~。正直何考えてるかは今も……いや、今の方が分かんないかな。でも、なんていうんだろ。考えていることの方向性は見えるようになった気がするな」

 葵がぽつりと、

「方向性、ですか?」

 明日香が軽く頷き、

「そう。それがね。見えなかったの。昔は。今は……例えば今この瞬間、橘がなんか遊ぶことを考えてるのはよくわかるんだよね」

 紅音が、

「それはあれですか。ゴールデンウィークを開けておいてほしいってやつですか?」

 首肯。

「そう。あれ、絶対キャンプとかその手のたくらみだよね……」

 そんな明日香先輩の言葉に呼応するように葉月先輩が、

「でしょうね。まあ、今更感があるので、予定はあいていますけどね……」

 らしかった。どうやらこういった事態は今に始まったことではないらしい。このあたりは朝霞あたりに聞いてみるのがいいかもしれない。

 明日香先輩が手を叩いて「さて」と空気を変え、

「飲み物取ってくるけど、要る人~?」

 それに紅音、葉月先輩、優姫が手を挙げて、

「あ、俺コーラでお願いします」

「アイスコーヒーを、ブラックで」

「はーい。私カル○ス。炭酸じゃないヤツ」

 紅音がしみじみと、

「相変わらず炭酸は駄目なんだな」

 優姫があからさまに頬を膨らませて、

「別に良いじゃない。炭酸飲めなくたって。死ぬわけじゃないし」

「いや、まあ、そうだけど」

 そう。

 確かに炭酸を飲めなかったからといって死ぬわけではない。

 ただ、一つ思うのだ。もし優姫がこのキャラクターを続けるのであれば、恐らくは避けては通れない道なのではないかと。なにせ、大衆居酒屋チェーンの飲み放題で出てくる酒類は、半分近くが炭酸だ。

 それを飲めないと、飲み会での選択肢はぐっと減ってくるし、そうなってくるとそこでの人気取りも、

「…………いや、いいのか。それで」

 思い直す。そうだ。別にいいじゃないか。優姫にはそんな席でモテてはいけないのだ。

 そんな紅音の思索を葵は一言で、

「まーたブラコンがろくでもないこと考えてるな、あれは」

 やかましい。お前だって大概優姫には甘々なくせに。
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