妖精が奏でる恋のアリア

花野拓海

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少女は見ていた

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連続更新三話目で~す
前話をまだ見てない方は前話から~

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 それは迷宮探索の帰りだった。
 いつも通り一人で迷宮探索をし、頃合を見て帰る。そんな日課。
 だが、今日は少し違い、帰り際に遭遇した熊型の魔物、通称パウ・ベアーの群れと遭遇し、殲滅途中に数体が逃げ出してしまったのだ。

 少女は追いかけたが、複数体が逃亡したこともあり、どんどん上層に逃げ、最後の一体に至っては、迷宮の外にまで逃げてしまった。

 不味いと感じた少女は必死になって探し出し、最後の一体を見つけた時、少し違和感を感じた。

 まず、片腕が無かったのだ。そして、振り返ったパウ・ベアーにはあるはずの片目も消失していたのだ。

 何故?誰がやった?お世辞にも森にいるはずの冒険者が強いはずがなく、ましてやパウ・ベアーに傷を与えることができる冒険者はいないはずだ。
 森はいわば前哨戦。迷宮こそが本番であり、パウ・ベアーは迷宮の中でも中盤に生息する魔物だ。

 それを、誰があそこまで?
 迷宮に向かう冒険者だろうか?いや、それはない。
 時刻はもう昼を過ぎ。迷宮に向かうならば、それなりに朝早くから行くのが普通だ。遅れるにしても、迷宮に潜るほどの冒険者が寝坊だなんて、命取りになる。迷宮内で仮眠をとる時なんて、死に直結するからだ。

 途中に転がっていたスピニード・ハニーを無視しつつパウ・ベアーの元に向かうと、そこには力尽きて倒れている少年と、その少年を殺そうと近づくパウ・ベアーの姿が。

 パウ・ベアーは、少女の姿を見、咄嗟に逃亡したが、少女は追いかけるよりも少年の救助を優先してしまった。

 何故救助を優先したのかはわからない。だが、少年の怪我は酷く、今にも死んでしまいそうだったから。無理したその姿を昔の自分と重ねてしまったから。

「待って………」

 だから、その後に続いた言葉も意外だった。

「ちょっと待てごらぁぁぁ!逃げんな!何、俺以外見て逃げてんだよ!」

「お前の敵は、俺だろうがァァァ!!」

 こんなにボロボロになっても、尽きることの無い闘志。

(なんで………)

 身体はボロボロになって動けないはずなのに。
 圧倒的な実力差を見て打ちのめされたはずなのに。

(諦めないんだろう………)

 立ち上がって、宿敵を見ることができるのだろう。

「待て、よ………俺は、お前に………」

 リンはそのまま立ち上がり、数歩歩くと気絶してしまった。

「あっ………」

 倒れるリンの身体を少女が受け止め、回復魔法を行使する。

「【ヒール】………ダメ、私の回復魔法じゃ………」

 だが、少女が使う回復魔法は、強力なものではなく、誰でも簡単に使える最低クラスの回復魔法だった。応急処置ならばこれでも問題はなかったが、今は効果が足りない。

「たしか、ポーションが………」

 少女は自分のポーチの中から適当に〈エリクサー〉を取り出すと、リンに振りかけた。

「よかった、治った………」

 〈エリクサー〉の効果によって無事に回復していくリンの姿を見て少女は安堵の息を吐く。
 もしこれでリンが死んでいれば、少女の責任問題にもなっていたし、後味が悪かったのもある。そしてなにより少女がリンを死なせたくなかったのもある。

「街に、連れていかないと」

 少女はリンを背におぶって街に向かって歩き出す。
 街に辿り着くと、入る前に入口でなにか仕事があったのか、ギルド職員が立っており、そのギルド職員は少女の背で眠っているリンの姿を見ると、血相を変えて走ってきた。

「リンくん!」

 ギルド職員、ミカンが少女の元に来ると、少女は背からリンを下ろした。

「リンくん!酷い怪我………いったい誰が………」

「私のせい。ごめんなさい………」

 少女はそんなギルド職員の様子に隠すことなく素直に謝った。
 ミカンは少女のことをしっかりと見ると、一度大きく息を吐き、

「なにがあったのか、教えて頂けませんか?」

 ミカンの言葉に素直に頷き、少女はミカンの後ろについて行く。

 少女、マロン・カスタードは今日、ギルドから罰を受けるかもしれない。
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